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和菓子屋たぬきつね  作者: ゆきかさね
《第3期》 ‐勇者に捧げる咆哮‐
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6話 『お彼岸と花札家』   1/8



 6話 『祖父』




「ありがとうございました。またいらしてください」

 《和菓子屋たぬきつね》が店主の意向によってメイド喫茶風に模様替えされてから初めての日曜日。物珍しさばかりで集まったものだろうと思われた客足は、しかし需要のある層の耳に届いたのか眼に見えて増え続けており、先週の営業再開日と同じくらいの賑やかさを店内に満たしていた。休日であるから、普段放課後しか働けないひづりも今日は朝から店へ出ており、今も会計を済ませた一組の客を戸口で見送った。

 派手なポスターだのやけに明るい照明だの明らかに配置し過ぎな造花のプランターだの、改装後そうした変化に驚く常連客はやはり多かったが、しかし「ちよこちゃんのやる事ならまぁ仕方ないか」と、誰もがこのすっとんきょうな変化を受け入れている様子だった。

 そんな《和菓子屋たぬきつね》であるから、昨日からまた一つ《大きく変わった物事》があっても、やはり誰もさして驚いてはいなかった。

「……あの子、ずいぶん雰囲気変わったね。何か良い事でもあったのかな?」

「普段クールでお人形さんみたいな雰囲気だった火庫ちゃんも大好きでござったが、今日のとっても元気な火庫ちゃんも実に可愛いでござるな……ここの経営者、サービスというものが分かっておられる……」

 通り掛ったテーブルから、昨日と今日でもう何度目だろうというそんな会話が聞こえて来て、ひづりはまたその《変化》に視線を向けた。

「はいっ! ご注文、承りました! すぐにお持ち致しますね!」

 店主に買い与えられたメイド服のフリルや長いスカートの裾をふわふわと揺らす《火庫》が、軽い足取りで注文票を片手に和鼓たぬこの居る厨房へと駆けて行った。

 凍原坂への《滋養付与》を開始し、《火庫》がどうやら西檀越雪乃の生まれ変わりらしいと判明してから、二日。まるで別人のようだ、というのがひづりの正直な感想だった。可愛らしい声ながら落ち着いた大人の女性のような物腰で接客をしていた数日前までの彼女がもう嘘のようだった。また勤務中だけでなく、彼女は昨日の出勤時から既にこんな具合で、退勤後に凍原坂が迎えに来た時もやはりこんな風にきらきらと輝く笑顔で頬を赤らめていた。

 自分が凍原坂のかつての婚約者の生まれ変わりで、そしてそれを彼に正面から受け入れてもらえた……。彼女にとってそれはここ一ヵ月半ほどの憂いを丸ごと吹き飛ばし、勢い余って心持ちまで大きく変えてしまうほどの事だったらしい。ひづりもそうした彼女の嬉しい気持ちがまるで分からないでもなかったので、特に指摘もせず、その元気で可愛らしい様を横目に今日もこの忙しないフロアの仕事に勤しんでいた。

 ただそんな《火庫》の変化を思う度、ひづりは昨日の夜不寝リコを思い出してついニヤリと笑ってしまうのだった。

 昨日、夜間に止むも雨の湿気が未だ残る《和菓子屋たぬきつね》の店内で、『どうやら自分の実姉の生まれ変わりだったらしい姪』と再び従業員として顔を合わせた夜不寝リコは、《火庫》とは対照的に、もう分かりやすく表情と雰囲気が硬かった。


『昨日からやけに火庫が電話をしてきて……ウチにかまってくるというか……お姉さんぶってるというか……。いや別にそれは良いんだけど……。春兄さんも戸惑い気味みたい。でも、やっぱり死んだ姉さんが生き返ったみたいで、嬉しいのかな……。よくわかんないけど、幸せそう……』


 休憩時間にそれとなく訊ねてみると、急に変わった環境で気疲れしたのか、夜不寝リコはそんな普段ならひづりの前では口にしなさそうな話をぽつりと零してくれた。《火庫》が自分の実姉の生まれ変わりであるという事実を彼女も彼女なりに、凍原坂と同じように受け止めようとしている様子だった。

 凍原坂家と夜不寝家は、秘密を共有している彼ら彼女らの間だけではあるが、金曜日の出来事を以って少しだけ関係が変わり、そして今のところそれは恐らく彼女達にとって明るく、良い方角を指し示している。ひづりはそれが嬉しかった。ちょっと人としてどうかと思うし勘弁してくれと思う瞬間もかなり多いがそれでもひづりは姉のちよこを今でも姉として大事に思っており、だから物心つく前に実姉が他界したという夜不寝リコの話を聞いて少しばかり、本当に少しばかりだが、気がかりだったから。一昨日の出来事を経て姉に振り回されるようになった夜不寝リコの姿に、どうしようもない自嘲を込めた共感が胸に湧くのを、ひづりはちょっとだけ面白く感じていた。今後もそうした彼女と《火庫》の新鮮な姉妹としてのやり取りは、勤務中のひづりにとって、また店に訪れる誰かにとって、ささやかな癒しとなることだろう。

 とはいえ、今日は後四十分ほどでひづりの仕事はあがりである。夜不寝リコはその時入れ替わりで出勤してくるので、本日姉妹のやりとりを眺めるのは挨拶程度のものになりそうだった。

 そう。そうなのだ。ひづりには今日この後、一つ大きな用事がある。《火庫》だけではない、今朝からどうにも気持ちが浮ついてしまっていたのはひづりも同じなのだった。

「ごめんください」

 内心の落ち着かなさが外に出てはいまいか、とこの後の事を思い、改めて背筋をぴんと伸ばしたり制服の襟元など触ったところで、不意に戸口の方でその声がしてひづりはぎくりとした。

 あまり聞き馴染みがある訳ではなかったが、しかしやはりどこか母や千登勢と似た響きを持つその声は、騒がしい店内にあっても真っ直ぐにひづりの耳へと届いた。

 ひづりは咄嗟に駆け出してすぐその声の主の元へと参じた。

「いらっしゃいませ。……ええと、市郎、おじいちゃん」

 昨晩からこの瞬間を何度も頭の中では練習したものの、本人を目の前にすると考えは全て真っ白に吹き飛んでしまって、ああ困ったどんな風に接したものかと戸惑い、ひづりは結局しぼんだ声をはにかんだ笑顔から転がしてしまった。

 けれど整えた身なりで《和菓子屋たぬきつね》の戸口に立った花札市郎は何を嘲るでもなく、ひづりの出迎えに嬉しそうな微笑みを浮かべてくれた。

 九月二十四日。本来は昨日であったが互いに都合が合わなかったお彼岸を一日ずらした今日、官舎家と花札家は行おうという話になっていた。




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