ヴァルザル平原の戦い 2
マクリル隊一五〇〇と、ユリド指揮下のキタイ族三〇〇〇。
予想外の抵抗に業を煮やしたユリドは、間断なく戦力をぶつけていく。
それに対応するのは歩兵を指揮するのは、「白雪」と名付けられた白馬に跨るサティエ。
この白馬も、結婚祝いにマクリルから贈られたものだ。
遊牧民の中規模部族族長の娘として、時には部隊を指揮したこともあり、またキタイ族と抗争を繰り広げてもきた。
だから、キタイ族の戦い方は熟知している。
槍衾で騎兵の突進を食い止め、矢を射かける。
単純だが効果的な戦法をもって、サティエはユリドの攻勢を凌いでいる。
だが、問題もある。
それは手持ちの兵力の少なさ。
現在、サティエが指揮する兵力は一〇〇〇に満たない。
「せめて、あと五〇〇いれば。」
とも思うが、無いものは仕方がない。
とはいえ、
「このままではジリ貧になる。」
ユーディン指揮する騎兵との連携で持ち堪えているが、兵力差は如何ともしがたい。
しかも、キタイ族軍はそのユーディンとの連携を断ちにきている。
キタイ族、ギョウクはユーディンの部隊を、執拗に挑発している。
その挑発、ユーディン自身は「安い挑発だ」と取り合わず、彼の鍛えた一五〇騎もそれに従っていた。
だが、突如生まれた混成部隊の悲しさか、挑発に乗ってしまいそうになる者が増えてくる。
そうなると、いつまでも抑えられるものではなくなってしまう。
「ユーディン隊長!一部の者が挑発に乗り、突出し始めています!!」
部下きらの報告に、思わず舌打ちをするユーディン。
「これ以上、放っておくこともできんか。」
挑発に乗り始めた者が現れた以上、必ずそれは波及してしまう。
ならば、挑発をしてきた者たちをさっさと蹴散らすべく、ユーディンは隊に号令をかける。
その様子を見たサティエは、ユーディンの心情を理解するとともに、自身の置かれた状況を打開する方策を考える。
ユーディン隊との隙間ができたとなれば、その隙間をより拡げるべく攻勢をかけてくることが予想される。
その隙間を塞ぐことができない以上、そちらへの守りを固める必要がある。
「あと二〇〇、いえ一〇〇も手元にあれば・・・」
切実なサティエのボヤキだが、現実に兵がいない以上、それ以上にはなりえない。
そして、サティエが危惧した通りに敵は、ユーディン隊との間の隙間を拡げるべく、兵を差し向けてくる。
☆ ☆ ☆
ユリドの命令を着実に実行したギョウクの挑発が実り、敵の最精鋭と思われる騎兵隊が動き出すと、すかさず直率する兵のうち二〇〇を差し向ける。
隙間を拡げ、敵の本隊と思しき歩兵隊の側面を突くことができれば、敵の戦線は崩壊する。
「けっこう手こずらせてくれたが、これで終わる。」
ユリドは勝利を確信する。
だが、その確信はすぐに崩れ去る。
「馬鹿な!?」
差し向けた騎兵二〇〇が、次々に倒されていく。
「予備兵力がいたのか!?」
差し向けた騎兵の前に立ちはだかるのは、一〇〇人ほどの小集団。
だが、勝利を確信していた騎兵への奇襲となり、崩れていく。
「誘いこまれたか!」
そう判断したユリドは、手元に残る最後の兵三〇〇を率い、自ら突進する。
「この私を罠に嵌めるとは!
面白い奴がいるのだな!!」
未だ見ぬ好敵手の存在を確信したユリドは、不敵な笑みを浮かべていた。
☆ ☆ ☆
サティエが敗走を覚悟したとき、それを救ったのはマクリルが直接指揮する歩兵一〇〇人だった。
ユーディン隊が挑発に乗って動いたとき、その隙間を埋めるべく移動したのだ。
「馬を狙え!!」
一斉に矢を番える兵たちに、そう命じる。
人間よりも馬の方が大きく、狙いやすい。
そう判断しての下知だったが、それが予想以上の効果をあげている。
倒れた馬、そして投げ出された人間が障害となり、後続の騎兵の動きが鈍ったのだ。
「突入せよ!!」
予想していなかった攻撃を受け、キタイ族騎兵は混乱に陥り、その隙を逃さず攻勢に出る。
潰走する騎兵を追おうとする兵をとどめ、マクリルは檄を飛ばす。
「ここが正念場ぞ!
敵とて、諸王国軍と戦い、長駆して我等と戦っているのだ!
人馬ともに疲労していないわけがないのだ!!
あと一息で敵も退く!
今一度、奮闘せよ!」
マクリルの美声は、戦場にあってさえもよく通る。
「まったく、マクリルは・・・。
守っているつもりだったのに、守られてしまったわね。」
サティエは呟き、そして、
「さあ、マクリル卿の言葉を聞いたな!!
敵も疲労しているのだ!
今こそ、ナザールの意気を見せよ!!」
そう叱咤する。
自分は遊牧民族の者なのだから、"ナザールの意気"など関係ない。
だが、生き残るためには、兵たちの士気を高める必要がある。
だからマクリルの言葉に乗った。
ユーディンやティティエ、そしてマクリルとともに生き残るために。
マクリルはティティエの補佐を受けながらも、適切に指揮を執っている。
それができるのも、一〇〇人と少数の兵だからだろう。
全てに目が届くため、素早く反応させることができる。
それでも、これが初陣であるマクリルでは行き届かないところもある。
それをティティエが補佐することにより、適切な指揮が可能になったのだ。
「マクリル!次が来るよ!」
ティティエの警告に、マクリルは大きく頷く。
迫り来る騎兵はおよそ三〇〇。
その先頭に立つのは、長い黒髪を無造作に後ろに束ねた馬上の女戦士
その距離はどんどん近づいている。
☆ ☆ ☆
ユリドが、そこを攻撃の的としたのは必然のことだった。
潰走する部下を助けるために。
だが、なぜか敵に接近するほどに高まる高揚感を、自身で説明することはできない。
強敵と出会ったときの高揚感とは違う、なにか別のもの。
今まで渇望していながら得られなかった、なにかがそこにある。
なぜかそれを確信している。
目の前にいるのは、片膝をついて弩を構える歩兵たち。
そしてそれを指揮する小柄な騎士。
その騎士の身につけている軍装は、他の騎士よりも多少は見栄えが良いという程度のもの。騎乗している馬も、名馬といえるようなものには見えない。
なのに、なぜか目を離すことができない。
「あの者は私がもらう!手を出すな!!」
後に続く部下たちにそう宣言すると、猛然とその騎士に馬首を向ける。
それに気づいた相手は、傍にいる女騎士になにやら命じると、馬首を巡らして離れて行く。
それは逃げるのではなく、ユリドの向ける鋭鋒を戦線に影響させないようにするため、わざと遠ざかるようにしているように見えていた。
☆ ☆ ☆
ユリドの見立ては間違ってはいない。
マクリルは自分に迫る女戦士を見ると、
「ティティエ、指揮は君に任せる!!」
そう言ってその場から離れたのだから。
マクリルを追って来たのはユリド以下十名程。
十分な距離をとった、そう判断したマクリルは馬首を反転させると、ユリドたちへと突進する。
「面白い!」
ユリドはそう口にすると、マクリルに向け速度を上げようとする。
だが、それよりも先に動き出したのが、ユリドの部下のうちの五人。
その五名をマクリルは次々と馬から叩き落としていく。
「見た目は小柄で、さほどの武力は無いように見えたのだがな。」
そう口にするユリドは、相手から思わぬ言葉を耳にする。
「私の武芸の師は、とてつもない武力の持ち主だからな。」
自分たち平原の民の言葉。
「貴様、平原の民か!!」
ユリドの部下たちは、そう詰問する。
「いや、私はナザール人だ。」
その返答にはかまわず、ユリドは一歩前に進み、
「お前たちは手を出すな。コヤツは、私の獲物だ。」
ユリドは目の前の小柄な騎士を、極上の獲物であると判断した。
「私の名はユリド。お前の名は?」
「私はマクリル。マクリル・リューネブルク。」
「マクリル、お前に一騎打ちを申し込む。
私が勝ったら、お前は私のものだ。」
「私が勝ったら?」
「お前のものになってやる。」
ふたりは正面から向き合い、互いに槍を構える。
数瞬の後、互いに馬を進ませ激しく打ち合い始める。
これが、マクリルとユリドの出会いだった。
やっと、マクリルとユリドの一騎打ちまで持ってこれた。




