ヴァルザル平原の戦い 1
事前の約束通り、マクリルの指揮下に入ったのは五つの部隊、マクリルの隊を含めて一五〇〇人。
マクリルが指揮して連れてきた騎兵と、各隊の騎兵合わせて五〇〇騎はユーディンが指揮を執り、全体の指揮はサティエがとる。
マクリルとティティエはやや後方にて一〇〇人の兵とともに全体を見ている。
これは、実戦の経験がないマクリルに代わり、対キタイ族の戦いを繰り広げたことのあるユーディンとサティエが指揮をした方がいいだろうという判断からである。
「弩、構え!!」
サティエの号令の下、歩兵たちが弩を膝をついて弩を構える。
迫り来るキタイ族の軍勢に、マクリルの手綱を握る手に力が入る。
その手にティティエが自分の手をそっと合わせる。
「大丈夫よ、マクリル。私たちがついてるから。」
ティティエの言葉に、マクリルは緊張が解れていく。
「ありがとう、ティティエ。」
そう言うと、迫り来る敵へと視線を移す。
その時、サティエの号令一下、一斉に弩が放たれる。
そして、弩を持った兵は下がり、代わりに弓を持った兵が前に出て、一斉に矢を放っていく。
こうして、ヴァルザル平原の戦いは、その戦端を開いたのである。
☆ ☆ ☆
ニルス・アーベルからの伝令とともに、フリートヘルムは本隊のアーダルベルト皇子に報告する。
「なに!?後方に敵影だと!?」
報告を受けたアーダルベルトの第一声。
「ありえない!敵は、これから向かう先にいるのではないのか!?」
「敵は遊牧民族、そのほとんどは騎兵です。
諸王国軍を破ったあと、移動したのでしょう。」
フリートヘルムの言葉に、
「諸王国軍は二万五千いたはずだ。
キタイ族軍は最大でも一万五千だったはず。
それなのに負けたのか?」
「夜襲を仕掛けられました。瞬く間に混乱が広がり、一方的に攻勢を受け、敗れたのです。
マクリル卿から、夜襲の危険性を指摘されていたにもかかわらず、申し訳ないとニルス・アーベル将軍からの言葉でございます。」
伝令の言葉。
それに食いついたのはマクリルの次兄エルンスト。
「マクリルが、夜襲に気をつけるよう言っていたのか?」
「はい。ニルス・アーベル将軍からは、そう聞き及んでおります。」
「馬鹿な!あんな小僧に、そんな見識などあるわけがあるまい!
偶然だ、偶然に決まっている!!」
アーダルベルトがそう断言し、喚き散らすその横でエルンストは思い出す。
マクリルの部下には、三人の遊牧民出身の者がいることを。
おそらく、マクリルはその者たちからキタイ族の戦い方を聞いて、知っていたのだ。
「フリートヘルム殿、マクリルは他に何か言っていなかったか?」
「後方への攻撃は陽動だろうと。
敵本隊は、伸びきっている我が軍の側面を狙ってくると、そう言っておりました。」
エルンストは思わず唸る。
マクリルの言は理に適っている。
諸王国軍への救援のためにと、急進させているためにその陣形は長くなっており、側面からの攻撃に弱くなっている。
「ならば、問題は北から来るか南から来るか、だな。」
「おそらくは、北からだろうとマクリル殿は言われておりました。」
ナザール帝国軍が遠回りをして、北の街道を進軍経路としたこと自体が奇策なのだが、その意表を突くならば、より北側を選択しての行軍、奇襲だろうというのが、マクリルの推論である。
「馬鹿な!この街道のさらに北など、道と言える道など無い荒地しかないではないか!
そんな悪路を、速度を重視しなければならない奇襲に選ぶわけがないであろう!!
南だ、南からの敵襲に備えよ!!」
マクリルの予想を一蹴し、アーダルベルトはそう命令する。
補佐役であるエルンストも、アーダルベルトに同調する。
奇襲とは速度を重視するものだ。
ならば、あえて悪路を選択などしないだろう。
すでに先手を取っているのだから、そこに悪路を行くなどという奇策を重ねる必要など無いはずなのだ。
「右翼のツェーザルに伝令を送れ!
南方からの敵襲に備えよと!!」
エルンストはそう伝令を発すると、フリートヘルムと、ニルス・アーベルより遣わされた伝令にマクリル隊へと戻るよう伝える。
「私の直率する兵のうち、二〇〇を付ける。
微力ではあるが、役立ててくれ。」
そう言って送り出した。
☆ ☆ ☆
迫り来るキタイ族軍に、矢を浴びせるマクリル隊。
それにより、勢いを僅かながらに減殺されたユリドは不機嫌になるどころか、不敵な笑みを浮かべる。
「ほう。我ら相手に、見事な対応じゃないか。
面白くなってきたね。」
軽く引っ掻き回すだけで済ませてやろうと思っていたが、こんなに面白い対応をしてくれる相手に、それは非礼というものだろう。
ならば蹴散らしてくれよう、そう思った時、
「御嬢!!
敵の騎兵が出てきましたぜ!!」
腹心のギョウクが、ユリドにそう報告する。
「我ら草原の民相手に、騎兵を繰り出すとはな。
いいだろう、相手をしてやれ!」
「へい!!」
ギョウクは、自身の率いる騎兵七〇〇をもって迎え撃つべく進軍する。
マクリル隊から出撃した騎兵は五〇〇。
もちろん、これはユーディンが指揮を執る部隊である。
マクリルがベルン行政区に入ってから一年余、ユーディンが鍛え上げた騎兵一五〇が中心となっている。
全体の軍装は、ナザール帝国風に金属鎧を着ているが、ユーディンだけは黒く塗られた革鎧を着用している。
無論、中には鎖帷子を着ており、それなりに防御力はある。
そして、手に持つ得物は総鉄製の長槍。
跨るは黒毛の馬。
周囲の馬よりも一回り大きなこの馬は、マクリルがユーディンとサティエの結婚祝いに贈ったものである。
黒風の名付けられたこの馬の首を軽く撫でると、ユーディンは大音声で号令をかける。
「俺に続け!!」
先頭にユーディン。
次いでユーディンが鍛え上げたベルンの騎兵。
それに続いて各隊から集められた騎兵たち。
迫り来るナザール騎兵を迎え撃つキタイ族の騎兵。
良き獲物とばかりに挑み掛かるが、一合も打ち合うことなく馬上から叩き落とされる。
落馬した者など目もくれず、ユーディン率いる騎兵隊はキタイ族騎兵を薙ぎ倒していく。
ある程度の戦果を挙げたところで、ユーディン率いる騎兵隊は戦場からの離脱を図る。
ユーディンの目的は、敵の騎兵の勢いを減殺することであり、敵を撃破することではない。
そもそも五〇〇の兵で三〇〇〇の敵を撃破するなど、土台無理なことなのだ。
キタイ族の先頭部隊を蹂躙し、引き返そうとするユーディンの前に、ギョウク率いる騎兵隊が立ち塞がる。
「勝ち逃げを許すと思ったか!!」
ギョウクはナザール語を解しない。
なので当然、遊牧民の言葉を使う。
そして、遊牧民の言葉を解するナザール人がいるとは思ってもいない。
思ってもいないが、こういう時の言葉は互いになんとなく理解できるものである。
だが、ギョウクは返って来た言葉に驚く。
「逃げる、だと?この俺が?」
その言葉は自分と同じ遊牧民の言葉。
慌てて、相手の顔を見て、
「お、お前は、まさかツイラル族のユーディン!?」
かつて、キタイ族と激闘を繰り広げた部族ツイラル。
その中にいた、勇猛なる者のひとりに見覚えがある。
だが、その男は最後の戦闘で行方不明になっており、野垂死にしたものだと思われていた。
「ほう、俺のことを知っている者がいたのか。」
ギョウクの背中に冷たいものが流れる。
ツイラル族のユーディンは、常に激戦の只中に身を置きながら、遂に誰も討ち取ることができなかったほどの勇士。
「貴様が本当にユーディンなら、俺と戦え!」
ギョウクの言葉にうんざりしたように、
「そんなに相手してほしけりゃ、してやる。」
そう言いながら槍を構える。
雄叫びをあげ、突き掛かってくるギョウクを難なくいなすと、一撃で馬上から叩き落とす。
「さあ、一旦離脱するぞ!!遅れるな!!」
落馬したギョウクに構うことなく、ユーディンは悠々と離脱していく。
☆ ☆ ☆
「ギョウクが手も足も出ないとはな。」
ユリドは感心するが、じつのところそう感心してもいられない状況になりつつある。
予想外の抵抗にあい、その損害が大きくなってきており、無視できないほどになりつつある。
そこにギョウクが戻ってくる。
「御嬢、あの者はユーディンです!」
「ユーディン?あの、ユーディンか?ツイラル族の?」
ギョウクは大きく頷く。
「武勇は、あの頃と変わらず・・・、いえ、かつてよりも遥かに強くなっているかと。」
「敵にいたとはな。」
ユリドは呟く。
「だが、残念なことに率いる兵が少ない。
指揮官に見る目がないのか、それとも仕えている相手がまだ小身の者なのか。」
そして敵陣を見る。
歩兵が円陣を組み、長槍を構えて自分たちの突入に備えている。
あのユーディンの攻勢は、あれを準備するための時間稼ぎだったのだろう。
このまま見逃しても良かったのだが、ユーディンがいるとなると話は変わる。
あの男一人で戦局が変わるとは思わないが、封じ込めておかなければ被害が増加することだけは確かだ。
「あの部隊を攻撃する!間断なく攻勢をかけよ!!」
マクリル隊一五〇〇に対し、ユリド指揮下の三〇〇〇。
戦いはまだ始まったばかりであった。




