6話 『文化祭二日目』 1/5
6話 『文化祭二日目』
演劇に重きを置く綾里高校、今日はその演劇部の公演が行われる文化祭二日目とあって、校舎は朝から初日に劣らぬ来校者で賑わい、特にその演劇が催される体育館に至っては、先月の暮れ頃から感じられ始めていた秋の気配を一時忘れさせる様な熱い活気で満ちていた。
時刻は十二時二十分。直にお昼休憩が終わり、体育館でも午後の部の出し物が始まるところだった。
「おぉ。去年もだったけど、やっぱりすごい人だね」
体育館のエントランスに到着するなりひづりがそんな感嘆の声を漏らした。アサカも圧倒されるようだった。視界はアリーナから溢れてエントランスで渋滞している大勢の観客の後ろ姿で埋まってしまっていた。今日限定で客席に姿を変えているという二階の剣道場や柔道場へ案内する実行委員の生徒の姿もあったが、満席はもう時間の問題に思われた。もしアリーナの指定席のチケットが無かったら諦めて帰るしか無かったかもしれないな、とアサカは思った。とはいえその指定席までの移動も骨が折れそうではあったが。
「これはもう少し早く来るべきだったね。ごめんアサカ、私が時間掛かっちゃったせいで……」
「ううん気にしないで。でも途中ではぐれるといけないし、手を繋いだ方がいいねこれはきっとそうだね」
アサカがやや早口に提案すると、ひづりはちょっと顔を赤くして手を差し出して来た。自分から言い出しておいてアサカも顔がカッと熱くなった。そっと幼馴染の手を握り、アサカは人垣を掻き分けてアリーナへと進んだ。
今日のアサカはとてもご機嫌だった。文化祭二日目である本日の《ラミラミフォーチュン》の活動はほぼ『ラミラミが舞台に参加する事』だけであり、また舞台を映す生放送の撮影係も天井花イナリが担当してくれる事になっていたので、文化祭実行委員の仕事が舞い込んでこない限りは自由の身としてこうしてひづりと一緒に文化祭を過ごせる事になっていたのだ。しかも生徒会長とラミラミの計らいで舞台の指定席まで貰ってしまった。これはもう全力で楽しまねば無礼と言うものだった。
「んー、お父さんどこだろう……あっ、居た! 手振ってる。あそこ。行こうひぃちゃん」
父の姿を発見したアサカはそのままひづりの手を引いてそちらへ向かった。
「やぁ。アサカ、ひづりちゃん、待ってたよ」
席に到着すると父はアサカの撮った写真が掲載されているパンフレットを抱えて嬉しそうにしていた。アサカは何だかちょっと恥ずかしかったのですぐひづりと一緒に席に座った。
「アサカのお父さん、こんにちは」
「こんにちはひづりちゃん。最近体調はどうだい?」
「はい、おかげさまで」
「それは良かった」
「お父さん、テンション高いね」
「ふふ、まあね。若者のバンド演奏を眺めるのは良い刺激になるし、何より二年続けて綾里高の舞台をこんな良い席で観られるんだ。二人には今日とっても感謝しているよ」
父はそう言いながら、現在準備中で幕が閉じている舞台をきらきらした眼で見上げた。母も来られれば良かったのだが、今日と明日は仕事で拘束されるらしく、諦めざるを得なかった。
「お父さん、今日はステージ最初から居たんでしょ? 良いバンド見つかった?」
「うん、二番目の子達はなかなか良かったね。メンバーの演奏の水準も、息の合わせ方も気持ちよかった」
父はパンフレットを開いてそのバンド名のところを指さした。軽音部の生徒らだろうか、アサカの知らないバンドだったが、綾里高校では文化祭の録画が後でネットにアップロードされるはずなので、その時に観てみようと思った。
時計を見ると昼休みが終わる五分前だった。間もなく午後の部が始まり、五番目のバンドと六番目のバンド、そして七番目のトリであるハナのバンド、という順に演奏が行われる。その後、一旦ステージは演劇用に模様替えとなり、十四時半からついに本校文化祭の目玉である演劇部の《ロミオとジュリエット》が始まる、と、プログラムではそういう流れになっていた。
「アサカ、大丈夫そう?」
隣のひづりがそっと、まるで子供の相手をするような優しい声で訊ねて来た。
彼女が何を心配しているのかはわかっていた。アサカは昔からこうして座って観る種類の舞台や長い朝礼などでは毎回ほぼ必ず寝てしまう、というあまりよくない癖があった。これは小さい頃からのもので、父の書いた舞台や映画を観に行っても毎回すやすや寝てしまっていた。
しかし今日のアサカは違う。昨夜はしっかりと睡眠をとり、お昼ご飯も適量にとどめた。何より今日は大好きな幼馴染と巡る文化祭なのだ。いくら何でもこんな状況でうっかり寝るわけがないのである。
「大丈夫だよひぃちゃん。私は今日、十時間ぐっすり眠って来たからね」
格好つけた顔と声で答えながらアサカは、ぐっ、と親指を立てて見せた。




