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和菓子屋たぬきつね  作者: ゆきかさね
《第4期》 ‐鏡面の花、水面の月、どうか、どうか、いつまでも。‐
251/259

   『過去からの狂風を』   4/7



 アサカが中学生の頃、同級生に高見沢風香という女子生徒が居た。彼女の父親は世界的に有名な交易会社の日本支部経営を任されていた人物で、娘の風香はその親の権威を笠に着ていつも好き放題していた。学校では生徒のみならず彼女に逆らえない教師も多く居た。

 そんな学校生活の中、唯一彼女の我儘が通じない相手が居た。それが当時荒んでいたひづりだった。誰の言う事も聞かないひづりを風香は煙たく思い、しかし取り巻きを使ってどんな嫌がらせをしてもひづりはそれらを全て腕力でねじ伏せ続けたため、二人の関係は日に日に悪化していった。

 そして誰もが予想した通り、ある日ついに風香の怒りが爆発した。中庭と校庭を隔てる渡り廊下で、風香の取り巻きとひづりの乱闘が始まった。校内に居たある者は賭けをし、風香に逆らえない生徒や教師はいつものように見て見ぬフリをした。

 しかし、その日堪忍袋の緒が切れたのは風香だけでは無かった。部活のため体育館へ向かう途中、偶然その現場に鉢合わせたアサカは、大勢の生徒による数の暴力を前に追い込まれ大きな怪我をさせられそうになっている幼馴染の姿を見てしまった。

 そこからは一方的だった。アサカは部活用に所持していた竹刀を取り出すと、ひづりを囲んでいた高見沢風香の取り巻き全員、骨折して動けなくなるか、あるいは気絶するまで、徹底的にぶちのめしていった。

 結果、高見沢風香を含む彼女の友人ら十数人は全員仲良く入院し、長期の治療を受ける事になった。校内では『きっと官舎ひづりと味醂座アサカは高見沢の親に報復されるぞ』という噂が流れた。

 だが次に起きたのは、誰の予想とも異なって、高見沢の父親が会社の経営者の立場を辞任した、という報道だった。風香の父親は不倫をしており、加えてその相手が未成年であったという点から非難は激化し、会社はそれ以上の炎上を避けるべく彼を切り捨てる判断をした。更に同時期、アサカ達の中学では教員間のハラスメント問題やいじめの隠蔽問題が取り上げられ、こちらもそれなりに大きなニュースとなり、アサカや風香たちの喧嘩の件はそれらの陰に隠れる形で忘れられていった……。

「……以上が、父のスマホから電話をして来た高見沢さんと私達の関係……といった感じです」

 二年前に自分たちの周りで起こったその出来事を、今の自分の頭で出来る限り整頓しつつ、アサカはラミラミに説明した。江ノ島駅に電車が来た際、ラミラミは意地でも離してくれなさそうだったが、「時間が無いんです。ちゃんと説明するので乗って下さい」と伝えると大人しく一緒にこの藤沢行きの電車に乗ってくれた。

「なるほど……。その高見沢って子達は、自分たちの人生が転落した原因がアサカさん達にあると思い込んで、それで今日アサカさんのお父さんを攫って呼び出した……って訳ですか。完全に逆恨みですね」

 ラミラミは不愉快そうに眉根を寄せた。しかしアサカは何とも返せなかった。実は当時ひづりから『高見沢さんのお父さんや学校のスキャンダル、あれ、もしかしたら姉さんが裏で何かしたのかもしれない』と聞いていたからだった。

「警察に言うな、もしお前の周りにパトカーが一瞬でも見えたら、もう二度と父親とは会えないと思え……高見沢さんは電話でそうも言っていました。ですから私一人で行かないといけないんです。ラミラミさんは次の駅で降りて下さい。ひぃちゃんにも、何も言わないで下さい」

 アサカは「これはあの日自分がやると決めてやった事の因果が回って来ただけなのだ」と受け止めていた。だからラミラミもひづりも巻き込む訳にはいかない。特にひづりは、以前アインの散歩の際にラミラミも言っていた通り、今ひどく不幸な運気にあるのだ。半年の間に家族が何人も死傷する程の不幸だ。そんな幼馴染に、自分のせいで舞い込んだこんな危険なトラブルに近づかせる訳にはいかない。

 するとラミラミは、じろり、と怖い目でアサカを見た。

「一人でも中学の時みたいにまた勝てるって思ってるんですか? アサカさんが高校二年生になったように、向こうも高校二年生になってるんですよ。アサカさんのお父さんみたいな大人の男性一人を攫って待ち構えるだけの行動が出来る程度には力をつけてるんです。罠に自分から掛かりに行く様なものです。放っておけません。あたしも一緒について行きます」

「だ、ダメです。一人で来いって言われているんですから」

「なら現場の手前までです。そこまではついて行かせてもらいます。それなら警察に言うなっていうのも、一人で来い、っていうのも、その通りでしょう? その後は近くで隠れて待機します。危なくなったら合図をして下さい。すぐに駆け付けます。それと、さっき分かったと思いますが、あたしアサカさんより足が速いので、アサカさんがあたしの眼を盗んでまた逃げ出したとしても必ずすぐに追いつきますので、無駄ですよ」

 考えていた事を見透かされ、アサカは、ぐっ、と言葉に詰まった。

「…………」

 アサカは迷った。確かに、駅でラミラミに捕まった際、アサカは驚いたと同時に、実は安心もしていた。独りで悩まなくても良いんだ、とそんな風に思ってしまった。それくらいアサカにとってラミラミはかっこよくて頼れる大人の女性だった。彼女が途中までついて来てくれるなら本当にどれだけ心強いだろう。

 だが同時に、やはりこれは自分一人でけりをつけなくてはいけない問題だ、とも思っていた。ラミラミを巻き込む事もやはり危険すぎると感じていた。

 アサカはしばらく悩みに悩んだが、どうあれ自分の足で彼女から逃げ切るのは物理的に不可能だと既に判明していたので、今はとにかくラミラミに従う事にした。

「分かりました……。途中まで……途中まで、一緒にお願いします」

 電車のアナウンスが藤沢駅への到着を告げた。








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