閑話 学院におけるマクリル大帝の記録
旧ナザール帝国帝都ビリニュス。
私はそのビリニュスにある、帝立学院に来ている。
無論、マクリル大帝の記録を閲覧するためである。
ゲルハルト帝の許可証を見せると、学院長が直々に資料室へと案内をしてくれることになった。
資料室への道すがら、学院長はマクリル大帝がこの学院に通っていた時のエピソードを話してくれる。
「マクリル大帝は、六歳と七ヶ月で御入学され、十二歳と八ヶ月で卒業されました。」
入学した年齢は、史上三番目に若い記録であり、卒業に要した期間は三番目に早い。
それでいて、卒業した年齢は史上最も若いのだという。
「そして、マクリル大帝の存在は、同学年の学生たちに大きな刺激を与えたのです。」
自分たちより歳下の者に負けるわけにはいかない、そういう気持ちが奮起を促したのであろうことは、想像に難くない。
そして資料室に入る。
「ただ、その煽りを受けた者も、多数いたのです。」
それは当然だろう。
「最も煽りを受けたのは、この方でしょう。」
そう言って差し出された日記。
該当箇所を見せてもらうと、
"マクリルのせいで、留年したじゃないか!"
"出来の良すぎる学友を持つと苦労する"
"あぁ〜!母上とシグリダに小言を言われた!
マクリルが優秀すぎるだけなのに!"
「あ、あの、この留年というのは?」
「それなのですが、大帝が優秀過ぎたために教師の一人が意地になってしまいまして。
とんでもない難問を、卒業試験に出してしまったのです。」
「とんでもない難問?」
「そのせいで、通常なら六十名前後の卒業者が、その年には、大帝を含めて十六名のみだったとか。」
「それほどまでの難問を出したのですか?」
「これが、その時の問題です。」
私が疑問を抱くことを知っていたのか、その問題が書かれた紙を渡される。
「解けますかな?」
まるで挑発するかのような物言いに、私のプライドが刺激される。
これでも、帝国屈指の学院で俊才と呼ばれたのだ。八十年も前の問題など、解けないわけがない。
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いや、無理でした。
「本当に、マクリル大帝はこの問題を?」
「はい。完璧に解答しております。」
たしかに、記録では首席で卒業したとあったが・・・。
「ですが、他にも十五名の卒業者がいたのですよね?」
「ええ、こちらがその名簿になります。」
そこに並ぶ名前を見て驚く。
「これは、帝国の基礎を築いた方々ばかりではありませんか!」
学院長は微笑んでいる。
「マクリル大帝に影響されたのでしょう。
その問題を解けるのは、年に一人出るかどうかくらいなのですから。」
その言葉を裏付けたく思い、その年の卒業生の成績を見せてもらう。
「先ほどの問題を平均的なものにした場合、百名近い卒業生になります。」
本来ならば、通常の倍近い卒業者がいたことになる。
それは、この時の学生たちの優秀さを示していると言えよう。
自分よりもはるかに歳下のものに、負けるわけにはいかないと、そういう意地が働いたのだろう。
それが、当時の学院生の優秀さへと繋がった。
だが、ここでふと疑問にぶつかる。
「マクリル大帝は、妬みや嫉みにあてられたことはないのでしょうか?」
「無論、それはありました。」
それは当然だろう。
まだ幼いにもかかわらず、皇女の許嫁となり、いくら優秀とはいえ特例ともいえる年齢での学院への入学。
あり得ないほどの美貌を持ち、街を歩けば女性たちが群がる。
嫉妬しないわけがないのだ。
「表立ってなにかをされるということは、あまりなかったようです。」
それはそうだろう。
皇帝の覚え目出度い、それでいてまだ幼いマクリル大帝をイジメなどしてバレたら、どれほどの悪評が立つことになるやら、想像すらできない。
手を出したくても出せない、そんな状況だったのだろう。
「それと、マクリル大帝御自身が、周囲の者たちと交わることを好んでおられたようですから。」
それは長じてからも変わらない。
供回りの者を、ほとんど連れずにふらりと市井の中に入り、近臣たちを慌てさせたものだという。
「それは、ヒルデガルド皇女もご一緒に?」
「そんなこともあったようです。」
それに関する、いくつかの記録を見せてくれる。
どこかの貴族の日記のようだ。
「ヒルデガルド殿下と、マクリル殿を芝居小屋で見かけたが、警護の者があまりいないように見える。
おふたりの御様子は微笑ましいものがあるが、陛下にご注進した方がよいのだろうか?」
たんなるメモ書きだが、この貴族は二人の仲を好意的に見ているようだ。
声をかけるでもなく、その様子を見守っていたのだから。
さらに渡された別人の日記を見ると、マクリル大帝が街を歩けばすぐに多くの人々に囲まれていたことがわかる。
"マクリルを見つけたから声をかけようとしたが、周りには人が集まっていてかけられなかった"
という記述が、幾度も出てくる。
「人目があり過ぎて、襲うことができなかったのですね?」
そう漏らした私の感想を、学院長は即座に否定する。
「それは違うでしょう。私たちはマクリル大帝の事績を知っているから、狙われていたかもしれないと考えてしまいますが、当時はまだ幼い少年なのですよ?
ただの、見目麗しい美貌の少年。
それを、誰が襲いますか?」
そうだった。
当時のマクリル大帝は、その美貌が有名な優秀な少年でしかなく、なんの事績もあげていない。
「そうでした。師から言われていたことを忘れていました。
"私たちは歴史を振り返る時、自分たちが知っていることを、当時の人々も知っていると勘違いしがちである"と。」
「ええ、その通りです。」
学院長は微笑んで、そう言われる。
「ですが、それだけ市井の中に入り込んでいたとなると、おふたりの結婚はナザール帝国臣民の多くから、望まれていたものではありませんか?」
「ええ、とても望まれていたものでした。
ですから、結婚をされていれば、それこそ盛大な祝福を受けたことでしょう。」
そう語る学院長は、顔を天井に向け目を閉じている。
「あの戦いが無ければ、それは実現していたこと。
ですが、それが実現していたら、この大陸の統一も無かったのです。」
「それが、ヴァルザル平原の戦いだと?」
「はい。」
そう、それが本来なら単なる遊牧民族と定住民族の戦いから、歴史に残る戦いになったのだ。
夕刻になり、私は学院を辞する。
そして、明日にはそのヴァルザル平原へと向かう。
あの戦いの現場を見るために。




