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ヴァルタリア大陸記  作者: 久万 聖
第二章〜ヴァルザル平原の戦い〜
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ヴァルザル平原の戦い 6

戦いそのものは、今回で終了します。

 時間稼ぎのため、キタイ族軍の苛烈な攻勢を受け止めつつ後退の指揮を執るエルンスト。


 その指揮ぶりは武門の名家の息子として、十分なものだっただろう。


 ただ、それだけにアブーチに疑念を抱かせるには十分だった。


 あの者は自分を主将と言っていたというが、あの者が最初から指揮していたのなら、このような醜態を晒しているわけがない。


「そういうことか。

 本当の主将を逃すため、か。」


 そしてこの頑強な抵抗は、その主将が重要な人物であることを教えてくれる。


 エルンストの目論見を看破したが、だからといってアブーチにも別働隊を出せるほど兵に余裕はない。


 ならば、目の前の敵を粉砕して追撃するのみ。


 アブーチは自身の親衛隊とともに、突撃を敢行する。


 アブーチの突撃により、苛烈さを増したキタイ族軍の攻勢。


 それを捌ききるのも限界に近づいたことを、エルンストは悟る。


「皇子は逃げ切ることができただろうか?」


 そう口にするが、誰からの返答もない。

 返答を期待していたわけではないのだから、そのことはどうでもいい。

 この状況下での、部下たちの精神的な状況は知ることができた。

 部下たちもすでに余裕が無くなっている。


 とても微妙な状況。


 下手に後退を命じれば、それが一気に崩壊に繋がりかねない。


 だが、キタイ族軍の圧力をこのまま受け続ければ、どのみち総崩れとなるのは目に見えている。


 それだけではない。


 皮肉なことだが、時間稼ぎのために奮戦していたのが仇になり、最後尾になってしまっているのだ。

 味方は周りにおらず、孤立無援の状況。


 自分も部下も、また共に戦った皇子の近衛の者たちもできるだけのことはした、そう思う。

 指揮官としての最後の務めは、より多くの部下を生かすこと。


「降伏は性に合わん。ならば・・・」


 強行突破しての撤退、それしか選択肢は無い。


 エルンストは苦心して陣形を再編すると、敵の動きが最も鈍く見える左翼へと、全兵力を叩きつける。


 この左翼とは、奇しくも西への撤退経路でもあり、敵の動きが鈍いのも罠である可能性が高い。

 それでも、その罠を食い破らなければ生存の可能性は格段に低くなってしまう。


 自ら先頭に立ち、突破のための道を作るべく敵兵をなぎ倒していく。


 エルンストが突破のため選んだ左翼、果たしてそこはアブーチが張った罠だった。


 だが、その突破の勢いはアブーチの予測を上回っていた。


「まだ、あれほどの力を残しておったか!」


 驚くアブーチ。

 とはいえ、驚きはしても油断はしていない。

 即座に追撃命令を下す。


 キタイ族軍が即座に追撃して来たことを見て取ると、エルンストは自身の側近とともに最後尾に残る。


「ヴァルタリア城塞まで走れ!!

 もはや隊列など気にするな!!」


 エルンストは兵たちをそう叱咤し、その逃走を助けるべく奮闘する。






 ☆ ☆ ☆






 エルンストが決死の思いで敵の追撃を食い止めている頃、アーダルベルトはヴァルタリア城塞へとひた走る。


 この時、アーダルベルトの側近たちは敗走する味方の中に紛れるのではなく、それより距離を置いて逃走していた。


 それは決して間違った判断ではない。


 敗走する味方の中に紛れてしまうと、その流れに巻き込まれて散り散りになってしまい、守らなければならないアーダルベルトの姿を見失う可能性がある。

 そのことを側近たちが危惧した結果、距離を置くことにしたのだ。


 敗走する兵士の濁流から距離を置きー言い換えるならば邪魔となる味方の兵士から離れー、早々に戦場から離脱できるはずだった。


 アーダルベルトらは、敗走する兵士たちと違って隊列をそれなりに組み、秩序だって行動していたのだが、それが不運の始まりだった。


 その秩序をもって行動している、アーダルベルトたちの姿を発見してしまったキタイ族軍部隊がいたのである。


 その部隊を率いていたのは、ユリド配下のギョウク。


 ギョウクは、ユーディン指揮下の騎兵隊を引き離すために挑発と逃走を繰り返していたため、ユリド隊本隊の撤退を知るのが遅れていた。

 そして、撤退を知らされて行動に移したところに、一定以上の秩序を維持している敵の部隊を発見したのだ。


 敵は少数であり、見逃しても良かったのだが、この時のギョウクは欲求不満になっていた。


 ナザール帝国軍との戦いにおいて、当初はユーディンに一蹴され、その後にはユーディン隊を切り離すためとはいえ、まともな戦いをしておらず、軍功を立てる機会を得られなかったこともある。


 だから、目の前に現れた一定以上の秩序を維持した部隊を、丁度いい獲物とみなしたのも無理からぬことだった。


 獲物と狙い定めた敵の部隊の様子を観察すると、どうやら敗走する味方の濁流に飲み込まれないよう、距離を置いていることがわかる。

 それは、襲われたとしてもすぐには救援が入らないということ。


「手ぶらで帰るのも芸がない。

 あいつらを叩き潰して、わずかばかりの手柄にするぞ!」


 こうして、アーダルベルトとその護衛二〇〇は、ギョウク指揮下の騎兵七〇〇の襲撃を受けたのである。






 ☆ ☆ ☆






 アーダルベルトがギョウクの襲撃を受けた頃、脱出の最後尾にいたエルンストは、その兵力を数十名にまで討ち減らされ、遂にキタイ族軍に包囲されてしまっていた。


「降伏しろ。そして、俺に仕えろ。

 悪いようにはしない。」


 アブーチは片言のナザール語を用いて、エルンストに降伏勧告を行う。


「ふん!誇り高きナザールの貴族が、蛮族なんぞに膝を屈するわけがなかろう!」


 エルンストはアブーチの勧告を、即座に拒絶する。

 そして、降伏勧告のために前列に出てきたアブーチに狙いを定め、最後の突撃を敢行する。


 その行動を予測していたのだろう。


 アブーチは即座に迎撃体勢を取り、エルンストらナザール兵を殱滅する。


 ここに、ヴァルザル平原の戦いにおける組織的な戦闘は、終わりを迎えた。






 ☆ ☆ ☆






 ギョウクの襲撃を受けたアーダルベルトとその護衛たちは、予想すらしていなかった攻撃に瞬く間に総崩れとなり壊走する。


 壊走する中、皇子としての軍装はあまりに目立ち、あからさまに追撃の対象となり、ギョウクの部隊に追い回される。


 執拗に、かつ巧妙にギョウクはアーダルベルトを追い回し、完全に孤立させる。


 さんざん逃げ回ったものの、その乗馬も疲労から泡を吹いて倒れると、アーダルベルトは捕らえられた。


 アーダルベルトがキタイ族の虜囚となったことで、マクリルの人生も大きく変化することになるのである。

次回からは、戦後の外交的処理となります

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