急進
諸王国軍を敗走させたアブーチは、友軍の危機を知り駆けつけてくるであろうナザール帝国軍を、次の獲物と定めてその牙を研いでいた。
兵に一刻(約二時間)の休憩を与え、主だった部下を集めて指示を出す。
そこに遅れて来た者が二人。
一人はゴバツ。
ゴバツは不服そうな顔をして、アブーチの前に姿を現している。
「申し開きを聞こうか?」
ゴバツ以上に、不機嫌な顔をしてアブーチは問い質す。
「も、申し開きと言われても、目の前の敵を蹴散らすことこそ、優先されることではありませんか。」
「ほう、目の前の敵しか、その目には入らなかったということか。」
一息入れ、アブーチは大音声に怒鳴りつける。
「お前がすぐに追わなかったせいで、あの部隊はヴォロネジに入城を果たしたのだ!
それがどのような意味を持つか、その頭では判らぬか!!」
もし、目の前で援軍を壊滅させたならば、逆に士気を著しく低下させ、降伏へと向かっていた可能性が高くなっていた。
だが、現実は僅かとはいえ援軍が到着したことにヴォロネジの兵は士気を高くし、一層の抵抗をするだろう。
「目先のことしか考えぬ、この愚か者めが!!」
言葉にするほどに、より怒りが高まっていくのか、聞くに耐えぬ罵詈雑言がゴバツに浴びせられる。
それをじっと下を向いて耐えるゴバツ。
激昂のあまり、傍に置いている剣に手を伸ばしかけた時、残る一人がやってきた。
「なにをしている、族長殿。
ナザール帝国軍が、どの方面から来るかわかったというのに、そんなことをしている場合ではないぞ。」
最後にやってきた者、ユリドがアブーチを嗜めつつ、重要な情報を突きつける。
助かった、ゴバツのそんな溜息など無視して、アブーチはユリドに向き直る。
「奴らは北の街道から来る。」
「北の街道?」
ユリドの報告に違和感を覚える。
なぜ北の街道?
北の街道では大きく迂回することになる。
にもかかわらず、北の街道を選択したということは、ふたつのことが考えられる。
ひとつは戦意に乏しい。
だから、あえて遠回りとなるルートを選んだ。
ふたつめは、諸王国軍とナザール帝国軍の指揮官の仲が悪い。
だから、時間のかかるルートを選び、先にキタイ族にぶつかるように仕向けた。
だが、どちらもあり得ないことに思える。
たとえ戦意が乏しくても、戦わなければ諸王国との同盟関係にヒビが入ることになる。
それは、大陸西部の覇者としての立場を危うくさせることになる。
また、ふたつめに関しても諸王国軍とキタイ族が戦っている時に参戦、もしくは戦いが終わって気を抜いている時ーまさに今、現在の状況ーに攻勢をかけるはずだ。
「なにを考え込んでいるのだ?
即断即決こそが、族長殿の最大の長所であろうに。」
ユリドが煽る。
「そうだな。そうでなければ、俺の名が泣くな。」
そう、キタイ族族長の名はアブーチ。
その名の持つ意味は「掠奪者」。
「さあ、次の獲物を狩りに行くぞ!
今度の獲物は痩せっぽっちの諸王国軍じゃねえ。
丸々太ったナザール帝国軍だ。
たっぷりと奪いとってやるぞ!」
アブーチの号令のもと、キタイ族は行動を開始する。
ただし、ゴバツ指揮下の五千は、ヴォロネジに籠る敵軍の牽制のために残留することになった。
これが、ヴァルザル平原の戦いに大きな影響を与えることになる。
☆ ☆ ☆
ナザール帝国軍に、諸王国軍とキタイ族との戦闘の報告がもたらされたのは、夜も明けてからのことである。
報告を受けたアーダルベルト皇子は、すぐに全軍に対して救援に向かうことを宣言する。
この決断の早さは、十分に称賛され得ることだろう。
ただ、問題なのは麾下の兵力の質と編成。
補佐役であるエルンストは、再三にわたり再編の必要性を訴えているのだが、アーダルベルトは聞く耳を持たない。
アーダルベルトの言い分としては、その時になれば中心となれるだけの能力を持った者が、頭角を表す。
だからそうなるまで、このままでいくのだと言うのだ。
だが、エルンストにしてみれば、それは平時の、しかも訓練をしている間にするべきことであり、実戦の場において行うことではない。
何度もそう諌めたのだが、それが煙たくなってきたのか、現在では補佐役であるにもかかわらず、遠ざけられるようになってしまっていた。
☆ ☆ ☆
右翼に配されているツェーザルは、進軍の指揮を執りながら、前夜に来訪してきた兄エルンストの愚痴を思い出している。
「クラウス兄者は、アーダルベルト殿下を次期皇帝としたいようだが、考え直すべきだろうな。」
疲れ切ったようにそう口にするエルンスト。
長兄クラウスが次期皇帝にアーダルベルトを推しているのは、ツェーザルも知っている。
父ルドルフは政治には口を出さなかったのだが、後継者を自任するクラウスは積極的に政治に関わろうとしている。
クラウスは「武門の名家」とされるだけでは、不十分だと考えているのだ。
もっと政治に関わり、より高みを目指す。
そう、宰相となり政軍への影響力を拡大する、それがクラウスの野望である。
「過ぎたる野心は、身を滅ぼすことになるのだが、兄者はそれがわかっていない。」
父ルドルフが政治に口を出さなかったのは、自身に政治力が無いことを自覚していたこともあるが、武官たる身の者が政治に手を出しすぎると、それは粛清の対象となりかねないためでもある。
それを、クラウスはアーダルベルト皇子を擁立し、恩を売ることでクリアしようとしているのだ。
「アーダルベルト皇子はあまりにも他人の話を聞かない。
あれでは、諫言しようとする者はいなくなってしまう。
そうなったら、このナザール帝国そのものが危うくなってしまう。」
何度も苦言を呈してきたエルンストの言葉だけあり、重みがある。
「それにしても、なぜ兄者はそこまで政治に手を出そうとするのか。」
エルンストのぼやき。
それに対する答えを、ツェーザルは持っている。
だが、それを口にすることはない。
おそらくは、エルンストも気づいているであろうから。
そして、疲れた顔をしてエルンストはツェーザルに言う。
「アーダルベルト皇子は、命をかけて仕えようと思えるお方ではない。
無事に帰ることができたら、クラウス兄者にそう伝えることにするよ。」
と。
☆ ☆ ☆
ヴォロネジへと急行するナザール帝国軍の最後尾に、マクリル指揮下の一五〇騎はいた。
これから起こる戦いが、自身の運命を大きく変えることになるとも知らずに。




