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和菓子屋たぬきつね  作者: ゆきかさね
《第4期》 ‐鏡面の花、水面の月、どうか、どうか、いつまでも。‐
234/259

   『今の私に出来る事を』  2/4



 今年の文化祭、二年C組の出し物はお化け屋敷だった。放課後バイトで準備にあまり参加出来なかったがために当日のお化け役に抜擢されたひづりは、朝から元気に綾里高文化祭へやって来た姉と父、それからその少し後に来た凍原坂一家に、その狂暴な狼男の着ぐるみ姿を晒す羽目になっていた。

「グアォーッ!!」

「きゃああああーッ!?」

 ただ、さすがに昼前にもなるとひづりももうやけっぱちになり、恐ろしい叫び声を張り上げて客を驚かす一人のお化け屋敷スタッフとして全力で振る舞うに至っていた。

「やっぱり官舎さんのところが一番良い悲鳴上がるね」

 また一組の客が逃げる様に走り去ると、ひづりにお化け役を言い渡したクラス委員長の有坂が暗幕の隙間からひょいと顔を出して、にひひ、と笑った。

「吠えるのも段々楽しくなって来たよ。来年は有坂さんがやるといいんじゃないかな」

「なぁに、狼男不満なの? いいじゃない! お姉さんとかお父さんとか、あのちっちゃい子達とか? 来てたみんな可愛いって喜んでくれてたんだし! それに私じゃ官舎さんみたいな迫力出せないよ。あ、次のお客さんもう来るよ! 準備して準備して!」

「はいはい……」

 時計は確認出来ないがもうそろそろ十二時のはずだった。お化け役はお昼を境に全員交代なので、この辱めもあと数分ばかりの我慢だった。ひづりはまたいそいそと段ボールで出来た茂みの中に隠れた。暗幕の上の方にぶら下がっているこちらも段ボール製の満月の上に、画用紙で作った雲がカーテンレールに沿って被さっていく。

 今のところまだロミア達は二年C組のお化け屋敷に来ていなかった。三人は午前中に各教室の出し物を回るとの事だったが、どこをどういった順で回るのか、といった細かいスケジュールまでは教えて貰っていなかったので、ひづりは「ある程度ふっ切れたとは言え、出来れば三人には昼休憩までこっちには来て欲しくないな……」とそんな事を思っていた。

「きゃあー!」

 すると入口近くの方で悲鳴が上がった。ひづりは体が強張るのを感じた。恐らくロミアとアサカの悲鳴だった。思う様にいかないものである。

 三人のものと思しき足音が近づいて来た。段ボールで出来た草むらの中にうずくまったままひづりは狼男の被り物をもぞもぞと動かし、視界確保用に開けられた穴から様子を窺う。やはりロミアとアサカと天井花イナリの三人だった。

 己の中の羞恥心と折り合いをつけると、ひづりは他の客にしているのと同じように、三人が半分ほど進んだ辺りで低い低い唸り声をあげた。

「……ぅううううぅ……」

「ひっ!?」

 ロミア達の足がぴたりと止まる。と同時に、辺りに不穏な音楽が流れ始めた。ここの音声担当は有坂である。

 やがてロミア達から見て左手にある雲が動き始め、蓄光塗料で加工された満月がゆっくりとその姿を現した。

 そうして彼女達が左手の満月に気を取られたタイミングで、通路の右手の茂みから──。

「グワァーッ!!」

「きゃあーっ!? ……」

 狼男に扮したひづりが飛び出し、他の客同様まんまと悲鳴を上げさせる事に成功した……のだが、しかし驚きこそしたものの恐らく声でこの狼男の着ぐるみの中に入ってる人物が誰なのかすぐに分かったらしく、ロミアとアサカは「あっ」という顔になり、天井花イナリも微笑ましいものを見るような眼をこちらに向けていた。……くぅ、とひづりは着ぐるみの中でまた顔が熱くなるのを感じた。

「わあー!」

 空気を読んでだろう、ロミアがちょっとわざとらしい声をあげながらアサカと天井花イナリを連れて次のお化けエリアへと走って行った。

「官舎さんお疲れさま。午前のお客さんはラミラミさん達で最後だってさ。上がって上がって」

 スマホを片手に有坂が顔を覗かせた。

「了解」

 暗幕の向こうに隠れ、ひづりはしばらくぶりに狼男から人間に戻った。

 時計を見るとあと五分で十二時だった。二年C組のお化け屋敷を出たらきっとすぐ《ラミラミフォーチュン》の生放送もお昼休憩で一旦終了になるだろう。その後ひづりはハナとお弁当を持ってロミア達と合流し、皆で昼食をとる。そういう予定だった。

「きゃー!」

 別のお化けに驚かされているのだろう、またロミアとアサカの悲鳴が聞こえて来た。暗幕は教室中を迷路のように重なって配置されているため、当然ここから彼女たちの姿は見えない。

「…………」

 我が侭になるための時間が必要だ、と《フラウ》は昨日言ったが、しかし今のところその我が侭というのが具体的にどういう行動を指すのか、また果たしてそれが自分達にとって本当にいい結果になるのかどうか、未だひづりには何も分からなかった。

 けれど。昨晩の内に一つだけ心に決めていた事はあった。「今日と明日は、文化祭実行委員を頑張っているアサカを幼馴染として何が何でも支えよう」というものである。らしくない事をしてアサカを困らせる、なんて失態を演じるのだけは何としても避けたかった。

 急いで身だしなみを整えるとひづりは同じくお化け役をやらされていたハナと合流し、五人分の弁当箱を持って教室を出た。






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