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ヴァルタリア大陸記  作者: 久万 聖
第二章〜ヴァルザル平原の戦い〜
16/47

ツェーザル

 騎兵一五〇騎を率いて帝都に戻るマクリル。


 そこには、ヒルデガルド皇女の姿もある。


 マクリルは、応集司令書の指示に従い、準備を整えて参集したことを、軍務尚書ヴォルフェンビュッテル侯爵ハーゲンに報告する。


「うむ、御苦労。」


 ヴォルフェンビュッテル候は事務的に返答し、処理をする。


 疲れたような表情を見せる軍務尚書に、


「閣下、随分とお疲れのようでございますが、いかがいたしましたでしょうか?」


 その言葉に顔を上げ、マクリルを見る。


「疲れて見える、か。

 たしかに疲れているな。

 自業自得、とも言えるが・・・」


 そう口にすると、目を閉じる。


「いや、これ以上は愚痴になってしまうな。

 気遣いに感謝する、マクリル卿。」


 そして、マクリルは一礼すると退室する。


 マクリルがヴォルフェンビュッテル候の苦悩を理解するのは、翌日の会議の席に着いてからであった。






 ☆ ☆ ☆






 この日の夕食は、義父リューネブルク伯オットーとその夫人であり義母であるヨハナと共に摂っている。


「まだ十四歳だというのに、出征だなんて。」


 ヨハナがそうこぼす。


「いつまでそんなことを言っているのだ。

 諸王国軍を加えれば、相手の三倍以上の兵力なのだぞ?

 負ける要素など、無いに等しいだろう。」


「そうはおっしゃいますが、指揮をとられるのは、アーダルベルト皇子だというではないですか。

 あのお方は、万の軍の指揮をとれるほど、経験をお持ちなのですか?」


 妻にそう言われると、オットーとしても黙るしかない。


 アーダルベルト第二皇子は、年齢は二十六歳であり、病弱な第一皇子アードルフと違って健康な身体を持っている。


 そのため、皇太子にと推す声もあるのだが、問題はその気性。

 漁色家であるだけでなく、何事も飽きやすく長続きしない。

 そして自尊心が非常に高く、派手好きで浪費家でもある。


 そのため、第三皇子アルフレートを推す声もある。


 そのためアーダルベルト皇子は、ここで軍事的成功を収めることによって、競争相手であるアルフレートに差をつけたいのだ。


 だから、軍務尚書に直接掛け合って、自分が総指揮を執るようにねじ込んだのだと、そう噂されている。


 そこに、リューネブルク家の家令トビアスが来客を告げる。


 来客の名を聞いたオットーが、中に案内するように指示する。


 少しの間をおいて現れたのは、マクリルの実兄の一人ツェーザルだった。






 ☆ ☆ ☆






「久しぶりだな、マクリル。」


 現れたツェーザルはリューネブルク夫妻への挨拶を済ませると、弟に話しかける。


「はい。ですが、今日はどのようなことで?」


「今回の出征だが、俺も出ることになっている。

 二千の兵を率いてな。」


「ほう!ツェーザル殿も出られるのか。」


 オットーが感心したように声をあげる。


 ツェーザルは、サナキア公ルドルフの息子たちの中で、マクリルに好意的な存在であり、そのような人物が共に出るというのは、かなり心強いものがある。


 ツェーザルは軽く頷くと、


「ブルノ男爵も、一五〇〇の兵を率いて参加される。」


「コンラート伯父上も、参加されるのですか?」


 マクリルが帝都に来てからの八年の間に、今一人の祖父ベルトルトも引退してその長子に家督を譲っている。


「そうだ。あと、アーダルベルト殿下を補弼ほひつするのは、我らが次兄殿だ。」


「エルンスト兄上が・・・」


 次兄エルンストの能力を、マクリルは直接は知らない。

 だが、軍に入っている学院の同僚の話では、かなり評判は良いらしい。


「エルンスト兄上の能力は、まあ悪いわけじゃない。

 だが、今回は苦労することになるだろうな。」


「それはどういうことでしょうか?」


「千を超える兵を指揮するのは、殿下を除けば俺とブルノ男爵だけだ。」


「!?」


 マクリルは驚きの表情を見せる。


 ツェーザルの言葉が事実なら、中級以下の指揮官がほとんどを占めることになる。

 そんな編成では、効率的な運用など望むべくもない。

 相手を軽く見すぎているのか、それとも自信過剰なのか。


「殿下が自信過剰なのは間違いない。

 そして、殿下には殿下の思惑がある。」


「子飼いの将軍を育成して、軍中に自分の支持者を増やす、そういうことでしょうか?」


 軍中に自分の支持者を増やすことで、次期皇帝への道を確かなものとする、そういうことだろう。


「さすがだな、マクリル。」


 ニヤリと笑みを浮かべるツェーザル。


「まあ、本来ならそんなことをしなくても、七割以上の確率で次期皇帝となっただろうがな。

 だが、そこに危険な人物が割り込んできた。」


「危険な人物?」


 誰のことかわからない、そんな表情を見せるマクリルに、ツェーザルは大笑いする。


「お前のことだ、マクリル。」


「え?私には、帝位に就こうなどという気はありません。」


「ああ、お前にそんな気は無いだろう。

 だが、アーダルベルト殿下の見方は違う。」


 マクリルは、帝室の流れを汲む公爵家の出であり、そしてなによりもヒルデガルド皇女の許嫁である。

 帝位継承権の順位は低くとも、ヒルデガルド皇女を女帝として擁立することも考えられるのだ。

 仮にヒルデガルドが女帝となったら、マクリルはそれを補弼するべく重職に据えられるだろう。

 そして、ヒルデガルドから禅譲されるということもあり得るのだ。


「それでは、マクリルは殿下から敵視されていると、そういうことではありませんか!」


 ヨハナが驚いて大声をあげる。


「最前線に置いて、戦死を狙うか。」


 オットーも憤然として呟く。


「いや、最前線に置くことはないだろう。

 罷り間違って、手柄を立てられたら困ったことになる。」


 たしかにその可能性がある。


「むしろ、後方に置いて手柄を立てさせないようにするだろうな。

 それだけ、生きて帰る確率は跳ね上がることになるな。」


 愉快そうに言うツェーザル。


「たしかに、生きて帰る確率は高くなりますね。」


 マクリルもそう応じる。


「それからお前の部下に、遊牧民出身の者がいただろう?

 話を聞きたいから、明日の軍議の後に貸してくれないか?」


 これが今回の本題なのだろう。


 間違いなく、ツェーザルはアーダルベルト皇子の油断を危惧している。


「わかりました。軍議の後に、ユーディンとサティエを派遣します。」


「助かる。」


 そう言うとツェーザルは立ち上がり、この場を辞した。


 そのツェーザルを見送り、リューネブルク夫妻は安堵の声をあげる。


 世継ぎであり、皇女の許嫁である養子マクリルの生還の可能性が高まったことに。


 だがマクリルは、ツェーザルの裏の意図を読み取っている。


 "アーダルベルト皇子の悪意に気をつけよ"


 と。


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