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和菓子屋たぬきつね  作者: ゆきかさね
《第3期》 ‐勇者に捧げる咆哮‐
163/259

   『楽しい食事会』    4/8



「じゃあ、頂きましょうか」

 休憩室のテーブルを囲んだ七人の顔と、それぞれの前に並べた昼食を改めて確認する様にさっと見渡してから、ひづりは両手を合わせて言った。

「いただきます」

「頂こうかの」

 続いて七人分の、ぱちん、と手を合わせる控えめな音が休憩室に響いた。

 《和菓子屋たぬきつね》の休憩室がこんな大所帯になるのは珍しい事だったが、しかし食べ物に関してはひづりは最初から心配していなかった。姉夫婦はどちらもほとんど料理をしない人間で、そのため和菓子屋兼住居である《和菓子屋たぬきつね》の冷蔵庫には近所のスーパーで買い込んだ惣菜や冷凍食品がぎゅうぎゅうに押し込んであり、またレンジ加熱だけで食べられるようになるご飯も一般家庭ではそうそう無い量が保管してあったからだ。

「火庫、美味しい?」

 夜不寝リコがこそりと隣の《火庫》に訊ねた。夜不寝リコは店へ来る前に既に家で昼食を摂っていたそうで、そのため最初『ウチはいいです』とテーブルを囲むのを拒否したのだが、しかし《火庫》に『そう言わず、ご一緒させてもらいましょう?』と食い下がられ、そうしてしぶしぶながら席について、以降ひづりがいれたお茶の湯飲みを手持ち無沙汰に両手で包むようにしていた。

「ええ、これ、とっても美味しいですよ。リコさん、わっちはもう充分ですから、こちら、半分リコさんに置いておいてあげますね」

「いやいいよ。ウチも一個、晩に食べる用にとって置いてもらってるし」

「ふふ、若いのですから遠慮なんてしなくていいのですよ。すみませんひづりさん、ラップをお借りしてもよいでしょうか」

「はい、どうぞどうぞ」

 《火庫》はひょいと椅子を降りてひづりから保存用ラップを受け取ると、切り分けて残した自身のメンチカツの皿にそれをぱっと掛けた。

「良いって言ってんのに……」

 またお姉さんぶって……という心の声が聞こえて来そうなくらい肩を竦めて眉を下げるそんな夜不寝リコの姿に、ひづりはついまたクスリと笑ってしまいそうでそっと視線を逸らした。

「本当に美味しいねぇ。なんだか良いタイミングで来てしまったな」

 すると続いて市郎も機嫌が良さそうにひづりへ振った。彼が揚げ物好きだという話は以前千登勢から聞いた事があった。

「はい、このあと少し遠出になりますから、美味しいものでお腹を膨らませられて良かったです。凍原坂さん、ありがとうございます。渡瀬さんにも、次会ったらお礼を言わないといけませんね」

「いいえ。それにたぶんあいつ明日にはもう忘れてますよ、私にこれを押し付けたこと」

 凍原坂は、つい先ほど眼を覚ますも既にまた眠そうな顔でふらふらしている《フラウ》に切り分けたメンチカツを食べさせてあげながら、そんな風に言った。《フラウ》は半分夢の中に居るような具合でぴったり両目も閉じていたが、しかし凍原坂が食べ物を顔に近づけるとちゃんとぱかんと口だけは大きく開けていた。

「確かになかなか良い物のようじゃな。たぬこはどうじゃ?」

「うん、美味しい。表面がサクサクしてて、面白いね」

 こちらの《悪魔》二人もこの食事を楽しんでくれているようだった。彼女達は本来、《人間の魂》しか栄養として取り込めないが、しかしだからと言って人間の食べ物を口にするとお腹を壊す、なんて事はないらしく、また現在狐と狸という《人間界の動物》としての感覚をいくらかその身に獲得しているため、味や触感を娯楽程度に楽しむ事は可能なのだという。二人とも、夏休み以降も定期購入を続けているいつもの稲荷寿司とお酒に手をつけながら、渡瀬の土産にも明るい表情を見せてくれていた。

 それぞれ食べる物が違ったり、また既に食べて来た者が居たり、足りない椅子をフロアから持ってきたりと、普段家で父親と二人きりの食事をしている時とは違ってなかなかに慌しかったが、それでもどうにか落ち着いての昼食になっただろうか、とひづりも少し気を緩め、他愛のない世間話が交わされる店の食卓を楽しんだ。





「おやひづりちゃん、もう用意出来たのかい」

 着替えを終えたひづりがフロアへ出ると、お座敷席で凍原坂と話をしていた市郎が気づいて顔を上げた。

「はい、お待たせしました」

 ひづりはすぐ駆け寄って、立ち上がろうとする市郎の手を引いてあげた。ありがとう、と市郎は嬉しそうに笑った。

「凍原坂さん、今日は美味しいお土産と、孫たちの話を沢山聞かせてくれて、本当にありがとうございました」

 市郎は靴を履くと改めて深く凍原坂に頭を下げた。

「いいえそんな。私こそ、とても楽しいお食事に誘って下さって、ありがとうございました」

 凍原坂もぴしりと形の良いお辞儀をした。今日だけで二人はずいぶん打ち解けた様子で、ひづりも嬉しかった。

「すみません凍原坂さん、今日姉さんが居なかったのに、《治癒》の時間をとれなくて……」

 戸口へ向かいながらひづりはこそりと、食事中にもした謝罪をもう一度凍原坂にした。ひづり達とはすれ違うはずだった凍原坂が偶然早めに店へ来て、そしてちよこが居ない、という、店で凍原坂への《滋養付与》を行っても問題ない条件が揃っていたのだが、しかし昼食を囲んだ雑談が殊の外盛り上がってしまって、ひづりはすっかり時間を忘れて話し込んでしまったのだ。

「いえ、食事の席でもお話ししましたが、誇張でも何でもなく、金曜日から本当に全く疲れなどは感じなくなって、頭も体も以前の様に調子よく動くようになったんです。ひづりさん。今後の施術ですが、本当にひづりさんのご都合の良い時でだけ良いんですよ。学校の勉強と並行して《魔術》の勉強もされながら、こうしてお仕事もされているんです。お疲れの時は、本当に、私のことなどよりご自身のお体を大事になさってください」

 凍原坂が改まってこちらの顔を真っ直ぐ見ながら如何にも真面目な表情で言うものだから、ひづりは「しまった、逆に心配させてしまったか」と自身のうかつさを思った。

「お主が《フラウロス》から《魔力》を受け取っておるように、ひづりもわしから《魔力》を得ておるのじゃ。その様な心配はするな」

 すると会計台横の給湯室から天井花イナリがエプロンで手を拭いながら出て来た。傍らには和鼓たぬこも居た。

「もう出るのか?」

 天井花イナリは穏やかな声音でひづりに訊ねた。八月のお盆同様、彼女は死者の魂を想うこのお彼岸という行事を好意的に捉えてくれていて、またひづりの「花札家と官舎家の間を取り持ちたい」という願いについても、数日前から親身に話を聞いてくれていた。

「ひづりさん、お盆……の時と同じ、実家に行かれるんですよね。遠いんですよね。車に気をつけてくださいね」

 和鼓たぬこはそう言いながらそっと両手を伸ばしてひづりの両手を掴み、そのまま柔らかく包み込むようにした。ひづりも彼女のその暖かい手を優しく揉み返した。

「はい、気をつけます。行ってきます、天井花さん、和鼓さん」

 ひづりは二人にぺこりとお辞儀をして、それから和鼓たぬこの手をやんわりと離し、肩に提げた鞄の紐を整えた。

「ほら急いで《フラウ》。ひづりさん、行ってしまうわよ」

 するとぱたぱたという慌しい足音と一緒に《火庫》と《フラウ》が従業員室の暖簾をくぐってフロアに出て来るのが見えた。おお、二人もお見送りしてくれるんだ、とひづりはつい嬉しくなって顔がニヤつくのを抑えられなかった。

「リコさんもほら、お見送りしなくてはいけませんよ」

 《火庫》は、「ああ忙しい忙しい、見送りなんてやってられないわ」という風にフロアの隅の方ではたきを振り回していた夜不寝リコを問答無用で捕まえると、そのまま《フラウ》とまとめて引っ張ってひづりの前に連れて来た。

「あぁーと……じゃあ、行ってきます。《火庫》さん、《フラウ》さん、夜不寝さん、お店、お願いしますね」

「ええ、行ってらっしゃいませ、ひづりさん」

「……はい、行ってらっしゃい」

 《火庫》はニコニコと愛想よく、夜不寝リコは無表情のまま視線をどこかへ放り投げながら、ひづりにそう返した。《フラウ》は立ったまま寝ていた。





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