ツェーザル
騎兵一五〇騎を率いて帝都に戻るマクリル。
そこには、ヒルデガルド皇女の姿もある。
マクリルは、応集司令書の指示に従い、準備を整えて参集したことを、軍務尚書ヴォルフェンビュッテル侯爵ハーゲンに報告する。
「うむ、御苦労。」
ヴォルフェンビュッテル候は事務的に返答し、処理をする。
疲れたような表情を見せる軍務尚書に、
「閣下、随分とお疲れのようでございますが、いかがいたしましたでしょうか?」
その言葉に顔を上げ、マクリルを見る。
「疲れて見える、か。
たしかに疲れているな。
自業自得、とも言えるが・・・」
そう口にすると、目を閉じる。
「いや、これ以上は愚痴になってしまうな。
気遣いに感謝する、マクリル卿。」
そして、マクリルは一礼すると退室する。
マクリルがヴォルフェンビュッテル候の苦悩を理解するのは、翌日の会議の席に着いてからであった。
☆ ☆ ☆
この日の夕食は、義父リューネブルク伯オットーとその夫人であり義母であるヨハナと共に摂っている。
「まだ十四歳だというのに、出征だなんて。」
ヨハナがそう零す。
「いつまでそんなことを言っているのだ。
諸王国軍を加えれば、相手の三倍以上の兵力なのだぞ?
負ける要素など、無いに等しいだろう。」
「そうは仰いますが、指揮をとられるのは、アーダルベルト皇子だというではないですか。
あのお方は、万の軍の指揮をとれるほど、経験をお持ちなのですか?」
妻にそう言われると、オットーとしても黙るしかない。
アーダルベルト第二皇子は、年齢は二十六歳であり、病弱な第一皇子アードルフと違って健康な身体を持っている。
そのため、皇太子にと推す声もあるのだが、問題はその気性。
漁色家であるだけでなく、何事も飽きやすく長続きしない。
そして自尊心が非常に高く、派手好きで浪費家でもある。
そのため、第三皇子アルフレートを推す声もある。
そのためアーダルベルト皇子は、ここで軍事的成功を収めることによって、競争相手であるアルフレートに差をつけたいのだ。
だから、軍務尚書に直接掛け合って、自分が総指揮を執るようにねじ込んだのだと、そう噂されている。
そこに、リューネブルク家の家令トビアスが来客を告げる。
来客の名を聞いたオットーが、中に案内するように指示する。
少しの間をおいて現れたのは、マクリルの実兄の一人ツェーザルだった。
☆ ☆ ☆
「久しぶりだな、マクリル。」
現れたツェーザルはリューネブルク夫妻への挨拶を済ませると、弟に話しかける。
「はい。ですが、今日はどのようなことで?」
「今回の出征だが、俺も出ることになっている。
二千の兵を率いてな。」
「ほう!ツェーザル殿も出られるのか。」
オットーが感心したように声をあげる。
ツェーザルは、サナキア公ルドルフの息子たちの中で、マクリルに好意的な存在であり、そのような人物が共に出るというのは、かなり心強いものがある。
ツェーザルは軽く頷くと、
「ブルノ男爵も、一五〇〇の兵を率いて参加される。」
「コンラート伯父上も、参加されるのですか?」
マクリルが帝都に来てからの八年の間に、今一人の祖父ベルトルトも引退してその長子に家督を譲っている。
「そうだ。あと、アーダルベルト殿下を補弼するのは、我らが次兄殿だ。」
「エルンスト兄上が・・・」
次兄エルンストの能力を、マクリルは直接は知らない。
だが、軍に入っている学院の同僚の話では、かなり評判は良いらしい。
「エルンスト兄上の能力は、まあ悪いわけじゃない。
だが、今回は苦労することになるだろうな。」
「それはどういうことでしょうか?」
「千を超える兵を指揮するのは、殿下を除けば俺とブルノ男爵だけだ。」
「!?」
マクリルは驚きの表情を見せる。
ツェーザルの言葉が事実なら、中級以下の指揮官がほとんどを占めることになる。
そんな編成では、効率的な運用など望むべくもない。
相手を軽く見すぎているのか、それとも自信過剰なのか。
「殿下が自信過剰なのは間違いない。
そして、殿下には殿下の思惑がある。」
「子飼いの将軍を育成して、軍中に自分の支持者を増やす、そういうことでしょうか?」
軍中に自分の支持者を増やすことで、次期皇帝への道を確かなものとする、そういうことだろう。
「さすがだな、マクリル。」
ニヤリと笑みを浮かべるツェーザル。
「まあ、本来ならそんなことをしなくても、七割以上の確率で次期皇帝となっただろうがな。
だが、そこに危険な人物が割り込んできた。」
「危険な人物?」
誰のことかわからない、そんな表情を見せるマクリルに、ツェーザルは大笑いする。
「お前のことだ、マクリル。」
「え?私には、帝位に就こうなどという気はありません。」
「ああ、お前にそんな気は無いだろう。
だが、アーダルベルト殿下の見方は違う。」
マクリルは、帝室の流れを汲む公爵家の出であり、そしてなによりもヒルデガルド皇女の許嫁である。
帝位継承権の順位は低くとも、ヒルデガルド皇女を女帝として擁立することも考えられるのだ。
仮にヒルデガルドが女帝となったら、マクリルはそれを補弼するべく重職に据えられるだろう。
そして、ヒルデガルドから禅譲されるということもあり得るのだ。
「それでは、マクリルは殿下から敵視されていると、そういうことではありませんか!」
ヨハナが驚いて大声をあげる。
「最前線に置いて、戦死を狙うか。」
オットーも憤然として呟く。
「いや、最前線に置くことはないだろう。
罷り間違って、手柄を立てられたら困ったことになる。」
たしかにその可能性がある。
「むしろ、後方に置いて手柄を立てさせないようにするだろうな。
それだけ、生きて帰る確率は跳ね上がることになるな。」
愉快そうに言うツェーザル。
「たしかに、生きて帰る確率は高くなりますね。」
マクリルもそう応じる。
「それからお前の部下に、遊牧民出身の者がいただろう?
話を聞きたいから、明日の軍議の後に貸してくれないか?」
これが今回の本題なのだろう。
間違いなく、ツェーザルはアーダルベルト皇子の油断を危惧している。
「わかりました。軍議の後に、ユーディンとサティエを派遣します。」
「助かる。」
そう言うとツェーザルは立ち上がり、この場を辞した。
そのツェーザルを見送り、リューネブルク夫妻は安堵の声をあげる。
世継ぎであり、皇女の許嫁である養子の生還の可能性が高まったことに。
だがマクリルは、ツェーザルの裏の意図を読み取っている。
"アーダルベルト皇子の悪意に気をつけよ"
と。




