『運命は彼女に報いる』 6/6
『……十六時三十分になりました。これをもちまして、第六十一回綾里高校文化祭を終了致します……』
スピーカーから校内放送が響き渡る。中庭で片づけをしていた生徒や教師らはその手を一旦止め、近くの者たちと顔を見合わせながら何か話したり、気恥ずかしそうに笑ったりしていた。
「終わった……なぁ……」
夕焼けの屋上でフェンスにもたれ掛かったまま、あたしはそんな校内各地の様子をぼんやりと眺めてノスタルジーに浸っていた。
「──みんな、ごめんなさい。あれ、私が考えたアドリブだったんです。ラミラミさんには皆を驚かせるために共犯をお願いしたんです」
割れんばかりの拍手と共に無事閉幕した綾里高演劇部による今年の《ロミオとジュリエット》。冷めやらぬ客らの熱気が未だ届くステージ裏で、桜は集まった部員達にそう言い放った。
「なぁんだやっぱり二人で手ぇ組んでたんですか」
「俺はてっきりラミラミさん本当に出ていっちゃったのかと……」
「ばーか、そんな訳ないだろ」
そして、てっきり詰め寄られるかと思っていたが、部員達の反応は皆一様にそのような感じだった。
その時初めて知ったのだが、この綾里高校演劇部では「文化祭の舞台で必ず部長がとんでもないアドリブをやる」というのが毎年の恒例らしく、あたしが舞台に戻ったあの時、原口をはじめ部員達がやたらと落ち着いていたのはどうやらつまりその「いつもの事だったから」らしい。
また、部の皆は当初それをあたしに秘密にしておいて、当日部長のアドリブを皆で受け止めて大わらわになろう、と考えていたらしいが、しかしいざ始まってみると実は部長とラミラミが手を組んで今回のアドリブを計画していて、ラミラミを驚かせるどころか逆にしてやられた、と彼らは好意的に解釈し、爽やかに笑ってくれたという訳だった。
「桜さん、すみませんでした。今回のこと、本当に助かりました。あたし、あの時……」
「何かがあったのは分かっていました。開演直前まで席に居たはずのアサカさん達も居なくなっていましたし、あの時、ラミラミさんにも止むに止まれぬ事情があったのでしょう? ですから、何があったのかは聞きません。ラミラミさんは舞台に戻って来てくれました。私も、皆も、それだけで十分ですよ」
舞台の片付けの最中、二人きりになったタイミングで桜に改めて謝ると、彼女は何もかも見透かした様にそう言って首を横に振った。
そして。
「もしいつかまたご一緒出来る機会があれば、その時は、今回私がやり損ねたアドリブにラミラミさんには巻き込まれてもらいますから」
と付け加え、微笑んだ。
出会って間もない頃のあたしならきっとこの彼女の発言をただ「大きな貸し」と受け止めただろうが、けれど共に一つの舞台を経て彼女という人を少しだけ知った今はそれが彼女の純朴な本音だと分かるようになっていた。
彼女も、彼女の部員達も、将来あたしよりずっと良い役者になるのだろう。
「はい、喜んでお受けします」
あたしは桜としっかりと握手を交わし、それから今回共演した演劇部の部員一人一人に挨拶をして回って、最後にもう一度深く深くお辞儀をしてから体育館を後にした。
「……さぁて」
フェンスから離れ、ぐっと体を伸ばした。
将来有望な役者の卵と未来の共演を約束してしまったことだし。
「どうやって逃げようかね……」
とりあえず生き残らなくてはいけない。
舞台そっちのけでメル捜しをさせたせいで、アサカと官舎ひづりに《ロミオとジュリエット》を観させていい感じの雰囲気にする作戦が完全におじゃんになった。こんな状態では二人をデートに行かせたところで結果なんて期待出来ない。
逃げよう。《ボティス王》が示したタイムリミットになる前に、《ジュール》の声がどうやら《ボティス王》に聞こえるようになった事が《ボティス王》にバレる前に、さっさと、地球の反対側まで。
アサカには舞台が終わってすぐ「ごめんなさい、片づけや挨拶に時間が掛かりそうなので、メルの事もう少しだけ預かっていてください」と連絡を入れておいた。アサカも文化祭実行委員としての後片付けがあるだろうから、いずれ官舎ひづりや《ボティス王》と離れるタイミングがあるはず。メルの回収はその時、すばやく行えばいい。
後はあたしを常時見張っているらしい《イオフィエル》の部下だが、《天使》だって世界有数の迷宮であるところの新宿駅を全力で逃げ回れば撒ける可能性はゼロではない……はずだ。試してみる価値はある。
これでいいのだ。あたし達はもう十分にやった。アサカを捜していたあの危うい雰囲気の女学生も、結局舞台が終わるまで何の動きも無かったみたいだし、それも含めて後はもう官舎ひづりや《ボティス王》に全部任せて、あたしとメルは逃げさせてもらおう。
「…………」
逃げよう、と口にしても、《ジュール》は無反応だった。《ジュール》はあれからやたらと静かだった。もうあたしには何を言っても怒鳴っても言う事など聞かないと諦めてくれたのかもしれない。まぁそれはそれで奴が何を企んでやがるのか分からないので嫌な感じだったが。
「ラミラミさんっ!!」
「ヴォアアアアアア!?」
背後でいきなり扉が、ばん、と開き、屋上にアサカが現れた。あまりにびっくりしてついめちゃくちゃ低い悲鳴が出てしまった。
「な、なんでここが……じゃなくて、ど、どうしたんですかアサカさ……ん……?」
そのままつかつかと目の前まで歩いて来たアサカは、あたしの手のひらにメルをちょんと置き、それからあたしの眼を見つめ、言った。
「私、ひぃちゃんに告白します!!」
「…………へ??」
彼女の真っ直ぐな瞳は沈みゆく東京の夕日を浴びて信じられないくらいキラキラと輝いていた。




