キタイ族陣営
マクリルら、アーダルベルト皇子率いるナザール帝国軍がヴォロネジへと進発したのは、諸王国軍が出撃した二日後。
進軍路は諸王国軍より北側を選択している。
これは、諸王国軍と同じ経路を通ることで、もしもの事態を避けるためでもある。
もしもの事態。
それは、諸王国軍がキタイ族軍に敗れて敗走した場合、その敗走に巻き込まれないようにするためである。
このあたりを考慮する、アーダルベルト皇子もあながち無能とは言い切れない。
そして、二日の時間差をおいたのも、あくまでも自分たちは援軍であって、主体的に戦うのは諸王国軍であると、そう示すためのもの。
周囲の者たちはともかく、アーダルベルト皇子本人は、勝利は揺るぎないものであると認識していた。
☆ ☆ ☆
ヴォロネジを攻囲しているキタイ族の本陣。
天幕の中には、精悍な顔つきをした壮年の男を中心に、食事をとりながらの軍議が行われている。
そこへ、
「族長殿!!」
駆け込んできた者がいる。
「どうしたゴバツ。」
「敵の救援が来た。
その数、およそ二万とのこと。」
「二万?ナザール帝国から援軍が来ているという割には少ないな。」
そう言いながら、アブーチは幕僚の一人に視線を送る。
「ブロディル、お前の情報ではたしか・・・」
「はい、ナザール帝国からの援軍は三万ほど、そうお伝えいたしました。」
ブロディルと呼ばれた男は、そう答える。
このブロディル、もともと遊牧民出身ではない。
大陸を西に東にと動き回る、有力な隊商の一人だった。
それがなぜ、アブーチに仕えるようになったかといえば、キタイ族族長アブーチに期待したからだ。
その才能と覇気に。
大陸中央部の平原地帯を交易路とする彼らにとって、それぞれの部族の勢力圏に入る度に通行料を支払うのは、大きな負担である。
それを統一できるならば、ひとつの国の中を通行するのだから、通行料の支払いも大幅に減少することになり、自由な交易ができるようになる。
それができる存在であるとして、アブーチに仕えるようになったのだ。
自身の持つ経験と能力の全てを持って。
ブロディルの持つ能力。
隊商を率いていたことによる、商人の繋がりを利用した情報収集と、税の徴収方法とそのノウハウの提供。
それはたしかにアブーチの征服戦争に、大きく寄与している。
「ならば、援軍と諸王国軍の間に間隙が生じたか。」
アブーチは呟くと、香草と塩で味付けして焼かれた羊の腿肉にかぶりつく。
大陸七帝国と呼ばれるような国々では、粗野な行為とされるが、遊牧民族ではごく普通の行為でしかない。
「さあ、どうしたものかな・・・」
悩んでいるというよりも、この状況を愉しんでいる、そんな口ぶりだ。
諸王国軍が来ては、ヴォロネジを陥とすことはできない。
自軍の兵力は一万五千。
ヴォロネジに立て籠もっているのは、少なく見積もっても五千はいる。
合わせて二万五千と戦うのは、愚か者のすることだ。
「戦うことこそがこの世の楽しみ。
族長殿は常日頃からそう言っているではないか。」
言葉を発したのは、幕僚の末席座る者。
好戦的な目と、日に焼けた精悍な顔つきの若い女性。
「だからと言って、勝算のない戦いはできんぞ、ユリド。」
ゴバツが窘めるが、
「勝算ならあるぞ、兄者。
それも、かなり高くな。」
ユリドはそう答える。
「言ってみろ、ユリド。」
アブーチが興味深そうに促す。
ユリドは話し始め、その場の者たちは黙って聞いている。
ユリドの策を聞き終えると、アブーチは大きく笑い出す。
「やはり、俺に一番似ているのはお前だな、ユリドよ。」
そう言いながら、この場にいるもう一人の実子ゴバツを見る。
そのゴバツは苦笑しつつも首肯する。
「すぐに準備に取りかかれ!
この策は、速さこそが肝要ぞ!」
アブーチはそう宣言する。
アブーチの目は爛々と輝いている。
まるで獲物を見つけた狼のように。




