御披露目
私的訪問によるものとはいえ、皇帝への御目通りが叶った日から一月。
マクリルとそれを取り巻く環境は激変しており、またマクリル自身も忙しくなっていた。
まずは王族であるギュンターの御学友として、帝立学院への入学のための準備。
学院関係者による面談と口頭試問。
王族の学友として相応しい、言葉遣いや態度、礼節を弁えているか。
そして、四つ歳上のギュンターと同学年に通えるだけの学力があるかどうか。
特に学力は念入りに調査されている。
その念の入れようは、同席したバルトルトやアッペルフェルド大公夫人も驚くほどだった。
しかも、最終日には学院の責任者であるジグスムント・ベルナイス伯爵が同席したのだ。
ジグスムント・ベルナイス伯は、ナザール帝国随一の大学者として知られ、博識であることはもちろん、年老いてからもなお衰えぬ好奇心と、なによりもその偏屈さで知られていた。
そのベルナイス伯はただ同席したのみで、一言も発することなく、ただマクリルの受け答えや態度を見ていただけであった。
ベルナイス伯は帰り際に、
「マクリル君は、間違いなくギュンター君の学友として申し分のない人材でしょう。
おそらくは、数年もしたら学院で教えられることは無くなるやもしれませんな。」
アッペルフェルド大公夫人と、バルトルトにそう話しかけていた。
さらに、
「できれば、私の手元に置いて、学問の道に導きたいくらいです。」
とも。
それを聞いた二人は大いに喜んでいた。
だが、ベルナイス伯は帰りの馬車の中で問われる。
「あのマクリル君が優秀な子というのは同意いたしますが、伯が言われるほどのものなのですか?」
問いかけた者を見ることなく、ベルナイス伯は答える。
「彼の父サナキア公は、獅子公の異名があったな。」
「はい。その勇猛果敢な姿から、そう呼ばれていると伺っております。」
「父が獅子なら、あの子は有翼獅子だ。
どのような道であったとしても、あの子はその頂きへと至るであろう。
たとえ、それが血生臭い道であったとしても。」
ベルナイス伯はずっと車窓の外を見ており、見られることはなかった、将来を憂いたその表情を。
その一方で、ベルナイス伯から内定ともいうべき言質を受けたマクリルの周囲は、その激変の速度を増していった。
マクリルを養子として迎える貴族の選定と、それに先立つ父との初めての面会。
父ルドルフは、息子であるマクリルとの面会になんら興味を示すことはなく、マクリルに対しても一瞥したのみであった。
それは、長兄クラウス、次兄エルンストも同様であった。
四兄ツェーザルと五兄ゲラルトは、歓迎の意を示してくれていたが。
この父との初めての面会は、マクリルにとって苦い記憶となったようで、その時のことを決して話さなかったという。
だが、父ルドルフは長兄クラウスにこう告げている。
「あの子は、我が子ながら化け物だ。
あれに軍権など与えてはならぬ。
与えれば、全てを喰らい尽くす怪物となるだろう。」
と。
だからかもしれない。
マクリルの受け入れ先が、無地貴族であるリューネブルク伯と決まった時、早急にその縁組の段取りを決めたのは。
その行動の速さは、
「親子の情はないのか!」
と、父ディルクに言わせるほどであり、また、
「サナキア公は、よほど皇帝との縁続きになることを熱望しているようだ。」
と陰口を叩かれるほどのものであった。
そして、マクリルを養子として受け入れるリューネブルク伯オットーは、この決定を大いに喜んだ。
無地貴族というのは、文字通りに領地を持たない貴族のことであり、それは固有の武力を持たないことを意味する。
これだけで、ルドルフの目的に合致している。
そしてリューネブルク伯の側としても、公爵家との縁ができ、また皇帝の娘ヒルデガルドの許嫁という栄誉ある子を得られたのは、満足するに値することである。
なによりも、後継ぎとなる子が居らず、無嗣絶家となるのを防げるだけでもありがたいことなのだ。
しかも、帝立学院のベルナイス伯が太鼓判を押すほどの逸材を迎えることができて、喜びにたえないことだった。
「リューネブルク家か。あの家は外交の専門家を輩出してきた家柄だったからな。
あの見目の良い少年には、適所と言えるかもしれないな。」
宮中においては、そんな言葉も飛び交う。
無地貴族とは、リューネブルク家のように一芸に特化した家が多い。
外交や内政、学術といったように。
この外交家であるリューネブルク家へ養子となったことは、後々マクリルを助けることにもなるのである。
そして、皇女ヒルデガルドの許嫁としての御披露目。
この御披露目は皇宮の大広間にて執り行われたのだが、予想を遥かに上回る参列者が集まったため、入りきれなかった者もいたという。
その目当ては、美貌の少年マクリルであり、参列者は女性が多かったと伝わる。
その、六歳という年齢にもかかわらず、堂々とした立ち居振る舞いは参列者を一様に驚かせた。
そしてそれ以上に驚かせたのは、その美貌。
少年ながら腰まで伸びた白銀色に輝く髪と、白絹のような肌。
透き通った湖のような青い瞳。
その一挙手一投足は、何気ないものであるはずなのに優雅さを感じさせる。
そして、よく通る美しい声。
この時、あわよくばヒルデガルドの許嫁の座を奪おうと画策しようとした者は、皆諦めたという。
ある者は日記にこう記している。
「マクリルという少年が姿を現した時、誰もが皇女ヒルデガルド殿下の許嫁に相応しい、そう思ったに違いない。」
またある者は、
「その背に翼が有ったとしても、決して驚かなかっただろう。
それほどまでに、この少年の姿は神々しいものだった。」
そう記している。
こうして、参列者を魅了した少年の御披露目は終了する。




