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和菓子屋たぬきつね  作者: ゆきかさね
《第3期》 ‐勇者に捧げる咆哮‐
211/259

   『三千年と金色の腕輪』   4/4




「思うたより遅うなってしもうたのぅ」

 一等星が疎らに光り始めた明るい商店街の空を見上げ、天井花イナリはぽつりと言った。

「すみません、こんな時間まで付き合わせてしまって」

 彼女の隣を歩きながらひづりは二つの髪飾りが包まれた買い物袋を胸に肩を竦めた。

 贈り物選びはそのまま山梨に在る紅葉の店、楓屋の呉服店で行った。ひづりが二人への品に和服用の髪飾りを選んだのは、「今年の夏は姉さんの入院やラウラの事もあって一緒に行けませんでしたが、来年こそは天井花さんと和鼓さんも一緒に夏祭りに行きましょう」という約束を兼ねられる物を贈りたい、と思ったからだった。

 店へ着きビデオ通話を始めると、和鼓たぬこはイモカタバミに似ている小さな紫色の花の装飾が施された簪に強く興味を示し、「私はこれが欲しいです」と言った。以前イモカタバミの写真を見せた際彼女は『ひづりさんみたいで可愛いです』というような事を言っていたため、ひづりはその時の事を思い出して俄かに恥ずかしくなった。すると今度は天井花イナリまで「ではわしもその隣の簪の色が違う同じ花が付いた髪飾りにしようかの」などと言い出したため、ひづりは真っ赤になった顔からしばらく熱が引かず困らされた。

「よい。わしもたぬこも気に入った物が選べたのじゃ。良い時間であった。これなら幸辰に叱られるのも悪い気はせぬ」

 彼女はひづりを見上げて愉快そうに微笑んだ。ひづりもくすっと笑った。

「そうですか。でも今日遅くなりそうなのは伝えてましたし、紅葉さんもとっても嬉しそうにしてくれてたので、父さん、たぶん今日は怒らないと思いますよ」

 楓屋呉服店には紅葉も居て、事情を話すと髪飾り選びをするひづり達にずっとくっついていてくれた。しかし買い物を終えた後も彼女はひづり達を店に居させようとお菓子やら店のアルバムやらを持って来て休む間もなくひたすら喋り倒した。距離もあって普段楓屋呉服店には滅多に足を運べないため、「この間は心配を掛けてしまったし、ちょっとだけ付き合ってあげよう」とひづりは思ったのだが、続いて紅葉は閉店間際なのを良い事に店内の従業員らを集めて姪の自慢やら天井花イナリの着物の話を始めてしまい、気づけば帰ると言い出せない空気になっていた。

 紅葉は終始「どうせ明日土曜日なんだからさ~、ひづりちゃんうちに泊まっていこう? そうしよう?」と言っていたが、しかしさすがに急に来てそんなやっかいになる訳にはいかないので、ひづりは十九時半を回ったところで意を決し「そろそろ帰ります」とやんわり紅葉の手から逃げた。

 店を出る際紅葉は「天井花さんたちの来年の浴衣のデザイン考えておくよ! みーちゃんお姉さんに任せて!」と言ってくれた。来年からは天井花さんと和鼓さん用に作ってもらう分の浴衣代だけでもちゃんと自分で払うようにしよう、とその時ひづりは今後のバイト代の使い道を決めた。

 煎餅屋の前を過ぎ、《和菓子屋たぬきつね》が見えて来た。営業終了時間からもう一時間ほど経っているので、恐らくもう《火庫》と《フラウ》は凍原坂が連れ帰っていて、店内ではちよこと和鼓たぬこが今日の後片付けと明日の準備をしているはずだった。

 商店街に面した窓から漏れるそのフロアの柔らかい明かりを見てひづりはにわかに胸が締め付けられるような気持ちになった。今日こんな風に天井花イナリと買い物をしたり楓屋で紅葉たちと話が出来た当たり前のような時間さえ月曜日の《主天使》たちの襲撃の際に何か一つでも違っていれば全く失われていたかもしれなかったのだ。そう思うと今自分が居る場所や周囲の人々から与えられている優しさがどれも奇跡の様に思えてたまらなくなった。目の奥が熱くなり、慌てて手で顔を扇いだ。

「……ひづり、すまぬが、店に着いたら少し話がある。重要な話じゃ」

「えっ?」

 目元が赤くなったまま店に戻ったら何事かと思われそうだ、困ったな、どうしよう、と気持ち顔を上げて空を見ていたひづりは徐に天井花イナリが放ったその言葉に驚いてぱっと振り返った。紅葉から連絡は行っているだろうがそれでも父に心配を掛ける訳にはいかないので店に寄って和鼓たぬこに髪飾りを渡したら今日はもうすぐに帰るつもりだった。それは天井花イナリも承知していたはずだった。

「たぶん大丈夫ですけど……何ですか?」

 天井花イナリの声音から何か差し迫ったものを感じ、ひづりは少し声を潜めて訊ねた。

 『本日の営業は終了しました』の札がさげられた《和菓子屋たぬきつね》の戸を開け、天井花イナリは言った。

「話すタイミングを逃しておったが、あの時お主が用いた《紫陽花の様な防衛魔法陣術式》について──」

 そこまで言ったところで急に天井花イナリは立ち止まり、黙った。すぐ後ろを歩いていたひづりはうっかり彼女の背中にぶつかりかけた。

「わっ。びっくりした。どうしたんですか?」

「…………」

 戸を閉めつつ訊ねたが彼女はその場を動かず、また何も答えなかった。

「天井花さん……?」

 不思議に思い、ひづりも彼女がじっと視線を向ける先に目をやった。

 明かりで照らされたフロアの真ん中。お座敷席の一つ。そこにちよこと、一人の背の低い女性が向かい合って座っていた。よく見るとひづりも何度か接客した事がある常連の客だった。誰と待ち合わせするでもなくいつも一人で来店するが、かといって長居もせず、和菓子を食べるとすぐに帰ってしまう、そんな客だと記憶していた。

 バイトの面接でもしているのか……? とひづりは思ったが、次の瞬間そんな考えは吹き飛んだ。




『やあ、官舎ひづり。それと《ボティス王》。待っていたよ』




 スピーカー越しの音声がフロアに響いた。

 青年のような、老女のような、上手く形が掴めない声だった。初めて聞く声だったがしかしその独特な響きにひづりは覚えがあり、一気に背筋が凍って手足が動かなくなった。

 ちよこの向かいに座っていた女性が青い顔で恐る恐る体をこちらへ向け、それからテーブルの上に置いていたらしい端末を持ち上げ、その画面をひづり達の方へと向けた。画面には「通話中」の文字が表示されていた。

 《声》は続けた。




『初めまして。僕の名前は《イオフィエル》。《保守派》に属していて、君達の言葉で言うところの防衛大臣の役職に就いている《上級天使》だ。こっちは《魔女》のロミア・ラサルハグェ。《アウナス一派》に捕まって利用されていたのを先日確保してね、今は僕の協力者として働いてくれている。さて、早速要件だが──』




 天井花イナリの右手に《剣》が出現した。




『今日は、《ボティス王》、君が持っている《ソロモン王の指輪》について相談に来たんだ』












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