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和菓子屋たぬきつね  作者: ゆきかさね
《第2期》 ‐その願いは、琴座の埠頭に贈られた一通の手紙。‐
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6話 『その火を初めて身近な人のために』

 お盆休みも後半。楓屋本家での立場のために送り火の日には帰らなければならないのだが、楓屋紅葉は駄々をこねる。しかしひづりはこれを機にと彼女ととある話をし、少しだけ前に進むことに成功する。

 そして送り火の当日には父と甘夏と三人で花火をする。紫の花火の光に、ひづりは母の事を思い出す。


 以前よりは少しだけ知ることができた、けれどもう帰っては来ない母。

 ひづりはまた一つ人生を歩む。




 6話 『その火を初めて身近な人のために』




「……ぁあーん。帰りたくねえーぇ……」

 八月十四日。官舎本家の庭先に紅葉の赤い軽自動車が車庫から出され、その開け放されたトランクに、二日前取り出され家の中に運ばれていた楓屋夫妻の荷物が再び戻されていた。ただその荷の中に風呂敷に包まれた四つの桐箱はない。お祭の日、紅葉が単身身軽で官舎家へ来られるよう、浴衣はもうひづりが受け取って、幸辰の車で持ち帰ることになっていた。

 ひづりと幸辰は送り火を終えた翌日の十六日に南新宿の官舎家へ戻る予定だったが、楓屋夫妻は最初から二日ばかりの滞在となっていた。

 紅葉はその帰宅の準備の最中ずっと不満を漏らしていたが、しかし楓屋夫妻は《呉服楓屋》の本家の夫婦だった。

『そもそも、自分達はお盆の間、家から出ず、楓屋本家へ集まる親類の相手をするべきなんだけどねぇ』

 とは、佳代秋いわくだった。

「……紅葉、気持ちは分かるが、しゃんとしなさい。今日は暑いし、気をちゃんと持ってないと。帰りも運転するんだろう? ……ひづりにかっこ悪いところ見せながら帰るのかい?」

 幸辰は荷造りの手伝いをしながら、背中の丸まっている妹をやんわりと叱った。

 紅葉はハッとなって背筋を伸ばしたが、しかし兄の顔を見て、それから振り返って姪の顔も見ると、今度は泣きそうな顔になってひづりの方に歩いて来て、また、今日一体何度目だろうというハグをした。

「兄貴とひづりちゃんと別れるのやだー……。っていうかほんと正月とお盆の楓屋本家やだぁー……。つまんねーんだもん。カビくせー考えの爺さん婆さんばっか、余計なことウダウダ抜かしてくるだけだもん……。めんどい年寄りの相手なんざ仕事の時だけで充分だっつーのぉー……」

 わあ。すごい正直に言うよこの人。炎天下の中庭でのハグは少々、いやだいぶ暑苦しかったが、紅葉は気にしていない様子だった。

 しかしそれでも紅葉は明日の楓屋本家での送り火のために今日、家へ戻るのだ。迎え火の日はともかく、送り火まで家に居ないとあっては本家の夫婦としてその顔が立たない。それを理解しているからなのだろう。

 ただ正直な気持ちはやはり官舎本家(こちら)へ傾いているらしく、毎年楓屋本家での迎え火の日を蹴ってまで官舎本家へ戻るのは、完全に紅葉の主張であり独断なのだという。

『いやホントはさ。みーちゃん、うちの女将だしね? お盆の間を留守にするなんて、そりゃお袋なんかもうるさく言って来はするんですが……。ほら、みーちゃんが、こうじゃないですか。ひづりちゃんに会いにいけないんだったらお盆の間あたし家出する! って、いつも聞かないもんですから。正月も同じくだし。僕も板ばさみで参ってるんですよ。ははは……』

 今は帰宅の準備を黙々と続けている、昨日の夕飯時にはそんな事を語っていた佳代秋の背中をひづりはちらりと見た。

 視線を上げ、抱きついている紅葉の金髪を見つめる。ひづりにしがみつくようにしているその腕の力は結構強く、その『帰りたくなさ』がひしひしと伝わって来る。その頭を撫でる。太陽光で熱せられた彼女の頭髪はだいぶ熱くなっていた。……しょうがない叔母だ。母方の方とはまた少し違う意味で放っておけない、そんな雰囲気の父方の叔母。

 そこでふと、ひづりは先月同じように千登勢に抱きしめられたのを思い出してある事に気づいた。というより、思い出した。

 この二日。そして前回《和菓子屋たぬきつね》へ来た時。楓屋紅葉に聞こうと思って、しかしそのタイミングがどうにも掴めなくていたことを、ここへ来てひづりは改めて思い出した。

 母の事、官舎万里子という人物のことを、紅葉さんは今どう思っているのだろう。今までどう思っていたのだろう。

 それを一度ちゃんと聞いてみたい、と、ひづりはこの濃密だった一ヶ月ほどでそんなことを考えるようになっていた。

 佳代秋、幸辰、甘夏によってあっという間に荷造りが終わり、紅葉の車のトランクがバタン、と閉められた。

 訊くなら夏祭りの時でも良いかもしれない。けれどそう思ったところでまたひづりは逆に気持ちが強まってしまった。

 次がある、なんて思うべきではない。それは、早過ぎた母の死がひづりに、ほぼ呪いのように教えてくれていたことだった。それによって千登勢の時は焦りすぎてひづりは彼女を泣かせてしまったが、しかし今度はしっかりやる。してみせる。

「すみません、佳代秋さん、甘夏さん、父さん」

 ひづりは紅葉に抱きつかれたまま、三人に対して制止の色を込めた声をやや強めに張った。父も甘夏も、クーラーの効いた助手席に乗り込もうとした佳代秋もピタリとその動きを止めてひづりを振り返った。

 紅葉はおもむろに腕の力を緩めて少し体を離し、呆気にとられたような顔をしてひづりの眼を見つめてきた。

 一つ息を呑んでからひづりは改めて三人にお願いした。

「……少しだけ、紅葉さんとドライブして来ても良いですか」






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