表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
和菓子屋たぬきつね  作者: ゆきかさね
《第4期》 ‐鏡面の花、水面の月、どうか、どうか、いつまでも。‐
214/259

   『情けは人の為ならず』   2/6




「ひぃっ!!」

 天井花イナリの《剣》を見た女性が悲鳴を上げ、手に持っていた端末を木の床にゴトンッと落とした。

「──ッ!!」

 その鈍い音と衝撃でひづりは我に返った。買い物袋をレジカウンターへ放るなりひづりの意思に反応した《魔術血管》が両腕の皮膚を貫いて一気に伸び、瞬きほどの間に《和菓子屋たぬきつね》のフロア中を覆った。

 ひづりの視線が店内を巡ったのはそれからだった。

 ──姉さん。いつものトボけたような顔で座っている。拘束されている様子は無く、見える限り怪我も無さそうだが……。

 ──向かいに座っている、ロミア、《魔女》、と呼ばれた常連客の女。今は体を小さく縮めて震えている。その怯えの態度は嘘か本当か、判別はつかない。《魔女》については詳しくないが攻撃的な《魔術》は使えるものとして警戒しておくべきだろう。

 そして──《声》。《イオフィエル》と名乗った《声》。どれだけ店内を見回してもやはり通信端末以外にその《声》の主の姿は見当たらなかった。

 《主天使》の襲撃から一週間も経たず次の《天使》が……ッ! ひづりは伸ばした《魔術血管》のどこからでも即座に《防衛魔法陣術式》を出せるよう、改めて鋭くフロア全体に意識を向けた。



『おやおや。そう身構えないで欲しいな。相談に来た、と言っただろう、僕は? 戦う意思は無いんだ。本当だよ?』



 床に落ちたままの通信端末がこちらの緊張を嗤うかのように軽い調子で喋った。

「……はぁー……はぁー……」

 ひづりは正常な呼吸の調整に努めた。《声》の響きはあの《ベリアル》のものとよく似ており、何の証明をされるまでもなくその独特の声音が《声》の主を……先ほど名乗った通り《上級天使》であるとひづりに確信させ、それと同時に、あの日の《ベリアル》の襲撃で刻まれていた恐怖も思い出させていた。

「ぬかすな。我が領地へ断りもなく踏み込んでおいて、何が交戦の意思は無いと」

 低く鋭い声で天井花イナリが返した。その力強い声色にひづりは少し心が落ち着き、思考も徐々に纏まり始めた。



『困ったなぁ。あ、ほら、店主の吉備ちよこにも何もしてないよ。先に少しだけ話はさせてもらったけどね』



 もう一度、ちら、と姉の方を見ると、彼女は嬉しそうに笑って「ひづり、イナリちゃん、おかえり~! お姉ちゃん何もされてないよ~。たぬこちゃんも上で寝てるから大丈夫だよ~」と両手をひらひらさせた。

 ひづりは余計に困惑した。何なのだこれは。襲撃では……無いのか……? 本当に一体どういう状況なんだ……?



『急な事で驚いたろう。君たちにもちゃんと話すよ。僕は──』



「黙れ。お主の話なぞ聞くつもりは無い。姿も見せず《魔女》なぞ使いに差し出しおって。それにこの《魔女》、《わしの国の悪魔》を使っておるではないか。気づかぬとでも思うたか? どこまでも舐め腐ったその態度、お主が《天使》である事だけは確かなようじゃ」

 《声》を遮るように天井花イナリは拒絶の態度で言い放った。

 天井花さんの……《ボティス国の悪魔》を、使っている……? どういう意味だろう、とひづりが思っていると、天井花イナリはその間につかつかと歩を進め、ロミアの髪を掴んで無理やり通路に引きずり下ろした。そして通信端末を睨み、言った。

「その声、憶えたぞ。そこからよぅ見ておれ。これからこの《魔女》を八つ裂きにして殺してやる。そしていずれそれとそっくり同じ方法でお主も殺す。《魔女》と《天使》、悲鳴にどのような違いがあるか、今から楽しみじゃ」

 ひづりはどきりとして思わず制止の声を上げた。

「ま、待ってください天井花さん!! 殺すって……その人を、ですか!?」

「ああ。この通話の《声》、あまりにも胡散臭い。流言飛語でこちらを混乱させる腹積もりであろう。それにこの《魔女》……。話しておらんかったが、人が《魔女》になるには必ず《悪魔》が一体以上利用される。こやつの中に取り込まれておるのは《わしの国の悪魔》じゃ。たぬこや《ヒガンバナ》と同じ、わしの臣下じゃ。この《魔女》は殺す。通信も切る。これは揺るがぬ決定じゃ。黙っておれ」

 天井花イナリはこちらを見ずにそう言った。その声の気迫にひづりは思わず声を失いかけた。

 しかし。

「だ、黙りません! 《魔女》がそういうものなら、天井花さんが許せないって気持ちは分かります! 私が口を挟むべきじゃないとも思います! この《イオフィエル》って《天使》の事も知りません! ですが、私はこの数か月、そのロミアさんの接客をしています! あの時は天井花さんも居ましたよね!? 前に、ロミアさんは山井さんのハムスターを見つけてくれました! たとえ《魔女》だったとしても、あの時の事を私は無かった事にしたくありません!!」

 天井花イナリは《剣》の切っ先こそロミアに向けたままだったが、今度こそゆっくりとひづりの方を振り返った。ずいぶん久しぶりに向けられた彼女のその冷たい眼差しにひづりは息を呑んだが、眼を逸らさずじっと受け止めた。

 ひづりが持ち出したのは、七月、岩国旅行へ行く数日前に《和菓子屋たぬきつね》で起きた小さな出来事についてだった。

 常連客の山井という初老女性が「孫から預かっていたハムスターをうっかり逃がしてしまったの」とひどく落ち込んでいたところ、どうやらその話を聞いていたらしいこのロミアという女性が翌日「店の前に居ましたよ」とその行方不明になっていたハムスターを連れて来てくれたのだった。山井は甚く感動してロミアにお礼をさせて欲しいと詰め寄ったが、しかしロミアは何とも困った様子でそれらをやんわりと断り、以来山井が店に来る時間帯には全く顔を見せなくなっていた。

「あの時、ロミアさんの服の裾や膝、少しですが、土か何かで汚れていました。店にいらっしゃる時はいつも身綺麗な格好だったのに、ハムスターを連れて来てくれたあの日だけ……。確かに、ロミアさんが《魔女》で、この通話の《声》の言う通り《アウナス一派》に利用されてたっていうのも本当なら、きっと常連客を装って見聞きした私達の情報をあっちに流したりもしていたんでしょう。でも、それならそれできっと《アウナス》には、目立つようなことはするな、って命令されてたんじゃないでしょうか。あの時山井さんにお礼を言われて店で目立って気まずそうにしてたのは、そういう理由からだったんじゃないでしょうか」

 ひづりは床に押し付けられているロミアを見た。

「ロミアさん、ハムスターか何か、飼ってらっしゃいますよね? 私、小学生の頃にハムスターを飼ってた友達の家に行った事があるので、最初から匂いで分かってました。行方不明になってた山井さんのハムスター、助けてあげたいって、そう思ってくれたんでしょう? あの時も言いましたが、改めて言います。山井さんのために行動してくださって、ありがとうございます」

 それからひづりはもう一度天井花イナリの眼を見た。

「私には《魔女》としてのロミアさんの事は分かりませんが、それでも、うちで良いお客さんとしてお菓子を食べてくれて、うちのお客さんのために行動してくれたロミアさんを、私は見なかった事には出来ません。たとえどうしてもロミアさんを……殺さなきゃいけないんだとしても、私はロミアさんをどうするかについて、まだ今の段階では決めたくありません。話を聴いて、考えてみて、話し合って、それでも駄目だった時の、どうにもならなかった場合の最後の決断にしたいです。ですから……聞くだけでも……本当に聞くだけでも、この《イオフィエル》さんとロミアさんの話、全部、聞いてみませんか……? ロミアさんをどうするのかは、それからにしませんか」

 先月の半ば、店の営業再開日、凍原坂家を呼んで《フラウ》と協力体制をとるという話し合いをしたあの時と同じく、今も天井花イナリはひづりに対等な立場で話し合い今後の方針を決める事を許してくれている。

 そう。伝えなければ天井花イナリも考えてはくれないのだ。だからひづりは思うままの気持ちを言葉にした。どうか一考してくれるようにと。

「…………」

 天井花イナリはしばらく黙っていたがやがて足元のロミアと通信端末に視線を向けると難しそうな顔をして肩でため息を吐いた。

「……聞くだけじゃぞ」

 そしてそれだけ言うと拾い上げたロミアと通信端末をお座敷席の方にぽいっと放り投げた。ぎゃん、とロミアが悲鳴をあげた。

「ありがとうございます」

 ひづりは天井花イナリに頭を下げた。



『……官舎ひづりとロミア・ラサルハグェの行い、それと《ボティス王》の寛大さに感謝しなくてはいけないね。ありがとう。僕に話をする機会をくれて』



 恭しく《声》が言った。慌てて座り直したロミアの手元の端末にフロア中の視線が集まった。

 ひづりと天井花イナリは《魔術血管》と《剣》を維持したまま、通路を挟んだお座敷席の反対側にあるテーブル席のソファに浅く腰掛け、聴く姿勢をとった。



『まず、今日僕自身がそこへ顔を出さなかった事に関して、詫びさせてほしい。嘘でも皮肉でもなく、今僕は《天界》で少々忙しい立場にあって、君たちの前へ出向く時間の確保が困難な状況にある。しかしかといって代理に部下を向かわせたら、この間の《主天使》たちのこともあるし、君たちは酷く警戒せざるを得ないだろうと思ったんだ。だから、あまり良い行いではないのは自覚しているけど、きっと官舎ひづりならロミアをそのまま見殺しにはしないだろうと思って、今日の代理を彼女に任せたんだ』



 ロミアは改めてちよこやひづり達にぺこりと頭を下げた。ひづりは、人質を使うことを恥に思う《天使》も居るのか、とちょっと意外に思った。



『改めてちゃんと自己紹介をしよう。僕は《保守派》の《天使》、《イオフィエル》。《人間界》での活動に於いて《天界》が保有し動かせる全軍勢の総責任者を務めている。と言っても、現在の《人間界》で僕らが出張るほどの事態なんてそうそう起きないから、専ら《アウナス一派》のような危険分子を監視し、その暴走を未然に防ぐための活動をしている。《アウナス》の危険性については既に認識しているね? 奴はここ三千年かなり大人しかったんだが、今年の五月、急に動きがあってね。官舎万里子が亡くなり《グラシャ・ラボラス》が《魔界》へ戻った途端、奴は部下の《悪魔》や人間のシンパ、果ては《魔女》まで使って、急に《和菓子屋たぬきつね》を嗅ぎまわり始めたんだ。三千年各地で細々とした動きしかせずずっと鳴り潜めていた奴が、まるでこの時のために仲間を増やし続けて準備してきたんだと言わんばかりに、一斉に、《ボティス王》が居るこの場所を監視し始めた』



 ひづりはハッとして隣の天井花イナリを見た。彼女は無言で通信端末を睨んでいた。

 そうだ。《イオフィエル》が最初の挨拶のとき口にした《意外な単語》。あの時は何もかもが急な事で上手く頭に入らなかったが──。

 《ソロモン王の指輪》。《イオフィエル》は確かにそう言った。かつて《ソロモン王》が《悪魔》を使役するため《天界》から授けられ、後には《隔絶の門》を建てるために使われたという、その《十の知恵の指輪》について触れた。

 一体どういう事なのだろう、とひづりは混乱した。この話が本当なら、《アウナス》が狙っているのはその《ソロモン王の指輪》という事になるが、しかしそれは《隔絶の門》建設のために使われたはず。それが今天井花さんの手元に有る、なんて、何故そんな話になるのだ……?

 《声》は続けた。



『僕も《和菓子屋たぬきつね》での機微については《アウナス》側のスパイをさせられていたロミアからいくらか聞いている。それらの記録から、こちらは知っているが、君たち《和菓子屋たぬきつね》が手に入れられていない情報が多数ある、と僕は受け止めている。《ソロモン王の指輪》、《アウナス一派》、《願望召喚》……。それらについて互いの認識を共有するためにも、少し長くなるが、この世界……地球というものの成り立ちから、今日に至るまでの《天界》の事情について、まずは君たちにも知ってもらおうと思う。……《ボティス王》」



 《声》は、他の誰でもない、天井花イナリただ一柱に向けて真摯に問い掛ける様に言った。



『君は頑なに官舎ひづりを《こちらの世界》に巻き込む事を嫌っていたようだが、もう隠し通せないところまで来ている事は理解しているはずだ。承知してもらえるね』



 しん、と束の間静寂が満ちた後、天井花イナリは仄かに視線を下げ、感情の見えない声で答えた。

「……ああ」







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ