8話 『全ての役者は出揃った』 1/7
8話『全ての役者は出揃った』
天気は快晴……だったらよかったのだが、残念ながら今日は関東全域で曇り、ところにより雨だった。ただ幸いデート地となった江の島は少なくとも予報では一日雨雲が通らないとの事だったので、それだけは幸いだった。
十月二十八日、土曜日。アサカと官舎ひづりをくっつけるための、あたしが関与できる最初で最後のデートの日。
あの後。屋上であたしはアサカに『デートスポットを占ってくれませんか』と頼まれた。最愛の幼馴染に本気の告白をするのに、今一番最適で運気最高の場所を教えて欲しいのだ、と。
改めて思うが、まさかこんな事になるとは。文化祭二日目、あたし以外には聞こえなかったはずの《ジュール》の声が《ボティス王》に聴こえたり、アサカを捜していた怪しい女学生が文化祭に現れたり、メルが行方不明になってしまったりと、舞台開演の直前になってトラブルが重なってあたしがパニックになって。アサカと官舎ひづりはメル捜索のために立ち上がってくれたが、そのせいで二人は舞台を観られなくなって。《ロミオとジュリエット》を観させて二人の恋愛への気持ちを高めてその後セッティングするデートを成功させる、という計画が駄目になって……。もう何もかもおしまいだ、と思った矢先、何故か舞台を観なかったはずのアサカが『ひぃちゃんに告白します!』と言い出して、デートスポットの相談までして来た。
何がどうしてこうなったのかさっぱり分からないが、結果的に二人のデートに関しては当初の予定通りに事が運んだ。人生というのは本当に思いもしない転がり方をするものだ。
とはいえ、もしこれで二人が恋仲になったとしても、それで今更あたしの命が助かる、なんて期待している訳ではない。桜たちのおかげで舞台は無事終わったが、あたしはあの時舞台を抜け出してしまった。《ボティス王》の中のあたしの評価は間違いなく下がっているだろう。加えて、このまま近くに居たら《ジュール》の声が聞こえるようになってきている事にも彼女はいずれ気付くはず。《ジュール》はきっとあること無いこと《ボティス王》に吹き込むはずだ。あたしが不利になる事を、それはもう文庫本五冊くらいの熱量で。
これで更に『あたしの配信をナベリウス王とその契約者が運良く観てくれて、更に運良くボティス王に気づいて彼らが助けに来てくれる』が叶わなかった場合、あたしの首と胴体は永久にお別れが確定する。この《ナベリウス王》の件は正直最初から望み薄だったので、全く希望は持てない。
……ただ。このあと《和菓子屋たぬきつね》から逃げさせてもらうのは逃げさせてもらうのだが、ここまで来たらさすがにあたしもアサカと官舎ひづりの今後がどうなるのか、ちょっと気になってしまった。逃げるのはアサカの告白の結果を見てからでも遅くは無いだろう、とそう思った。だから今日は朝から日本脱出の荷造りをした後そのままアサカと官舎ひづりの江の島デートにこっそりついて来た。江の島、というか鎌倉は食べ物が美味しいと聞く。ここまで大変だったのだ。最後くらいメルと一緒に日本観光を楽しませて貰っても罰は当たらないだろう。
海岸沿いの町中を走っていた車両が江ノ島駅に到着した。休日の観光地だけあって江ノ島電鉄の車内はほぼ満員で、江ノ島駅も多くの人で混雑していた。電車を降りたアサカと官舎ひづりを見失わないようあたしも急いで電車を降り、尾行を再開した。
地図で見た限り、駅から江の島までは土産物屋や飲食店などが並ぶすばな通りという一本道を真っ直ぐ歩き、それから天気のいい日には右手に富士山が見えるという見晴らしの良い橋を渡るらしい。
辺りを興味津々で見回す二人に見つかるのを防ぐため、あたしはなるべく距離をとり、他の観光客の一団の陰に隠れて歩いた。チビだの短足だの何だのと《ジュール》に散々馬鹿にされた身長だが、こういう時は実際役に立つのだ。
やがて左右に連なっていた建物が急に途絶え、視界が一気に大きく開いた。目の前を横断する交通量の多い海岸沿いの道路と、そこから真っ直ぐ沖へと伸びた江の島大橋。そしてその先に、ネットや地図で何度も見た、こじんまりとした江の島の特徴的な姿があった。
アサカと官舎ひづりはこうした場でもあまり大きな声で騒ぐタイプの子達ではなかったが、離れた位置からでも二人がとても楽しそうにしているのは見て取れた。そして告白という一世一代のイベントを予定しているにも関わらず随分リラックスしている様子のアサカの横顔も。それだけもう覚悟が決まっているという事なのかもしれないが。
「……そうだねぇ」
思わず小さく独り言が漏れた。
アサカがどうして急に官舎ひづりに告白する気になったのか、分からないが、それはあたし自身にしても同じ事が言えるかもしれなかった。
ほんの数週間前だったら、人が命懸けで駆けずり回ってるってのに呑気にデートなんかしやがって、とか、きっとあたしは思っていただろう。
それが今は、ただただ二人の関係がうまくいって欲しい、とそんな風に思っているのだから。




