序章
名もなき大陸。
7つの大国が覇を競い、気が遠くなるほどの長い間、争いが続いていた。
その争いを収束させ、大陸を統一した「大帝マクリル」はその生の終焉を迎えていた。
齢92歳。
常識外れの長命を誇る大帝も、その老いとの戦いに遂に敗れたのだ。
14歳にて初陣を戦い、20歳の時に大陸統一のための兵を挙げた。
そして、50年の歳月をかけて遂に大陸を統一。
長き戦乱を収束させると同時に、この大陸はその統治する国名と同じ名を冠せられることになった。
そう、ヴァルタリア大陸と。
その大帝マクリルが眠る部屋の前には、数多くの者が集まっている。
その者たちの前に、部屋の中から侍医が姿を現わす。
その侍医に、現皇帝でありマクリルの孫ゲルハルトが容態を尋ねるが、侍医は首を振る。
「あと幾ばくもありません。中にお入りになられ、最後の言葉を。」
侍医に促され、ゲルハルトをはじめとするマクリルの子や孫、曽孫らが入室する。
かつての生気に溢れた姿は、寝台に横たわる様子からは見られない。
「お祖父様。」
ゲルハルトは、幼き頃の呼び方になっていることに気づかない。
その呼びかけに応えるように、マクリルは目を開く。
だが、その目は焦点が合っておらず、ただ天井を見上げている。
その天井に、誰かがいるかのように手を伸ばす。
「ヒルダ・・・・・、私・・・・・・、約束・・・・・・、果たせ・・・・・ろうか」
それが、大陸を統一して大帝と呼ばれた男の、最後の言葉だった。
それを、書記官である私がゲルハルト帝より聞かされたのは、葬儀の直前のこと。
「ヒルダというのは、誰のことなのだろうか?」
という疑問とともにであった。
曽祖父の代よりマクリル大帝に仕えている私ならば、誰かわかるのではないかと思われたのだろう。
そして、私はそのヒルダという女性のことを聞かされていた。
そのヒルダという女性こそ、マクリル大帝がその生涯で最も愛しながら結ばれることのなかった女性であり、その願いこそ大陸統一の原動力でもあった。
「私たちのように、好き合っているのに結ばれないような世界を終わらせて。」
あまりに幼く、純粋なその願い。
その願いを叶えるために、マクリル大帝はその生涯を戦いに捧げた。
私がゲルハルト帝に伝えたのは、
「若きマクリル大帝の想いびとに、その名が有られたかと。」
それだけである。
そして私は、この葬儀の後に致仕することをお伝えする。
致仕した後、何をするかを説明させていただいて。
私が致仕した後にすること、それは曽祖父の代より記録されているマクリル大帝の事績をまとめること。
「ならばホルストよ。後で許可証を発行するから、皇宮の記録室の資料も使うと良い。」
こうして、私はゲルハルト帝公認でマクリル大帝の事績を記録することになったのである。