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ヴァルタリア大陸記  作者: 久万 聖
第二章〜ヴァルザル平原の戦い〜
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ヴァルザル平原の戦い 3

 マクリルとユリドの一騎打ち。


 それはユリドの部下たちにとっては、初めて見る光景だった。


「おい、うちの将軍クラスでも、御嬢とあれだけ撃ちあえる奴はいないぜ?」


 そう感嘆の声をあげている、ユリドの部下たち。

 そして、ユリド自身は嬉しくてたまらないといった表情を見せる。


 兜でその顔は見えないが、おそらくは自分と同年代と思われる相手が、自分と互角以上に渡り合えることに喜びを隠しきれない。


 自分の直感の正しさに、歓喜の雄叫びをあげてマクリルへと襲いかかる。


 相手となっているマクリル、目の前の女戦士を恐るべき強敵と認めている。

 だが、勝つのが難しい相手ではあっても、負ける相手だとは思っていない。


 撃ち込みは早く鋭く、そして重い。

 だが、マクリルはユリド以上の相手を、普段から稽古の相手としているのだ。そう、ユーディンを。


 "ユーディンに比べれば、このユリドは負ける相手ではない"


 そう確信しているが、だからといって楽に勝てる相手ではないし、またいくつかの問題がある。

 ユリドの部下を幾人が叩き落としたとはいっても、まだ五人残っている。

 ユリドは手を出すなと言ってはいるが、ユリドが不利になったとみれば、いつ参戦してもおかしくはないのだ。

 可能であれば、このままの状況で時間稼ぎをしたい。

 そうすれば、必ずユーディンは戻ってくる。

 ユーディンが戻って来さえすれば、少なくともこの場は戦いを終わらせられる。


 だから、マクリルの基本は守勢。

 ただし、このユリドに疑念を抱かれないように、時には反撃に出る。


 そうしているうちに、ナザール帝国軍に死神の影が近づいてくる。


 そう、アブーチ率いるキタイ族軍本隊七〇〇〇が、鎖から解き放たれるのを待つ猛獣の群れのごとく、ナザール帝国軍という獲物を見据えていた。






 ☆ ☆ ☆






「我が軍背後に敵影!!」


 その第一報を受け取ったのは、武門の名家として名高いブルノ男爵コンラート。

 マクリルの叔父にあたる人物である。


 南から来ると予想していたアーダルベルト皇子の命令に従って、コンラートは麾下の軍一五〇〇を南へと向けていた。


「どうやら、俺の武運も尽きていたか。」


 コンラートはそう呟く。


 だが、それでも武門の当主としての意地がある。


「少しでも敵の攻勢を食い止めよ!」


 急遽、弩兵を北側に並べるとともに、アーダルベルト皇子に敵襲を伝えるべく伝令を送り出す。

 そして腹心のクリスティアンを呼ぶ。


「俺の武運も尽きたようだ。

 とはいえ、簡単に死んでやるつもりなどない毛頭無いが、もしもの時はマクリルのところへ行け。

 そして、力になってやってくれ。

 いいな?」


 普段であれば冗談でも言わない主人の言葉に、


「はっ!主命なれば!!」


 短く、そしてはっきりと返事をする。


 コンラートは迫り来るキタイ族軍に対し、弩の一斉掃射を命じる。


 急遽並べられた弩兵の掃射では、対して効果は現れない。

 せいぜいが、牽制程度のものだ。


「ほう?奇襲を受けても逃げぬとは、大した剛の者が率いているのだな。」


 自ら先頭に立つアブーチの言葉には余裕がある。


「さあ、いつも通りに行くぞ!!」


 その言葉が号令となったのか、先頭を走るアブーチ直率の左に大きく旋回させながら、馬上から矢を放ってくる。


 馬上で連射ができるように作られた、遊牧民族特有の短弓から掃射は、威力は低い。

 ただし、それを補えらほどの速射能力で多数の矢を放ってくる。


 敵の騎射が終わり、前を向いたナザール兵の前には、目前に迫っている騎兵集団の姿がある。


 先頭の騎兵集団は、旋回しつつ騎射をする事で後方にいる突撃隊の存在を隠していた。


「槍を構えよ!!」


 コンラート指揮下の各隊長は、口々にそう叫ぶ。


「遅い!!」


 敵陣一番乗りを果たした、キタイ族軍の将軍ヤロセンはそう言うと、猛然と歩兵を蹴散らしにかかる。


「抜かせるな!!ここを抜かせては、全軍が崩壊するぞ!!」


 武門の家の兵は、士気、練度も高く、蹴散らしにかかるヤロセンの部隊を押し返していく。


 奇襲を受け、戦線を崩されてもおかしくない状況にありながらも、コンラートの兵は懸命に戦う。


 彼らは知っている。


 ここで持ちこたえることができれば、周囲の部隊や、立て直した本隊が救援に来るであろうことを。


 ただ、悲しいかな、それは今回のナザール帝国軍が、本来の編成であればの話であり、今回のナザール帝国軍は、上級指揮官がほとんどいない、中級以下の指揮官の寄せ集めであることを、ブルノ男爵コンラートの兵たちは忘れていた。


 そして、コンラート自身はそのことを忘れておらず、刻々と死が迫っていることを知っている。






 ☆ ☆ ☆






「ブルノ男爵、敵と交戦中!!」


 奇襲を受けたことを知らされたアーダルベルトと、その補佐をするエルンストは即座に命令を出す。


「全軍に通達せよ!ブルノ男爵の救援に向かえと!!」


 アーダルベルトはそう命じると、どっかと床机に座る。


 補佐役のエルンストは、アーダルベルトの命令を全軍に通達させるべく伝令を派遣しようとしたのだが、ここで愕然とする。


 本来なら、それぞれに配置された部隊、もしくは集団の主将格の者に宛てて伝令を出せばいい。

 だが、今回はそういう者を定めてはいないのだ。


 そうなると、いったい誰に伝令を送ればいいのか?

 いや、特定の者に宛てて送ったとしても、そこから別の者たちに正確に伝わるのかどうか?


 正確に伝えるならば、全部隊に伝令を送らなければならないのか?

 そうなると、そのために必要な人数は・・・。


 エルンストは希望的観測を込めて、それぞれに配置されている集団の中でも、最も多数の兵を率いている指揮官に宛てて、伝令を走らせる。


 そこから少しでも波及してくれれば、救援に向けて動いていくはず。


 その"はず"が、大きな混乱を招くことになる。






 ☆ ☆ ☆






「ブルノ男爵交戦中!!」


 その報告を受けたツェーザルは、即座に決断する。


「我が軍は、このまま南に一公里(約一二〇〇メートル)進む!!」


「なっ!?それでは命令に背くことになりかねませんぞ!」


 副将格のプファルツの指摘。


「命令以前の問題だ!

 このままでは、潰走する味方に巻き込まれて、我らも潰走することになるぞ!」


 ツェーザルはそう返すと、すぐに行動に移させる。

 このままここにいるよりも、一旦距離を置いて状況を把握したほうがいい。

 後のことはそれからだ。


 場合によっては、最後尾にいたマクリルらと合流することも考慮した方がいいだろう。


 ツェーザルはそう判断していた。






 ☆ ☆ ☆






 ナザール帝国軍は、混乱に拍車をかけている。


 救援に向かうよう命令を受けた部隊と、そうでない部隊。

 それぞれが入り乱れる事態となってしまっている。


「殿下よりの命令だ!ブルノ男爵の救援に向かう!」


 そう言って押し通ろうとする部隊と、


「そんな命令は聞いていない!」


 と、動こうとしない部隊。


 これも、同格の指揮官ばかり集めて、はっきりと誰が指揮を執るかを定めていなかったアーダルベルトの責任である。


 同格の者であるだけに、


「お前のところにだけ命令がいくはずがない!」


 と言われると、敵の間者が入り込んでデマを流しているのではないかという、疑心暗鬼が生まれてしまうのだ。


 その結果、キタイ族軍にまとまって対抗することが出来ず、次々に討ち取られていく。


「動きが鈍い。これが精強をもってなるナザール帝国軍か?」


 アブーチは物足りない様子で、吐き捨てる。


 まともに戦えているのは、最初にぶつかった部隊のみ。


 だが、その部隊も数を減らして、もはや残り数百人というところだ。


「ここまでか。」


 コンラートはそう呟くと、側で槍を振るって戦っているクリスティアンに声をかける。


「敵中を突破する。

 お前が先陣を切れ!!」


 クリスティアンも、遂にその時が来たことを悟る。


「はっ!謹んで、先陣を承ります!!」


 そう命令を受領すると、西へ向けて突破を図る。


 一人でも多くの部下を!


 一人でも多くの仲間を!


 助けるために、ブルノ男爵麾下の兵たちは最後の力を振り絞る。


 その鬼気迫る突破に、さすがのキタイ族軍もたじろぐ。


 敵が怯んだ隙に、クリスティアンは先陣を切って血路を開く。

 当たるを幸いに、突破していくブルノ男爵軍。

 だが、


「隊長!!ブルノ男爵が!!」


 ブルノ男爵コンラートは取り残される。

 後続の部下たちを逃すため、最後まで踏みとどまった代償とも言えるだろう。

 態勢を立て直したキタイ族軍の標的となり、包囲されたのだ。

 キタイ族軍の中に埋没していくブルノ男爵を助けるため、戻ろうとする者たちにクリスティアンは、


「振り返るな!男爵の思いを無駄にしてはならん!!」


 そう叱咤する。


 それでも戻ろうとした者たちは、クリスティアンの顔を見て諦める。

 クリスティアンは、流れる涙もそのままに駆け続けている。

 最も戻りたいのは彼なのだと、そしてその思いを振り払うために振り返らないのだと知って。


 ブルノ男爵軍の残存兵、約五〇〇は西に向けて駆け続けて行った。


 そして、ブルノ男爵の戦死は辛うじて維持されていた戦線の崩壊を意味していた。



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