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和菓子屋たぬきつね  作者: ゆきかさね
《第4期》 ‐鏡面の花、水面の月、どうか、どうか、いつまでも。‐
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9話 『狩人』     1/5



 9話 『狩人』




「ひづり、《盾》を消せ。アサカは父親を背負え。ロミアはアサカを手伝え。ここを出る」

 左腕から引き抜いた漆黒の矢を地面に置くと天井花イナリはひづり達にそう指示しながら右手に《剣》を出現させた。

「ど、どういう事ですか!? その矢、知ってる誰かからの攻撃なんですよね!? 私もう体は大丈夫です、《防衛魔方陣術式》の維持くらい出来ますよ!!」

 ひづりは混乱気味に訊ねた。すると天井花イナリはその脂汗の浮いた顔でひづりを睨んだ。

「《奴の矢》は《防衛魔方陣術式》では止められん。目立ってお主が次の標的にされる。言う事を聞け……!」

「ッ!?」

 《防衛魔方陣術式》では止められない……!? ひづりはとにかく言われた通り《防衛魔方陣術式》を消して頭を低くした。

「詳しい説明は移動しながらする。全員、わしから離れ過ぎるな」

 天井花イナリは矢の飛んで来た方角を睨みながら立ち上がった。

「ごめんアサカ、説明は後でする。行こう」

「わ、分かった」

 ひづりは、同じく何が何だか訳が分からないという顔のまま父親の頼朝を背負ったアサカの手を引き、ロミア、天井花イナリと共に病室を出た。

「わしを狙った先ほどの矢は《バルバトス》の《魔術封じの矢》じゃ。名の通り、射抜いた者の《魔術血管》を一時的に不活性化させ、《魔術》を使用不能にする。《防衛魔方陣術式》のような障壁型の《魔術》や、《魔性》や《神性》を施された物質などであっても、矢じりが触れた瞬間その《魔術》の効能を消し去り、貫ける」

 ひづり達の歩調に合わせて廊下を駆けながら天井花イナリは言った。ひづりはこの約一分ほどの間に立て続けに起こった様々な事に納得したが、しかし同時にそれがとてつもなくまずい状況である事も理解して改めて平常心を失いかけた。

「そ、それってつまり、天井花さん《魔術》がしばらくの間一切使えないって事ですか!? だからさっきの《矢》で受けた傷を《治癒》出来てないんですか!?」

 天井花イナリの左腕は先ほどからずっと力無く垂れさがっており、その指先からは血がぼたぼたと滴っていた。

「致命傷を避けられた事を幸いと思う外ない。じゃが此度の襲撃が《バルバトス》によるものであると分かった以上、ここには一秒も留まれん。わしを殺すための罠をそこら中に用意しておるはずじゃからな。そして今し方、この一帯の山の獣共の熱源が一斉にこの廃病院へ向かって動き始めた。奴には《行進のホルン》という動物使役の権能がある。集めた獣共の熱源の中に隠れ潜んで、わしの熱源感知をかわす目的であろう。奴の矢は速い。この視界の悪い森の中、獣の群れの熱源に隠れて接近されれば、もう奴の矢の対処は出来ん。次に放たれる《魔術封じ》の標的はひづりかロミア、お主らじゃ。そうやって奴は確実に一手一手こちらの動きを奪っていくはず」

 ひづりはロミアと目を見合わせた。

「じゃ、じゃあ野生動物たちが集まりきる前にここを脱出しましょう! あたしの《蔵》の中にひづりさん達をしまって、それで《ボティス王》はあたしを背負って下さい! そうすれば今よりもっとずっと速く走れるじゃないですか!!」

 ロミアが提案した。文字通り二人におんぶにだっこしてもらう形になるが、現状それが最適なようにひづりも思った。

 しかし天井花イナリはそれを却下した。

「奴は《狩人の悪魔》じゃ。逃げる標的の追跡を何より得手としておる。奴を相手にただ逃げれば、先も言った様にわしらは奴に獣共との合流を許し、奴の熱源を見失う。そうなったら勝ち目は無い。故にこちらも腹をくくる必要がある」

 廃病院一階の廊下、扉の無い通用口前で立ち止まると、天井花イナリはひづりの眼を見た。

「ひづり。お主は三人を連れて町へ向かえ。電話が通じる場所まで行って、《フラウロス》を呼んで来い。《バルバトス》の使役する獣共と道中鉢合わせる事になるかもしれんが、お主とロミアなら対処出来よう。わしは《バルバトス》に向かう。追わせさえしなければ奴はそう強い《悪魔》ではない。今のわしでも時間稼ぎくらいは出来る」

「別行動をするんですか……!?」

 ひづりは思わず声を荒らげた。《ベリアル》の時も《主天使》たちの時も、大事な戦いの時はいつも天井花イナリや《フラウ》たち《悪魔の王様》が一緒だった。天井花イナリが今そう指示したのは自分たちの事を信じてくれているからこそなのだとは分かっていたが、それでも不安は拭えなかった。

 加えて、ひづりが不安を抱いたのは心細さからだけではなかった。

「賛同出来ません!! もしまた敵があの《封聖の鳥篭》を使ってきたらどうするんですか!? 《イオフィエル》は大丈夫だとかなんとか言ってましたけど、信じられないって天井花さんも言ってたじゃないですか!」

 そうなのだ。もしあの時と同じ事になったら。今の天井花イナリは《治癒》が使えない。ここで二手に分かれてしまったら、《主天使》の時の様に自分が《盾》で護る事も出来ない。

 天井花イナリはしばし無言だったが、やがて穏やかに微笑んだ。

 そして。

「わしが死ぬ前に《フラウロス》に連絡がつけば良い。頼むぞ」

 そう言うなり彼女は廃病院を飛び出し、しぶきをあげながら一瞬で雨の森の中へと消えてしまった。ひづりが引き留めようと上げた声も彼女は一切意に介してくれなかった。

 ひづりは彼女がまた捨て身に近い方法で危険に身を投じた事に胸が苦しくなったが、しかしここでずっと立ち止まっている訳にはいかない事もちゃんと理解していた。

「……ロミアさん、アサカとアサカのお父さんを《蔵》の中に入れて下さい。私の《盾》で身を守りながら、電波の通じる所まで走りましょう。アサカごめん、後で絶対全部説明するから、今は……」

「分かった、ひぃちゃんの言う通りにする。ラミラミさん、よく分かりませんが、お願いします」

 何もかも突然の事で混乱しているだろうに、アサカは真っ直ぐな眼差しでひづりの提案に頷いてくれた。ロミアもすぐに《転移魔術の蔵》を出現させ、アサカ達をそこへ匿ってくれた。

「じゃあ、行きますよ……!」

 ひづりは《防衛魔方陣術式》を張り直し、ロミアと共に廃病院を出た。








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