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ヴァルタリア大陸記  作者: 久万 聖
第二章〜ヴァルザル平原の戦い〜
19/47

ヴォロネジの戦い

 ヴォロネジまで指呼の距離まで近づいた、諸王国軍。


 ツィラル・イラーク将軍を中心に、軍議が開かれる。

 はっきりとしているのは、夜が明けると同時にキタイ族軍に攻勢をかけること。


 そのための陣立てをとうするのか?


 いわば、誰が先陣を切るのか?


 それが第一の議題となる。


 実績からすれば、ナムソス王国のニルス・アーベル将軍が第一候補となる。


 だが、そのニルス・アーベルは先鋒となることを謝絶している。


「勇猛をもってなるアーベル将軍が、まさか先鋒を辞退なさるとは。」


 とは、総指揮を執るイラーク将軍の言葉だが、この場にいる全ての者が、同様の感想を抱いている。


「なに、私がいつも先陣を切っていては、他国の方々が軍功を立てられませんからな。」


 そう言って豪快に笑うが、実のところ、これは誤魔化しのためであり、なぜ自分が先鋒を辞退したのか、うまく説明ができなかったためである。


 それは武人としての嗅覚、本能とでもいうべきものなのか。


 結果として、それがニルス・アーベルを助けることになり、また今回の戦いの結末を左右することになる。


 先鋒として配置されたのは、モギュリフ王国のアンドレイ・ゲルシューニ将軍。


 ニルス・アーベルと比肩されるほどの勇猛さ、いや勇猛さだけならばそれ以上ともされる猛将。


 ニルス・アーベルは、右翼に配置されることになった。






 ☆ ☆ ☆






 夜更け。


 アブーチは、篝火に浮かぶ諸王国軍の陣容を見ている。


「あの篝火の数。

 どうやら、夜明けとともに攻勢に出るつもりだったようだな。」


 傍に控えているユリドを振り返り、口にする。

 そして、視線を敵陣へと戻す。


「さあ、行くぞ!

 者共、続け!!」


 アブーチの号令一下、キタイ族軍は諸王国左翼へと襲いかかる。


 こうして、ヴァルザル平原の戦いの前哨戦とされる、「ヴォロネジの戦い」もしくは「ヴォロネジの夜戦」と呼ばれる戦いは始まる。






 ☆ ☆ ☆






 諸王国軍左翼に配置されていたのは、スモレスク王国の軍三千。

 指揮するのは、イツハク・サーノフ将軍。


「馬鹿な!敵はヴォロネジを包囲しているのでは無かったのか!」


 決して無能ではないサーノフ将軍だったが、完全に決まった奇襲に抗する術は無い。


 すぐに援軍を要請する伝令を発するが、瞬く間に戦線は崩壊し、スモレスク王国軍は次々に討ち果たされていく。


 サーノフ将軍は懸命に部下を叱咤して、援軍の到着まで時間を稼ごうとするのだが、配下の兵は次々に倒されて、今では百騎に満たない。


「あんたが、この軍の指揮官かい?」


 サーノフ将軍の前に現れたのは、革鎧を着けた一人の騎兵。


 その姿は他の騎兵より小柄に見える。


「あんたの首をもらって、手柄にさせてもらうよ。」


 そしてその声。


「女、か?

 この首、簡単に奪えると思うな!」


 サーノフは、槍を振るって迎え撃つ。


「女だと思って、甘く見ないことだね!」


 その女、ユリドもまた槍を振るい、襲いかかる。


 数合の撃ち合い。


 それはユリドにとっては儀礼的なものに過ぎない。

 そして、サーノフにとっては、予想以上の強敵と認識した撃ち合い。


「くっ!!」


 さらに数合の撃ち合いの後、ユリドの槍先はサーノフ将軍の左肩を貫く。


「ぐ、ふっ!」


 貫かれた激痛に持っていた槍を落とし、そして体勢を崩して馬から落ちる。


 ユリドはサーノフ将軍が落馬した際に抜けた、血に濡れた槍を構え直すと、そのままサーノフ将軍に突き立てる。


「この部隊の指揮官は、このユリドが討ち取った!」


 ユリドの宣言に意気あがるキタイ族軍。


 キタイ族軍は、より攻勢を強めていく。






 ☆ ☆ ☆






 総指揮を執るツィラル・イラーク将軍は、左翼が攻勢をうけたことを知ると、すぐに陣を再編する。


 自身の指揮する本隊を持って敵の攻勢を受け止め、先鋒に配置していたモギュリフ王国のアンドレイ・ゲルシューニ将軍をそのまま右翼とし、後方に配置していた、カルーガ王国、トゥーラ王国の二カ国の軍を左翼として、態勢を整える。


 本隊の七千の兵で敵の一撃を食い止め、左右の軍が敵を包み込む。


「スモレスク王国軍が敗れたといえど、まだ我が軍は一万七千。

 互角に渡り合える!」


 状況判断は間違ってはいない。

 それに、ここで時間を稼ぐことができれば、ヴォロネジに籠っている友軍が撃って出ることも期待できる。


 また、援軍であるナザール帝国軍が急行して来ることもあり得るだろう。


 そうなれば、圧倒的多数の軍でキタイ族を包囲・殲滅することも可能なはず。


 そして、目の前にはスモレスク王国軍を蹴散らした、キタイ族軍が迫って来ていた。






 ☆ ☆ ☆






 結果的に後方に陣取ることになってしまったニルス・アーベルは、即座にナザール帝国軍へ報告のための伝令を出している。


「マクリル卿の言葉を失念していたな。」


 その呟きに、


「ええ、完全に忘れておりました。」


 副官ヘンリク・イェルツェンも応じる。


 目の前では、キタイ族と友軍の戦いが繰り広げられている。


 その形勢は、控えめに言っても押されている。


 完全に後手に回っており、挽回するのは難しいと思われる。

 それは、手元にある三五〇〇の兵を率いて参戦したとしても、難しいだろう。


 いや、下手に参戦しようとしても、混戦となっている現状では余計な混乱を招きかねない。


「手をこまねいているしかない、か・・・。」


 とはいえ、このままでは敗走に巻き込まれて、本当に何もできなくなってしまう。


「右翼にいたはずが、まさか最後尾になってしまうとは、思いもよりませんでした。」


 激変した状況を憂うヘンリク・イェルツェンの言葉に、アーベルも同意する。


「騎兵、遊牧民の操る騎兵の機動力を甘く見ていたな。」


 そう口にするが、現在、自分がうてる策は何か考える。


 夜も少しずつ白み始め、戦いの形勢が理解できるほどに見通しが悪くなってくる。


 戦況は悪化しており、良くなるようには思えない。


 どうすればいいのか?


「これより我が隊は、ヴォロネジへと急進する!!」


 アーベルはそう宣言する。


「なっ!?それはいったい?」


 突然の宣言にイェルツェンは驚く。


「今は説明している暇はない!急げ!!」


 自ら先頭に立ち、ヴォロネジへ向けて急進させて行く。


 その姿を発見したのは、キタイ族軍の方が早かった。


 その報告を受けたアブーチは、


「面白いことを考えたな。」


 そう呟く。


 そう、アブーチはアーベルの目論見に気づいたのだ。


 ヴォロネジに立て籠もる兵力は、少なくとも五千。

 そこにあの軍が加われば一万近い兵力となる。


 軍学の基本として、攻める側は防御側の三倍の兵力を必要すると云われる。

 それを考慮するならば、入城を許せば攻城戦は極めて不利になる。


「ゴバツに、あの部隊を攻撃するよう伝えよ!」


 そして、自分がそう命じることも、あの部隊の将軍の策であることも理解している。

 理解しているが、そう動かざるを得ないのも、また事実なのだ。


 伝令を通じて父アブーチの命令を受け取ったゴバツは、考え込んでしまう。


 ここで自分の麾下の兵力五千を振り向ければ、この諸王国軍への圧力が減殺されてしまう。


 その結果、目の前の敵を生かしてしまうのではないか?


 このゴバツの逡巡こそが、アーベルを生かすことになり、その動きの鈍さを見た父アブーチを激怒させることになる。


「なぜ、さっさと動かん!

 目先のことしか見えん愚か者が!!」


 アブーチの激怒する様子に、側近の者たちは首を竦める。


彼奴あやつめは、猟犬にはなれても猟師にはなれぬ男だ。」


 大きく一息つくと、


「もう一度、伝令を送れ!

 動かぬならば、この俺がゴバツめの首を討ち取り、その余勢を持ってあの部隊に攻勢をかける、そう伝えよ!!」


 苛烈な命令。

 他の者であれば単なる脅しと取ったかもしれない。


 だが、アブーチの場合は脅しではない。


 本当にやりかねない。

 それを知っている側近たちは、すぐに伝令を発した。


 伝令から父の言葉を知ったゴバツは、文字通り顔を真っ青にして追撃を開始する。


「やっと動きおったか。」


 アブーチはそう口にすると、自身の直率する本隊を率いて、諸王国軍に突撃を敢行する。


 ここに、ヴォロネジの戦いの形勢は完全に決した。


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