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和菓子屋たぬきつね  作者: ゆきかさね
《第3期》 ‐勇者に捧げる咆哮‐
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13話 『認め合ったそれぞれの先へ』      1/5



 13話 『認め合ったそれぞれの先へ』





『──春兄さんは、ウチのこと憎くないんですか……? 両親と姉さんが事故に巻き込まれたのは、ウチが入院してた病院に来る途中だったって聞いてます。春兄さんの好きだった姉さんが死んだのは、ウチが原因みたいなものじゃないですか──』



 一昨年、リコちゃんは僕にそんな質問をした。「リコの数学の先生を頼まれてくださいませんか」と一恵さんにお願いされ、是非にと引き受けた、家庭教師一日目の事だった。



『憎んでなんていないよ。リコちゃんも、一恵さんも克さんも、西檀越家も、僕にとっては大切な、雪乃さんの家族だからね』



 その時、僕はそんな風に返した。本心からの言葉だった。



 でも。

 十四年前に雪乃さんが亡くなったあの時の僕は、きっとそんな風には答えられなかった。




 大学に入ったばかりの頃、僕には数字以外何も無かった。未だに渡瀬はやっかんで来るが、実際は雪乃さんと出会うまで僕は女の子とのお付き合いというものを一度だってした事が無かった。話しかけてもらえる事自体は何度かあったが、皆すぐ僕がつまらない男だと気づいて離れて行った。

 僕は恋愛に向いてない人間なんだろう。そう割り切った。人より少し得意だった数学に頭のエネルギーを使っていれば、女の子とうまくやれないそんな情けない自分自身の現実も、いつか孤独に耐えられなくなる日が来るかもしれない恐怖も、どうにか忘れて日々を生きていけた。

 だから、雪乃さんとの出会いはそんな自分の人生に突然射した暖かな太陽の光に思えた。彼女は僕に人一人分の幸せをくれた。一日一日の新たな発見を、隣に立って、一緒に驚いて、心から喜んでくれた。眩しいほどに輝く毎日だった。自分の様な男にはきっと二度と巡って来ない、一度限りの奇跡に違いないと思った。結婚を見据えた互いの親族との顔合わせも、少々気後れする事はあったが、雪乃さんとの繋がりだと思えばずっと嬉しさの方が勝った。

 きっと自分の人生は雪乃さんとこの道を一緒に歩いていくためにあったのだ、と、そう確信していた。



 あんな風にあっけなく消えてしまうなんて考えもしなかった。

 雪乃さんが亡くなったあの雪の日の交通事故。あれから世界は全く変わってしまったようだった。どこを向いて歩けばいいのか、自分に何が出来るのか、何もかも分からなくなっていた。逃げる様に数学に縋り付いてみても大学生の頃のように気が紛れる事は無かった。




『──名前をつけて、娘にでもしてしまったらいいんじゃない? 娘って、可愛いわよ──』




 少なくとも、婚約者を失ったうえ《妖怪》に付きまとわれていた人間に掛ける言葉では無かった。元々少し頭の螺子の外れた人だと思っていたが、これは本当によほどだと思った。


 けれど、その時の万里子さんの言葉は何もかもを失った僕の胸にひどく魅力的に響いた。


 ──娘。雪乃さんと結婚した先で、この腕の中に居たかもしれない家族。雪乃さんが母親になって、僕が父親になった、あったかもしれない未来の景色……。




『──む? 貴様、わっちの《契約印》を刻んでおるのか……? むぅ、いつの間にそのような話になったのか思い出せぬ……。思い出せぬ……が、まぁ良い。《契約》が結ばれておるということは、貴様はわっちの炎をしのぎ、生き残ったということなのだからな! 貴様も《勇者》という事だな! では改めて名乗るとしよう! 貴様の《王》となった我が名を──』




 こんなものは嘘だ。心の弱い男の、情けない現実逃避だ。そんな事は分かっていた。

 でも、それでも良かった。

 恋人を失った。思い描いていた幸福の未来を失った。

 心に空いた穴を埋めるものが欲しかった。

 歪でも、悪い冗談でも、それでも。

 僕は愛する《娘》が欲しかった。




 嘘を本当にするための第二の人生が始まった。『西壇越雪乃と結婚するはずだった凍原坂春路』という自己を見失わないため、雪乃さんの死後も西壇越家や夜不寝家の人達と積極的に関わり続けた。万里子さんが掛けてくれた《認識阻害魔術》を利用し、誰の前でも《火庫》と《フラウ》の父親を演じる様になった。勘の良い人などには違和感を抱かせてしまう事もあったが、《火庫》たちの正体に気づいたのは生まれつき《妖怪》を視認出来た義妹くらいだった。

 《二人》は僕の娘でいてくれた。その幸せな日々の前にはもう血の繋がりだとか《妖怪》であるとか《悪魔》であるとか、そんな事どうでもよくなっていた。リコちゃんも、万里子さんの次女のひづりさんも、事情を知った上で僕たち家族を肯定してくれた。それがとても嬉しかった。これで良いんだと思えた。


 ……だが。万里子さんの実父、花札市郎氏の葬儀。あの時僕は、ずっと先送りにしてしまっていた問題を自覚し、うろたえた。

 僕はきっと《火庫》や《フラウ》より先に死ぬ。遺される《彼女たち》に何をしてあげられるのか、何をしてあげるべきなのか……本当の父親だったらきっともう考え始めていたって遅くはないそれを、僕はあの瞬間までほんの一度だって考えもしなかった。




 『──お主の《娘》らは何じゃ!!──』




 天井花さんには出来得る全てで感謝を伝えなくてはいけない。

 《彼女たち》を本物の娘だと思いたかった僕は、《彼女たち》が持っていた本来の強さからずっと目をそらし続けて来た。

 だから気づけなかった。考えられなかった。

 だけどもう、今は。



『……っ! ……っ!!』



 炎が呼んでいる。懸命に僕の名を呼んでくれている。手を伸ばし、その揺らぐ綺麗な緋色に触れた。懐かしい温かさが一気に体の中へと流れ込み、失いかけていた四肢の感覚がじんわりと蘇っていった。




 ありがとう。戻るよ。

 《君たち》に愛され生きて来た、僕のこの人生の責任を果たすために。








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