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和菓子屋たぬきつね  作者: ゆきかさね
《第4期》 ‐鏡面の花、水面の月、どうか、どうか、いつまでも。‐
259/259

   『害獣駆除』   5/5



「……了解した。引き続き監視しろ。オーバー……」

 チャーリーチームとの通信を終え、俺は枝葉の隙間から再び周囲を見渡した。其処は《ボティス王》に追われ続けた順路を真っ直ぐに戻った、廃病院から約二百メートルの地点だった。

 廃病院内部担当のチャーリーチーム曰く、廃病院に《ボティス王》は来ていないとの事だった。周辺のチームからもそうした報告は無かった。

 つまり、数十秒前、俺に追いつかれると判断した彼女は此の辺りで足を止め、今はじっと茂みか何かに息を潜めて俺が通り過ぎるのを待っている、という事だった。

「……女狐め……」

 痕跡を辿る中で微かに冷静さを取り戻しつつあった頭が再びふつふつと湧き上がった怒りで熱されていく。

 太く背の高い木に登り、其処から獣が隠れられそうな茂み全てに順番に矢を放つ。



 ──ガササササッ!



 三つ目の茂みに矢が吸い込まれた瞬間、白い塊が其処から飛び出した。間髪を容れず再度弓に矢を番え、逃げる其れに狙いを定め──放つ。



 ──ドッ。



 命中。此方に背を向けて走る《ボティス王》の左の太腿を貫いた。

 しかし彼女は自身の身体を髪の毛で包み球の様に丸めると転倒した勢いの儘ぬかるんだ坂道を泥まみれになりながら転がり廃病院の敷地内へと逃げ込んで行った。

 直後にチャーリーチームから通信が入った。彼女は廃病院の一室に駆け込んで小さくうずくまっている、と、座標も添えられて。

 木から降りた俺は頭を抱え、両膝をついた。吐き気すら覚え、目からは絶望の涙が溢れていた。

「……お前は……本当に変わってしまったのだな……」

 まるで走馬灯の様に、俺は三千年前初めて彼女と出会った時の事を思い出していた。

 《天使》だった頃、俺にとって世界は何処までも理不尽で、命以外の何を求めようとも思えない、唯々無価値なものだった。《天界》では誰もが出世の為、如何に《悪魔》を殺し地球の全てを手に入れるか、如何に他の《天使》を出し抜くか、其ればかりを考えていた。戦闘があまり得意で無かった俺は他の《天使》の下につき、歯の浮く様な世辞を言い、《天界》で生き残る、唯其れだけの為に死んだ様に生きていた。

 そんな虚ろだった俺の人生に、《あの日》は来た。空は今日と同じ様な雨模様だった。《天使》と《悪魔》の小競り合いが《人間界》で行われ、招集された俺はいつもと同じ様に仲間の《天使》の為に矢を射ていた。誰もが跳ね返った泥と血を浴び、噎せ返る様な臓物の臭いが辺りに立ち込め、《悪魔》が死に、《天使》が死ぬ、いつもの、何を感じる事も無い、無意味な一日の筈だった。……其処で俺は見たのだ。

 雲間から差し込む陽光を浴びて黄金の様に輝く、其の穢れ無き《金色》を。

 彼女を瞳に映した途端、俺の手足は動かなくなった。周りには大勢助けねばならない仲間がいたが、俺の胸の内にあったのは「此の美しい光から一瞬たりとも眼を逸らしたくない」というたった一つの想いだけだった。ずっと、ずっと、やがて戦に負け仲間に無理やり《天界》へ連れ帰られる其の瞬間まで、俺は其の《金色》を見つめていた。

 ──《ボティス王》。彼女がそうした名の存在であると知ったのは《天界》へ帰ってからだった。俺は彼女の美しさを仲間達に説いたが、反逆の罪で両の翼を斬り落とされ、《魔界》へと捨てられた。

 だが微塵も悲しくは無かった。寧ろ俺は歓喜した。《天界》などという灰色の世界から解放され、彼女の、《金色の月》の居る《魔界》へと移り住む事が出来たのだから。其れから俺は幾度となく彼女を求め、殺され、求め、殺された。彼女の輝きを間近で見られる死の瞬間を望んですらいた。其の日々は何にも代え難い真実の幸福だった……。

 ……今日、此の時までは。

「……《神性施条弩砲》の発射準備をしろ……」

 ゴルフチームに指示を出した。本来であれば出す筈など無かった、其の指示を。

 《神性施条弩砲》。《天界》の古い攻城兵器。《アウナス》が、使い道があるかも知れんから、と寄越した大砲。《ボティス王》が俺を追わず《魔術封じの矢》の効果が切れるまで廃病院に立て籠もるという行動に出た場合を想定し、廃病院を木端微塵に吹き飛ばして彼女達を強制的に外へ追い立てる為の手段として此の《神性施条弩砲》を三門ばかり周囲の離れた山の頂に設置していたが、しかし《ボティス王》は必ず俺を追うだろうという確信があった為、使う事は無い筈だった。

 無い、筈だったというのに。

「害獣の駆除に……誉れは要らぬ……」

 《あれ》は最早芸術品ですら無い。金の為に矜持を忘れた愚か者が世に垂れ流す醜き贋作……いや其れ以下の汚物だ。芸術を知らぬ《天使》共の無骨な矢に磨り潰され誰にも知られず消滅するのが相応しい。

 ゴルフ1、ゴルフ2、ゴルフ3、三箇所全ての《弩砲》チームから発射準備完了の報告が入った。

「……チャーリー全チームは廃病院から退避。射線にも入らぬ様、気をつけろ。オーバー……」

 数ヶ月前、《ボティス王》に挑んだ《ベリアル王》は《ボティス王》だけで無く周りに居た人間達も皆殺しにしようとした、と《アウナス》から聞いた。いつも何を考えているのか分からない《ベリアル王》だが、今回ばかりは俺にも其の気持ちが理解出来た。

 きっと《ベリアル王》も今の俺と同じ気持ちだったのだろう。あの《ボティス王》がこんな醜い獣に成り果てていたと知ったら、其の魂まで侵され人間に媚を売るだけの無様な畜生と化していたのだと知ったら、耐えられる者など此の世には居ない。

 泥に塗れた獣が逃げ込んだ其の森の中に佇む雨の廃病院を俺は真っ直ぐに見つめた。

「……お前が死ねば、《魔界》のお前の王国で、《次の代のボティス王》が生まれる……。俺が……お前を《金色の月》に戻してやる……!」

 その時、一帯を覆う雨雲の彼方に、一瞬、金色の輝きが見えた気がした。俺のよく知る《金色の月》が温かく俺に微笑んでくれたかの様だった。

 深呼吸をし、そっとインカムに触れる。

「……《バルバトス》よりゴルフへ。発射カウントダウンを開始する。スリー……ツー……ワン……発射」

 三方の山で落雷にも等しい轟音が鳴り、《神性》を施された三つの鋼鉄の弾丸が降りしきる雨粒を蒸発させながら流星の如く空を馳せ、瞬きの間に其の建物を、抱き込んだ一匹のみすぼらしい獣ごと跡形も無く押し潰した。













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