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和菓子屋たぬきつね  作者: ゆきかさね
《第4期》 ‐鏡面の花、水面の月、どうか、どうか、いつまでも。‐
238/259

   『君は独りで夢から覚めた』 2/5



「すー……すー……」

「…………」

 五番目のバンドの演奏が始まってすぐアサカは寝た。船をこぎ始めたな、とひづりが気づいてから一分ともたず彼女は幼馴染の右肩を枕にしてすやすやと寝息を立て始めた。頼朝も娘が寝たのに気付いていたが、彼はひづりに対し「任せたよ」という微笑ましそうな視線を向けるだけで、すぐまた若者のバンドの演奏に意識を向けていた。

 起こすかそのままにしておくかひづりは少し迷ったが、しかし二日目のステージについてアサカはハナのバンドやロミア達の舞台以外の出し物に特に興味を抱いていた風には無かったし、それに昨日は午後の《ラミラミフォーチュン》の占いコーナーまで問題なく終わったと思った矢先展示が遅れていた写真部や天文部による大作展示物の準備に文化祭実行委員として急遽駆り出され息をつく間もなく大忙しだったと聞いていたため、今演奏してるバンドの面々には少々悪いなと思いつつ、もうしばらく寝かせてあげる方を選んだ。

 とはいえ勿論ハナのバンドが演奏する番になったら起こしてあげなくてはいけない。アサカは今回のハナのライブをとても楽しみにしていたし、ハナもアサカに見てもらえなかったらひどく悲しむことだろうから。

 ひづりはなるべく音を立てないようパンフレットを取り出し、プログラムを確認した。今演奏している六組目のバンドの演奏が終わったら、ついにバンド演目のトリであるハナのバンド、《コスチューム・カンパニー》の演奏が始まる。

 ひづりは芸術全般に疎く、実のところ音楽も舞台もあまりよく分からなかった。しかしそんな中でもハナの演奏や曲からは何かハッと目を覚まさせられる瞬間があったため、最初に彼女のピアノを聴いた日からひづりもアサカと同じく奈三野ハナというミュージシャンのファンになっていた。

 ただ《コスチューム・カンパニー》のメンバーの事はほとんど知らなかった。以前アサカと共にバンドの演奏を観に行った際、少しだけ挨拶をしたことはあったが、分かったのはハナを含めた四人組であること、女性二人男性二人のバンドであること、そして彼ら彼女らが呼び合っていた短いあだ名、くらいのものだった。気のせいかもしれないが、ハナはどこか、あまりひづり達にバンドメンバーと接触して欲しくない、という態度だった。単純に、真剣にやっているバンドと学生生活とを切り分けて考えたかった、というだけなのかもしれないが。

 とにかくひづりはハナのバンドの状況というものをあまり追えていなかった。とはいえそれはそれで、例えば今日の文化祭ライブにしても、彼女たちがどういった衣装で現れどういった趣向の舞台にするのかまるで分からない、といったドキドキがあったため、それなりに好ましい事ではあった。

「……お」

 やがて六番目のバンドの演奏が終わり、拍手が起こった。

「アサカ、アサカ、次、ハナのバンドだよ」

 ひづりは肩を動かし、周囲の拍手の音でもやはり目を覚まさない幼馴染の頭をくらくらと揺らした。

「むお……おお……。あ。お、起きてたよ……っ」

「ふふっ」

 寝ぼけた顔で真面目ぶるアサカにひづりは思わず笑ってしまった。

「それでは皆さま、次は本日最後のバンド、《コスチューム・カンパニー》です!」

 司会の生徒がマイクを片手に囃し、再び拍手を促す。舞台に掛かった厚い幕へ、わあ、と歓声が投げ掛けられ、ひづりもアサカも頼朝もぱちぱちと周りに負けないくらい強く拍手をした。

 やがて幕が厳かに左右へ動き、明るく照らされたステージが体育館いっぱいに集まった観客達の前へと姿を現した。



 ぱちぱちぱちぱち……。



 …………。



「……あれ? これ、トリの《コスチューム・カンパニー》ってバンドだよね……?」

「四人組って書いてあるけど……」

 弱まっていく拍手と反対に、周りでざわざわと声が上がり始めた。

 ひづりとアサカも顔を見合わせていた。お互い頭上に疑問符を浮かべたまま。

 ひづりはもう一度ステージ上を見た。

 照明の下、一台のグランドピアノと、髪を金色に染めた少女が佇んでいた。

 ステージ上にあるのはそれだけだった。

「どうしたんだろう? 他のメンバーの人たち、遅れてるとか……?」

 アサカが不安そうに言った。

「わからない」

 ひづりはハナをじっと見つめた。そこに居なくてはいけないはずのバンドメンバーは居らず、また彼女はライブ用の洒落た衣装ではなく普段の着崩した学生服を身に着けていた。今日、彼女たちに『何か』があった事だけは確かだった。

 けれど、当のハナは慌てるでもなく、何か言うべき事があるという風でもなく、何とはない落ち着いた態度で背筋を伸ばしそこに立っていた。

 やがて彼女はアリーナの客達に一度頭を下げると何も言わないままピアノの前に座り、そっと演奏を始めた。



 ……────……────。



 綺麗なピアノの旋律が体育館の中を流れていく。そこに彼女の歌声が心地よく重なって、先ほどまでの客たちのざわめきは消えていった。

 静かな曲だった。以前ハナが音楽室で弾いて聴かせてくれた、彼女が書いたオリジナルの曲だったとひづりは記憶していた。バンド向きじゃないからライブではやらない、ともあの時確かハナは言っていた。



 ────……。



 演奏が終わった。

 ハナが席を立ちおじぎをすると、客席からは自然と拍手が起こった。何故四人組バンドのはずが今日はハナ一人なのか依然分からないままだったが、ひづりもアサカもとにかく今拝聴した音楽への賛辞を拍手にして贈った。

「……え? あ、あれ? そうなの? 変更になって……? う、うん分かった。で、では本日の若き音楽家たちのステージは以上となります! 皆様どうもありがとうございました!」

 ハナに何か耳打ちされた司会の生徒は最初戸惑った様子だったが、すぐにマイクを口元にやると文化祭音楽ライブの終了と、それからこの後の演劇の案内やトイレ休憩についての説明などを始めた。

 司会の生徒から離れたハナはそのまま舞台袖へ静かに消えて行った。

「アサカ、行こう」

「うん。お父さんごめん、行ってくる」

 二人は迷わず席を立ち、再び人垣の中を進んだ。









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