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和菓子屋たぬきつね  作者: ゆきかさね
《第2期》 ‐その願いは、琴座の埠頭に贈られた一通の手紙。‐
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   『進捗は良好』




 翌日、予定通りひづりたち四人による《二〇一七年綾里高校夏休み宿題追い込み会》が開始された。場所は花火大会の時同様に集まりやすいという理由からまたひづりの部屋が選ばれた。

 父は昨夜、天井花イナリと通話したらしいその後リビングに戻って来るなり「明日は父さん、朝から家を空ける。ひづりは予定通り、友達を呼んで宿題していたら良いからね」と言って、そして実際今朝、早々にどこかへ出掛けてしまった。

 父さんには何か、私に秘密にしておきたいことがある。それはひづりが物心ついた頃から漠然とながら気づいていたことだった。そしてどうやらそれには天井花イナリ、そして意外にもラウラが絡んでいて、昨夜はその事で父は《和菓子屋たぬきつね》に電話を掛けていた。

 であれば、ひづりはそれについて、天井花イナリに連絡を入れてこっそりと訊ねる、という事は出来なかった。というよりする気にならなかった。

 父の相談に対して天井花イナリが否定の意向を示し、そしてその次女に話すことがあるというなら話は別だが、しかし現在の時点で《和菓子屋たぬきつね》からひづりの携帯へ着信は一度も無かった。であれば、事態は依然、『それでいい』ということなのだ。

 今朝父がどこへ出掛けて行ったのかは正直少し気になるところであったが、それでも昨夜の二人の通話で大きな問題が起こらなかったのであれば、ひづりが首をつっこむ必要はない。

 天井花イナリはひづりに『期待をせよ』と言った。親愛なる王様の言葉だ。ひづりはそれを真摯に受け止め続ける。それ以外の意思は無く、ひづりは天井花イナリの判断をこそ信じていた。

 そしてひづりも『期待していてください』と言い続けられなくてはならない。《召喚魔術師》として、少しでも早く一人前にならなくてはならない。

 しかしその前に、《召喚魔術師》として以前に、ひづりは現在の立場、学生として向けられている期待にも応えなくてはいけない。

 午前十時。ひづりの部屋に集まった女子四人はまず現時点に於ける各々の宿題の進捗具合を発表した。

 アサカは当初の予定の三十パーセント。普通に厳しい。でも予想はしてた。

 ひづりは六十パーセント。アサカほどではないにしろ、やはり厳しい……。

 ハナは予定通り百パーセント。知ってた。

 ラウラは全部終わらせていた。…………驚かないぞ。

 という訳で、《宿題追い込み会二〇一七》は結局、悲しいかな、予定通り、想定通り、ハナとラウラが、完全に手が遅れているひづりとアサカの面倒を見る形となった。

 ハナはその報酬としてひづりに『胸を揉ませろ』と正直が過ぎる要求をして来たが、互いの歩み寄れる一線をどうにかこうにか長い議論の時間を費やしてすり合わせた結果、『膝枕で耳かきをしてもらう』で纏まった。ただし耳かきの最中に触れて良いのは膝小僧のみ。太腿や胸に触れた時点で即座に終了となる制約をつけさせた。

「可愛い女子高生に膝枕耳かきして貰うんだ。この奈三野ハナ、必要以上に欲張りはしないぜ」

 良い声で返事をしたハナだが、そこから大体予想外の手を打ってくるのも奈三野ハナなのだ。ひづりは宿題の面倒を見てもらう前からもうすでに警戒心でいっぱいだった。

「膝枕耳かき! とっても素敵な言葉の響きを感じまーす!! 楽しみですねハナ!!」

 ラウラもノリノリで筆箱を取り出して机に置いた。わずか二週間で夏休みの宿題を全滅させた彼女の荷物には宿題もノートも教科書も入っていないらしく、ぺったんこだった。

 するとおもむろにアサカは宿題を広げた机へその両肘を突いて頭を抱え、この上ない苦悶の表情を浮かべた。

「…………悔しい……わ、私も……ひぃちゃんに膝枕耳かきしてもらいたかった……!! 自分の頭の悪さが……悔しい……!!」

 この世に存在する最大の絶望を語るかのようにアサカはそう呟いた。……アサカ? 今日は宿題をしに集まったんだぞ?

 ……しかし、まぁ、そうだな。

「じゃあ、アサカ? アサカは、今日中に宿題を目標のところまで終わらせられたら、ご褒美にアサカにも膝枕耳かき、してあげるよ」

 ひづりは机に片肘をついて、その手に握ったシャープペンシルの先端と一緒に優しい微笑みを幼馴染へと向けた。

 最近、アサカにはラウラのことでよく不安な顔をさせてしまっていた。自分達でさえラウラには苦労しているのだ。それを、無理を言って手伝って貰っている。なら、これくらいのご褒美があっても誰も文句は言うまい。

 ゆっくりと顔を上げてひづりの眼を見るとアサカはたちどころに泣きそうな表情を浮かべて、それから普段の彼女の喉からは中々出ない元気な声で「頑張る!!」と決意表明した。

「オウ。じゃあひづりからのご褒美は膝枕耳かきとして、アサカは私に何をしてくれますか?」

 と、今度はラウラが要求を始めた。彼女は首をかしげ、少しそわそわしながらアサカを見つめていた。

「な、何をして欲しいの……?」

 アサカは声を沈めつつ、また警戒心を前面に出しながら訊ねた。

「んんー、そうですねぇ。ああ! じゃあ、髪を梳いて貰いましょうか!! アサカはとっても髪が綺麗です!! ごりやく? と言うのでしょうか? 美しい黒髪のアサカに髪を梳いてもらえば、私の髪もきっと、綺麗なサラサラの髪になると思うのです!! どうでしょうか!!」

 ラウラは両手を広げてそう提案した。ラウラの髪は質感的には和鼓たぬこと少し似ていたが、彼女のは毛先がほぼ全て外側にふわんふわんと跳ね上がっていた。夏休み前、一度だけ雨が降った日、そのシルエットがハリネズミのようになっていたのを見てひづりは居ても立ってもいられずアサカとハナを呼んで三人がかりで梳いてあげたことがあった。

 そうしたこともあってか、四人の中で唯一綺麗なストレートヘアであるアサカにラウラは憧れを抱いているようで、これまでも事あるごとに彼女のその美しい黒髪を褒めていた。アサカの彼女への警戒心が現段階まで薄まったのは、そういうところに理由があるのかもしれないとひづりは見ていた。アサカだってきっと褒められて嫌な気はしていないはずだ。

「まぁ、梳くくらいなら……。うん、いいよ」

 アサカはちらりと一瞬ひづりの方を見て、それから少し口角を上げるとラウラに頷いて見せた。「やりました!」とラウラは嬉しそうな顔とピースサインをひづりに向けて来た。……ああ、実に平和でよろしい。






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