『五時の始発を見送って』 3/4
「ひう……ひぃちゃんの作ってくれたお弁当、本当に本当にこの世で一番おいしい……」
大好きな占い配信者の生放送に、カメラマンとして参加する。こんな漫画の展開みたいな都合のいい出来事なんてきっと人生で二度と起こらないだろう。自分のミスのせいで台無しに……なんて事にならないよう、アサカは「何が何でも絶対に今回の文化祭の撮影は成功させねばならない」と心に固く誓っていた。しかし、そうした心持ちで今日の撮影に挑んだ結果、アサカは前日の晩あまり寝られず、またこれまでに出場したどんな試合よりもガチガチに緊張して無闇に体力を消費してしまっていた。そのため、お昼休みになり皆で屋上に集まって頂戴した愛する幼馴染のお弁当の美味しさの前にアサカは思わずほろほろと涙を零してしまっていた。
「分かった分かったから」
アサカがあまりに何度も褒めるせいだろう、ひづりはさっきから恥ずかしそうにやや顔を伏せていた。ひぃちゃんの作った美味しいお弁当を、照れてちょっと赤くなったひぃちゃんの横顔を眺めながら食べられる。私はなんて幸せなんだろう、とアサカは噛みしめた。
「ひづりさん、ご馳走様でした。とても美味しかったです」
するとラミラミが徐に箸を置き、そっと手を合わせた。
「ラミラミさん、もう良いんですか? 遠慮しないで下さい、沢山作ってありますから」
「いえいえ本当にもうお腹いっぱいですので。それにお昼休みの間に職員室へ一度経過報告に行って来なくてはいけませんから。皆さんはどうぞゆっくりなさっていて下さい」
彼女はタブレット端末を片手に立ち上がるとアサカ達に一礼してから校内へ戻る扉の方へ歩いて行った。
「しかしラミラミさん本当に綺麗な人だねぇ。前にアサカに配信観させてもらったけど、現物は段違いだ。食べ方も何か貴族みたいだったし。明日の舞台は体育館満員かもね。前座のあたし達は大変だあ」
隣でフェンスにもたれ掛かりながらラミラミの背中を見送っていたハナが天を仰ぐ様に呟いた。
「ハナちゃんのバンドのライブも楽しみだよ。ひぃちゃんと一緒に絶対観に行くからね!」
「んー。頑張るよお」
ハナはフェンスに沈んだまま気だるげにひらひらと手を振った。
「お?」
その時アサカとひづりの間に置かれていたひづりのスマートフォンの画面がぱっと点灯した。
「千登勢さんが着いたみたい。迎えに行ってくるよ」
スマホの画面を見るなりひづりはすぐに立ち上がって上履きに爪先を掛けた。千登勢はひづりの母方の叔母である。色々と大きい人だが、物腰は柔らかく、ひぃちゃんが大人になったらこんな感じになるのかな、とアサカは勝手にそんな想像をしていた。
「私も行きます。ひづりさん一人で捜すより良いでしょうから」
「そうですね、お願いします。ごめんアサカ、ハナ、時間掛かるかもだからこのまま解散かも。悪いけど食べ終わったら片付けお願い」
「うん分かった! ごちそうさま! 行ってらっしゃい!」
「ほーいごちそうさま~行ってらっしゃーい」
ラミラミに続いて校内へと戻って行くひづりと天井花イナリの背中をアサカとハナは手を振り見送った。
「……ふう。皆慌ただしいねぇ。明日はあたしも他人事じゃないけどー」
両腕をぐっと空に伸ばしてハナが笑った。
「ハナちゃん、お弁当もう食べないの?」
先ほどからハナの箸が止まっていたのでアサカは指摘した。
「あぁうん、あと全部食べちゃっていいよ」
「やった。むふふ……」
「それでアサカさあ。ひづりんとはどんな感じなの?」
「むえ?」
唐揚げを口に含んだタイミングで訊ねられ、アサカは変な声が出た。
ハナは目を細めて体を寄せて来た。
「とぼけるんじゃないよ。最近ひづりんがやけにぼーっとしてるの、気づいてんだからね。ひづりんがあんな変な感じになるのなんて、アサカ絡みの時以外にあり得ないでしょ~?」
頬をつつかれながらなじられ、アサカは口の中の物をごくんと飲み込んだ。
「な、何もないよ!? 本当に何も……」
……ただ。確かにひづりが最近ちょっとだけ様子がおかしいのは感じていた。理由は分からないが。
「…………そうなの?」
ハナは、腑に落ちない、という様子だったが、やがて静かに体を離した。
「じゃあまぁひづりんの事はいいや。気になる事はもう一個あるし。アサカさ、最近ちょっと……大人っぽくなったよね。前より何か落ち着いてるっていうか」
「え、そ、そう……?」
「うん。それってやっぱりアレなの? アサカ、ラミラミさんに色々占ってもらったりとかしてるんでしょ? それで自信がついたって感じ?」
「あぁ……確かにそうかも。この間ね──」
アサカは先日アインの散歩の際にラミラミから言われた事をそのままハナに話した。
「はぁん……なぁるほど……」
今度はそこそこ納得した、という感じで彼女は腕を組んだ。前に《ラミラミフォーチュン》の動画を観させた際彼女はどちらかと言うと興味無さそうな印象だったので、こんな風に食いついてくるのは意外だった。
「……まぁ良しとしようかな」
ハナは再びフェンスにもたれ掛かって、ふむ、と息を吐いた。
何だったのだろう、と思いつつ、アサカは残りのお弁当を平らげ、この後開催されるラミラミによる占いコーナーのために気合を入れ直した。




