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和菓子屋たぬきつね  作者: ゆきかさね
《第4期》 ‐鏡面の花、水面の月、どうか、どうか、いつまでも。‐
215/259

   『世界の始まり』      3/6




 互いに遠く遠く離れてはいるが、遥か昔から宇宙には太陽系と同じ様な《生命の惑星》を持つ銀河が無数に点在していて、数えきれない時の中でそれらは光と共に生まれては消えてを繰り返していた。

 そうした輪廻を経るうちに《生命の惑星》は銀河毎にそれぞれ性質の変化が生じるようになり、やがてその傾向は以下の二通りに進むようになった。

 己が有す惑星エネルギーを用いて生命の繁栄を行う《箱庭型惑星》。地球を含むほとんどの《生命の惑星》がこれだった。

 そして、《箱庭型惑星》を襲撃し、繁栄のための移住先として狙う《侵略型惑星》。《天使》の故郷がこれだった。

 四十六億年前、《天使の母星》によって観測され『知的生命体繁栄の可能性がある』と見做された地球はその標的となり、数体の《天使》が送り込まれた。

 《天使》を乗せた宇宙船である《天界》は地球を覆う事に成功し、地球上の一つの世界となったが、しかし地球は《箱庭型惑星》でありながら、後に《人間界》と呼ばれる事になる《生命繁栄の場》と、同じく後に《魔界》と呼ばれる《管理場》が明確に分かれており、《天界》による侵略を《人間界》で堰き止める事に運よく成功していた。

 地球を丸ごと奪うのに失敗した《天使》たちだったが、問題としては些事だった。何故なら《天使》の目的は『侵略した生命の惑星で誕生する知的生命体の遺伝子を書き換えて自分たち天使を崇めるようにし、信仰を集め、侵略した惑星を自分たちの新たな母星にすること』だったからだ。知的生命体が信仰心を持てば《天使》の力は増大するため、《魔界》への侵攻はそうした準備が整ってからでも遅くはなかった。

 知的生命体として成長する可能性のある生き物たちが《人間界》に誕生し始めると、《天使》たちは予定通り自分たちの遺伝子と《神性》をそれらいくつかの生命体の中へと組み込み、信仰を集める準備を始めた。《天使》の遺伝子を与えられた生命体たちは少しずつ《天使》たちに似た姿形へと成長していき、やがて視力や聴力を得れば《天使》を「自分達とよく似ているが、自分達よりずっと神々しくて美しい存在」として崇めるようになるはずだった。

 しかしそれは成されなかった。《人間界》を奪われた《魔界》が反抗したのだ。地球の意思そのものであり、今も世界中に《魔力》を発信する《魔界》の巨大な管制塔──《祖の楼角》が、《天使》と同じように《人間界》の生命体に自身の《魔性》を書き込んだ。

 生命体の中で《神性》と《魔性》は激しく攻撃し合い、互いを食い潰し始めた。その結果、生命体の中から《神性》と《魔性》は大いに損耗し、《天使》に対する感性もその分薄れていった。

 だが、埋め込まれた《神性》の大部分を《魔性》で削ったとはいえ、それでも《人間界》の知的生命体──人間の中から《神性》や《天使》に対する信仰心はどうしても完全には拭いきれず、個体によっては強く残り、次第に信仰文化が《人間界》の各地で作られていった。

 《祖の楼角》はここで新たな手を打った。人間の魂のみを糧とする《魔性生物》──《悪魔》を作り、これを《人間界》へと送って人間達を殺させ始めたのだ。そもそも《祖の楼角》は一番最初に生命体が誕生するための土壌のみ《魔力》で作り出した後はそこに存在するそれぞれの生命力だけでゆっくりと《人間界》を繁栄させる、という方針だったため、『邪魔な天使が横やりを入れてくるなら、一旦今の人間界の生態系をまるごと悪魔に破壊させ、それからまた最初から同じように作り直そう』と考えたのだ。

 これが実のところ侵略者である《天使》にとって最も嫌な対処法だった。《祖の楼角》は地球の膨大なエネルギーを持っているため何度でも土壌と生命体を作り直せるのに対し、《天使》が保有する侵略のためのエネルギーである《神性権限》は母星から持ってきた分しか無かった。《人間界》の生命体に《神性》を組み込むだけでも《神性権限》は既に消費されているため、《祖の楼角》がそうやって何度も《人間界》の作り直しを繰り返すのだけはどうにか避けたかった。

 程無くして何千という数の《天使》が《人間界》に現れ、人間の集落を《悪魔》から護り始めた。《天使》は《神性権限》を用いて自分たちの分身を大量に複製し、《悪魔》の討伐に宛がったのだ。

 戦況は《天使》が優勢だった。《魔性》を持つとは言え知能面では《人間界》の鳥獣とさほど差が無かった当時の《悪魔》に対し、《天使》は集団による組織的な戦い方を会得するだけの知性を持っていた。また信仰を集める目的で既に言葉を教えていた人々には「もし悪魔に出会ったらこれを握って我々に助けを求めなさい」と、現代で言う発信機に近い効果を持つお守りを渡す事で《悪魔》の発見情報を即座に収拾、更にそこから出没地点の傾向の把握にも成功し、《悪魔》が現れる場所への迅速な《天使軍》の派遣が可能となっていた。

 《天使》の軍勢に殺され、《悪魔》はどんどんその数を減らしていった。そうした《天使》たちの対応を見ていた《祖の楼角》は、今度はその《天使》たちの方法を逆に利用する事を思いついた。

 それが《契約》と《魔術》だった。「我々悪魔と契約を交わせば、最終的には魂を回収させてもらうが、その代わり魔術で何でも願いを叶えてやる」と人間に交渉を持ちかける、高い知性と《魔術》を持つ《第二世代の悪魔》を生み出した。

 知的生命体とは言え人間はやはり動物で、その心は弱かった。《第二世代の悪魔》の登場によって人間の何割かは《人間界》で《悪魔》を見つけてもそれを《天使》に報告しなくなった。《天使》は《悪魔》を殺すばかりで、人々の願いや災害への対策、また集落同士の争いなどには耳を傾けてくれなかったからだった。

 《第二世代の悪魔》は成功だった。《天使》がどれだけ《人間界》を警備しても、《悪魔》が持つ《魔術》を人々が求め、《天使》への報告を拒否してしまえば、《悪魔》への生贄によって集落の人口は減り、同時に《天使》に対する信仰心も薄れていく。また《悪魔》に対する人間の警戒心を薄め《契約》を潤滑に行うために《祖の楼角》が《悪魔》の姿形を徐々に人間に寄せて作るようになっていった事も《第二世代の悪魔》を《人間界》に普及させる要因となっていた。

 《天使》はこの事態を重く見て、更に《神性権限》を投じ、《天使》にも《魔術》を扱えるようにした。以降、《人間の報告が無くても人間界に出現した悪魔を感知出来るようになる魔術》が《天界》で発明されれば、逆に《それを妨害するための魔術》が《魔界》で生み出される、といった具合に、《天使》と《悪魔》の双方で実に様々な《魔術》が編み出されていった。

 ただそれは戦況の泥沼化に他ならず、資源の量で勝る《魔界》が最終的な勝者となるのは明らかだった。問題の抜本的な解決にはやはり《魔界》と《祖の楼角》を制圧するほか無かったが、しかしかといって《魔界》に於いてその《神性》が著しく弱まる事が判明していた《天使》たちにとって《魔界》に攻め入って《祖の楼角》の破壊あるいはその力を奪取するのはとても現実的ではなかった。

 だが《天使》も無策ではなかった。永く続く戦いの果て、ついに《天使》たちが期待していたある変化が《人間界》で起き始めた。

 《国家》が生まれたのだ。数多散在していた集落が膨らみ、部族同士が繋がって、各地で人間の国家が生まれ始めた。自分の眼や言葉が直接届かない場所に住む国民や取り込んだ部族を纏めるため、人間の王たちは《天使》から授かった教義をより重要なものとして扱うようになり、国内の隅々まで教えを広めるため象徴となる教会や塔などの建築にも注力するようになっていった。それは信仰心と人間同士の監視の眼を強め、《悪魔》が付け入る隙を潰していく事にも繋がった。

 《天使》の教えに忠実で体の丈夫な《英雄》と呼ばれた人間たちに《神性》を注ぎ込めば《魔界》でも活動出来る兵士が作れる事はこれまでの人体実験で分かっていた。《天使》は国家の誕生によって形となった人間軍と同盟を築き、これを《魔界》侵攻のための足掛かりとして増強させていった。

 ただこれまでの調査によって《魔界》が生み出した《悪魔軍》の総力は相当な規模である事が明らかになっており、また《冥界》には現状打破する手段がまるで見つけられていない強力な《門番》も居た。《悪魔》にとっての庭である《魔界》と《冥界》に同時に攻め入るには《魔界空間》で弱体化しない人間軍の兵士を更にもっともっと多く、飛躍的な手段で揃える必要があった。

 《神性》を注がれた人間軍の兵士の生産が必要数のおよそ半分に達し、大戦の気運も高まってきた頃、《天使》たちはついに残り少ない《神性権限》の実に半分を使い、とある《神器》を作り出した。

 それが《十の智慧の指輪》だった。ひとたび発動すれば《概念魔術》を用いたその絶対的な強制力によってどのような《悪魔》であろうと必ず使用者の支配下に置く、唯一無二の宝物。《天使》は「これを人間軍の王に授ければ、人々から今以上の信仰心を得られるようになり、来る魔界侵攻に於ける大きな足掛かりになるだろう」と考えた。

 ただあまりに強大な力を詰め込んだがために、この《十の智慧の指輪》の使用には三つの条件が定められた。



 一つ。《指輪》に込められた《概念魔術》を発動させられるだけの《優れた魔術師》であること。

 二つ。人間の軍勢を率いて《悪魔》と戦うための物なので、それが可能となる《王の器》を持つ者であること。

 三つ。《悪魔》だけでなく《天使》さえ使役させられるという性質上、もし何らかの間違いで《悪魔》、あるいは《天界》を裏切った《天使》が手に入れた場合、その脅威は計り知れないため、扱えるのは《人間の肉体》に限ること。



 すぐに《指輪》使用者の選定が行われた。同盟軍による《魔界》への侵攻は各地での《転移魔術》による一斉移動が予定されていたため、《人間界》のどの国の王が《指輪》に相応しいかは立地的な理由では決められておらず、候補者は世界中が対象となった。

 しかし、《天使》の教えが行き届いた全ての王国を回っても三つの条件を満たす者は五人と居なかった。

 最も《指輪》との適性を示したのは当時のイスラエルの指導者、《ソロモン王》だった。《天界》とイスラエルは歴史的にも永い交流があり、また《ソロモン王》自身もエジプトをはじめとする諸外国との良好な関係を築いてきた良き王だったのだが、しかし若き日の彼は現在も語り継がれている《召喚魔術》や《防衛魔法陣術式》の研究に携わっており、それ故か「人は天使だけでなく悪魔とも共存すべきではないか」との思想を提唱し、以前から《天界》でも大いに問題視されていた。

 《指輪》との適性こそ高いが《天界》への忠誠心が疑わしい《ソロモン王》か。それとも適性は低いが《天界》を信じて疑わない他の人間の王か……。議論は連日続いたが、結局周辺国との外交や交易に力を入れていた《ソロモン王》が当初想定されていた「人間軍を纏め上げる人物」に相応しいと見做され、《指輪》はイスラエルの玉座に与えられた。

 だが。ここから《天界》の最も大きな悲劇が始まった。

 《指輪》を得た《ソロモン王》は次々に《悪魔の王》たちを宮殿へ呼びつけると当時はまだ名も無かった彼らへ友の証として《名》を贈り、親睦を深めていった。

 《天使》はすぐさまそのような行いはやめるよう《ソロモン王》に言ったが、しかし彼は「悪魔が持つ固有の能力は素晴らしく、これらは他国との関係を改善していくのに必要だ。人間軍を纏め上げるよう言ったのはあなた達だろう」などと詭弁を並べ、毎度のらりくらりと《天使》の要求を逃れ続けた。必然的に「やはりソロモン王に指輪を授けたのは間違いだったのではないか」という声が《天界》内部で増加していった。

 そして予定していた大戦の期日が二か月後に迫ったある日、それは起きた。

 《ソロモン王》が《十の智慧の指輪》のうちの一つを紛失したのだ。しかも《指輪》を失くしたと思しきその夜に彼は家臣に行方も告げずふらりと出掛けると《転移魔術》を短時間の間に何度も何度も繰り返し、《過去視》による《指輪》の捜索を現実的に不可能な状態にまで撹乱していた。そのため《天界》は「指輪の紛失は過失ではなく、意図的にどこかに隠した、あるいは誰かに渡したに違いない」と判断した。

 この件を以って《天使》と人間軍の各国王と《ソロモン王》を快く思っていなかったイスラエル国内の対立派閥の意見は一致し、裁判の結果、《ソロモン王》の退位と処刑が決定した。九つの《指輪》はこの一件の責任者であった《ミハエル》によって回収され保管された。

 今後の《指輪》の扱いはどうすべきか、大戦の期日は延ばすべきではないか、といった話し合いがすぐに《天界》で行われたが、しかし何が決まる間もなく《ソロモン王》が亡くなったその日の内に《人間界》の各地で膨大な数の《転移魔術》が発動した。

 《悪魔》が侵攻して来たのだ。《フラウロス》、《グラシャ・ラボラス》、《ムルムクス》……《魔界》のそれぞれの国王が軍勢を従え、各地の人間軍と《天使軍》を襲撃した。攻め入って来た《悪魔軍》は《ソロモン王》と親しかった《悪魔》たちを主体に、《天界》に一泡吹かせたいと思うその他の《悪魔》たちが便乗した、作戦も何もない物量任せの突撃でしかなかったが、しかしその猛攻を指揮する《悪魔の王》たちの気迫は凄まじく、既に《魔界》侵攻のための準備を終えていたはずの大国ですら《魔界》へ攻め入るどころか《悪魔》を《魔界》に押し返す事も出来なかった。

 各地で被害が広がる中、改めて《天界》で会議が開かれ、この日、《指輪》の処遇を含めた、今日まで続く世界の形が定められた。

 《指輪》は《保守派》の《ミハエル》によって《隔絶の門》へと造り替えられ、多くの《天使》が常駐していた事もあって他国より比較的被害の少なかったイスラエル国、そのエルサレム宮殿のすぐ傍へと打ち込まれた。《指輪》が持っていた強力な《神性権限》は絶対的な障壁となって《魔界》と《人間界》とを隔て、《人間界》に攻め込んでいた《悪魔》と《魔界》に控えていた後続の《悪魔》は分断され、《人間界》に居た《悪魔》たちは同盟軍に多くの被害を出しながらも長い時間を掛けて殲滅されていった。

 そうして《人間界》は再び《天使》の物となった。《魔界》侵攻を諦め、《天使》が地球の総てを手に入れる未来を永久に諦める、という、侵略者としての本懐から目を背ける事で……。











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