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和菓子屋たぬきつね  作者: ゆきかさね
《第2期》 ‐その願いは、琴座の埠頭に贈られた一通の手紙。‐
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9話 『互いに悪魔の王であるがゆえ』

 ラウラ・グラーシャは三ヶ月前に母を殺した《悪魔》、《グラシャ・ラボラス》だった。しかし父がひた隠しにしている母の死に関係する《契約内容》も、百合川が《グラシャ・ラボラス》と交わしたその《契約内容》も分からないまま、ひづりは独り苦しむ。

 その解決の鍵となってくれる可能性があるのは、同じ《ソロモン王の七二柱の悪魔》であり、知己であったという《ボティス》、天井花イナリだけだった。


 真実を語ってくれた彼女に、ひづりは決断する。一つの道を選ぶ。


 それこそが今の官舎ひづりに出せる、ラウラ・グラーシャへの唯一の答えだと信じているから――。



 9話 『互いに悪魔の王であるがゆえ』




 携帯のアラームの音でひづりは緩やかに覚醒した。普段とは違う匂い、部屋の景色。自分の物ではないその質素なベッドの上で一つ、のそり、と寝返りを打ってアラームを止めた。

 ぼんやりとした意識が次第に纏まっていき、昨夜の出来事が大体その頭の中で思い出された頃、ひづりは体を起こして一つ深呼吸した。

 ベッドにはひづり一人だった。一緒に眠っていた和鼓たぬこはどうやら先に起きて朝の支度に行ったらしい、微かだが一階の方から時折ぱたぱたと足音が聞こえてくる。となれば当然、天井花さんも起きているのだろう。

 ひづりはすぐに階下へ向かおうとして、しかしとてつもなく気が乗らない己を自覚し、腰掛けたベッドの上で動きを止めてそのままうなだれた。

 ……ラウラ。百合川。話し合わなければならないのだ、今日。天井花さんと。

 その時、不意に扉の向こうから階段をゆっくりと上ってくる足音が聞こえ、ひづりはドキリとした。

 足音は扉の前で止まると三度ばかりノックを鳴らした。

「……ぉ、おはようですわ。……ひづりちゃん、起きていますか?」

 ひづりは驚いて眼を見開いた。

 その声は花札千登勢のものだったのだ。

 ど、どうして千登勢さんが今、ここに……?

「は……はい! お、起きてます!!」

 ひづりは寝巻きの身を少し気にしつつ返事をした。

 扉がそっと開き、やはり声の主、花札千登勢が顔を覗かせた。彼女は部屋に入ると周囲を見渡しつつ、心配そうな顔でひづりのそばへ来てその隣に腰を掛けた。

「だ、大丈夫……? ……ではなさそうですわね……? もう少し休んでから、朝食にしますか?」

 彼女はそのようにいつも以上に優しい声音で訊ねて来た。

 ……天井花さんに呼ばれたのだろうか。今回の事について千登勢さんはどの程度話を聞かされているのだろう……。

 ……けれど、大丈夫。たぶん、もう大丈夫だ。昨夜は和鼓さんが抱きしめて一緒に眠ってくれた。今朝は千登勢さんが、どうして居るのかは分からないが、「おはよう」を言ってくれた。彼女とこうして顔を突き合わせるのもしばらくぶりだった。だから……寝起きの我が身を見られた羞恥心こそあったが……とにかく今彼女に会えたのはひづりにとってはとても嬉しいことだった。

「大丈夫です。起きられます。ありがとうございます」

 だから先ほどまで鉛のように重かった腰はすっと持ち上がってくれた。そのままひづりはクシャクシャにしてしまっていたタオルケットを綺麗に畳んでベッドの上にそっと置くと、振り返って微笑んで見せた。

「下りましょう、千登勢さん」




「起きたかひづり。……ふふ、昨夜はよぅ眠れたようじゃのぅ。たぬこの添い寝は実に心地良かったじゃろう? 溺れて構わぬぞ。ひづり、お主であればたまにならまた貸してやらんでもない」

 一階へと下りて休憩室へ向かうと朝食を用意し終えたらしい天井花イナリが顔を合わすなりその様に少々早口に自慢して来た。完全に和鼓たぬこを抱き枕として語っていたが、かたわらで手を拭っていた当の本人は顔を赤くして照れていただけだった。その扱いで良いんですか和鼓さん。……確かに寝心地は非常に、とても、はい、とても良かったですけども。

「さ、昨夜はありがとうございました和鼓さん。天井花さんも、気を遣ってくださって……。それに朝食まで……」

 ひづりが頭を下げると、天井花イナリはふんぞりかえってやけに調子よく声を張った。

「ふふははは。構わぬぞひづり。この程度の事、手遊みですらないわ。のぅたぬこよ? ひづりが『ありがとう』などと言うておるぞ? 困った童よな。この程度で感謝されておってはこの先《悪魔》との付き合い、その身が持たぬぞ。まぁ良かろう、まずは座って飯を食え。千登勢に手伝わせた故、味は良いはずじゃ」

 がこん、と椅子を一つ引き、天井花イナリは腕を組んでまた得意げな顔をした。

「……あの。まさかですけど、朝ごはん作らせるために、こんな朝から千登勢さん連れて来た訳ではないですよね……? っていうか天井花さん、本当にどうしたんですか。なんでそんな、その、テンション高いんですか?」

 ひづりが訊ねると隣の千登勢が答えた。

「ひづりちゃん、違いますのよ。今朝とても早くでしたけれど、天井花さんから連絡があって。『今日とても大事なお話があるから来て欲しい』っておっしゃられたんですの。移動は《転移魔術》で迎えに来て貰えましたし、それに朝ごはんは、わたくしの方から手伝わせて欲しいって言ったんですのよ」

 ――大事な話。そうだ。……ということは。

「天井花さん、やっぱり、今日話し合うこと、千登勢さんにも話すんですね? 千登勢さんも何か知って――」

「ひづり」

 にわかに天井花イナリは声を張って名前を呼んだ。その強めの声にひづりは口が止まり背筋が伸びた。

「今は朝餉の時じゃ。味噌汁も千登勢が作ったのじゃぞ。冷めたら味が落ちるであろう。良いから今はちゃんと食え。確かに昨日(さくじつ)の問題は気がかりじゃろう。それは分かる。じゃが考え話し合うのは、普段通り、しかと朝の支度を済ませてからじゃ。拒否はさせん」

 自身も席に着いて天井花イナリは厳かにそう言いきった。

 一つ息を呑んでから「わ、わかりました」とひづりも引かれた椅子に腰を掛けた。

「……ひづりさん」

 するとエプロンを外しながら背後を通りがかった和鼓たぬこがこっそりと耳打ちして来た。

「イナリちゃんが今日ご機嫌なのは、ひづりさんと一緒に朝ごはんを食べられるのがとっても嬉しいからなんですよ。ふふふ……」

 そして可愛らしく微笑んで、そそくさと天井花イナリの隣の席へと歩いて行った。聞こえていたらしく、「余計なことは言わんでいい」と小声で天井花イナリは眉根を寄せた。

 ……そっか。ひづりは目の前に用意された美味しそうな和食と、隣の千登勢と、そして正面に座る二人の《悪魔》を前に仄かに目頭が熱くなった。

 ひづりは天井花イナリに対して少しでも不信感を抱いてしまった自分が情けなくなった。

 こんなに愛して貰えているのに、馬鹿な奴だ、自分は……。







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