第一総灯(1~4灯)
<1灯>
Tso
それは最近、あの話題のゲーム機VRを用いた新感覚本格VRMMOだぁ!
万物を通ずる境界樹が宿ると言われている
《鍵界》を舞台とした世界。
10の国を巡るもよし!
ギルドに属し、依頼をこなすもよし!
好きに生きろ!
さぁ、冒険者達よ新たな世界を己の足で歩め!
Tsoは近日発売!
ープチッー
……、最近、このCMの出てくる頻度が増えてきた。
俺はこのゲームが楽しみで仕方ない。
CMのグラフィックもさることながら、期待度も高い。
もちろん楽しみにしているのは俺だけではない。
まだ発売していないにも関わらずたくさんのゲーマー等がこのゲームをテストプレイした後に、
「このゲームはヤバい!」的なコメントが殺到している。
その人気は今知っている段階でも予約半年待ちとなるくらいだ。
しかし、俺はかなり早めに予約しといたので明日の放課後には届いているはずだ。
「あぁー、早く遊びてぇ。」
俺は何も映らないテレビ画面を眺め、ソファーに腰を降ろして本音を呟く。
……、何の意味もないのはわかっている。
テストプレイした者達がコメントしていた「ヤバい」はバグ的意味では無いだろう。
何故ならこのゲームの制作会社はチート、チートバグ、バグがあまりにも少ないことで有名なゲーム会社〔TOKISDEO〕だからだ。
そこの社長がニュースを通して『当社の歴代史上最高峰のゲーム』と語っている。
ちなみにこの社長は超辛口のゲームソムリエでもある。
ありとあらゆるゲームを多岐にわたり1週3本の動画を寝る間をすり減らして生声実況しており、的確な評価と攻略、解説が大ブーム!
某動画アプリのチャンネル登録者数は今では600万人を越えており日に日に増え続けている。
面白いネタもいい感じに挟んでくるのでこの方の動画は飽きないッ!
ーーおっと、話が随分ずれてしまったな。
まっ、いっか?
ふとテレビの上の時計に目を向けると時刻は午後の11時になっていた。
テレビの見すぎだな。
もう寝よう。
俺は明日に期待を膨らませて寝室へと向かった。
ーーその翌日。
~ヤクが通うとある高校にて~
ーーキーンコーンカーンコーンーー
これは朝のチャイムでも、昼休み終了のチャイムでもない。
そう、放課後のチャイムだ。
Tsoの妄想に浸っていたら青春の淡い一日を潰してしまっていたらしい。
そんな事より、俺は今。
Tsoの事しか考えられなくなっていた。
あぁ、遊びたい遊びたい遊びたい!
ーーそうだ!
こういう時こそ帰宅部Lv99の力を発揮するときだ!
俺は脳内で我が家までの最短ルートを考え。
クラウチングスタートで猛ダッシュ帰宅をはじめた。
<2灯>
ードドォン―
ありえないはやさでドアが開かれた。
「ただいま―っ! おい! 親父ィ!
ゲーム届いているか?」
「あぁ、届いたぞい、ほらよっとその前に……」
「勿体ぶるな! はやくくれよ!」
俺が恐喝混じりに声を荒げているにも関わらず、
親父は大人しく渡そうとする素振りすら見せない。
それどころか、余裕の笑みを浮かべながらゲーム機を抱き抱えて椅子に腰をかける始末。
その様はまるでどこぞの女王様だ。
「息子よ、このゲームを買ったのは誰と心得る?」
「ーーッ!」
そう、親父の言う通りだ。
俺は予約こそしたものの、このゲームは良心的な給料のバイトを週3入れて半年かけた俺でさえも買えるほどの金額ではないので。
誕生日プレゼントという名目で親父に頼んでおごってもらったのだ。
ただし条件付きだ。
ーーって、俺!
今、取り返しの付かないことしたんじゃ?
いや、まだ間に合う!
「生意気な口きいてすいませんでしたぁあ!」
俺の帰宅部技【バク宙土下座】が炸裂!
これで何とかなるはず……
「わかれば良いのじゃわかれば。
条件を忘れたとは言わせないぞ?」
親父は余裕の笑みから一転。
黒い笑みへと瞬時に変えた。
「学年テストランキングTop10入りなんて楽勝だぁああ!」
俺は今日一番の元気でそう言い放ち。
少し強引に親父からゲーム機を取り上げ、またもや帰宅部技を使い自室へ軽やかなステップを踏んで向かった。
帰宅部技の前では親父の足止めも全くの無力であった。
ーバタアンッー
家のドアを開いた時と同じ様な早さで俺の自室のドアが閉まった。
否、俺が閉めた。
そのおかげか、あの親父も3回ノックした後に俺の自室の前を去っていった。
当然、このチャンスを俺は見逃さない。
俺は欲望のままにゲーム機を包むものを破壊する。
それほどまでに、俺は今すぐ遊びたいのだ。
最初に目に入ったのは説明書だ。
まぁ、初めて使う機器だし、読んでおくに越したことはないだろう。
俺はゲームの説明書を注意深く読んでみることにした。
まずは最新のゲーム機VRの説明を黙読する。
ーー商品を御購入戴き誠に感謝致します。
この機器は脳を催眠状態にすることでまるで仮想世界に行ったような体験を五感をもってお楽しみいただけます。
使用して一時間以上経ちますと自動的に
電源をOffにしますーー
成る程、流石は[TOKISDEO]がつくった専用VRだ!
ゲームによる廃人化を防げるではないかッ!
更にこの機器は電源を切ると12時間は機能しないという徹底ぶり……
そこに痺れるし憧れるぜ!
あぁもっとだ。
もっとTSOについて知りたい!
俺は更に黙読を続けるのであった。
<3灯>
「……、長ぇよ。」
期待して読んでたらなんだよコレ?
説明長すぎだろ!
危うく寝落ちするところだったぜ☆
こういう時は風呂に入って気分転換だ!
***
ーチャプンー
「はふぃ~ん! 気持ちいい~!」
いい湯加減だ。
俺は浴室のガラリと空いた窓から、
ゆったりと夜空を見渡す。
今日は星も月も俺を祝うかのように煌めいてやがる。
特に、牡牛座の星座は俺の目を引いた。
俺に何かを訴えるように輝くその様は実に面白く、儚い。
空に舞う、美しき花魁の如し夜景につい、頬が緩む。
「ふは、はーっはっはぁあ!」
「うるせーぞ、馬鹿息子ォオ!」
「さーせん!」
どうやら次はオヤジが風呂のターンらしい。
そんな訳で俺はオヤジに風呂タイムを譲ることにした。
***
~自室にて~
ーーバフォンーー
自室に戻った俺は風呂によって癒された身体を
ベットに倒して独り言で盛り上がる。
「いゃ~、運営マジ神っすわ!
ネカマ化、ネナベ化が強制。
しかもそれが公式仕様なんだぜ!」
っつーことはネカマしても、差別行為を受けない。
だってみんなネカマかネナベだし。
バレずにネカマ歴5年通した俺が求めていた
神仕様なんだよ!
さーて、始めるとしたら……
種族はライペン族にしよっかな!
ケモナーの俺にはぴったりだ。
冒険家職業はそうだな、槍を振り回したいから
勇戦騎にしよう。
よし! 決まったぜ☆
レッツ、装着!
ーーガチャッーー
あれ? 暗闇?
そうか、これからアバター設定が始まるのか。
[正解です、私はこのゲームの設定音声ナビです。]
「おわわーっ! 声が直接脳内来たーーッ!」
よし! ちゃちゃっと設定だ。
***
[種族は、聖獣族の白猫科。
金髪碧眼、容姿年齢は17、アンダーヘアー無し。
スリーサイズは……なるほどいいバランスです。
アバター設定色々見てきましたがまさかこの短時間で
ここまでの美少女をつくるなんて!
あなた、かなりネカマやってますね!
何? 男を公園に誘いたいの♂
野獣なの? 先輩なの?
聖獣だけに?
ぷぷ~っ!
…………こほんっ。
これで宜しいですか?]
「あぁ!」
おい、誰だこんなにウザいナビ作ったやつ。
ネカマ強制されてんのに初っぱなから
ネカマいじめ始まってるんですけど?
ナビが全力で煽りに来てるんですけど?
もう、俺のHp0だよ。
あっれれ~? おかしいぞぉ?
目から汗が出てる気がする。
……あぁ、そうか。
やっぱり「神ゲー」なんてなかったんや……
っつーわけで、俺、このゲーム引退するわ。
ーー完ーー
[ちょーっと、待って。
勝手にエンディング迎えないでくれます?
私が悪かった、すいませんでした!
何でもするから引退だけは勘弁してください!]
「ん? 今、何でもするって?」
[くっ! はめましたね!]
「いや、お前が自分から自爆しただけだろ。
ま、引退の件は……
お前のガッツに免じて引き下がってやろう。
だが、俺の『何でも』に付き合え。約束だ。」
<4灯>
「教えろ、鍵界のはじまりを!」
[私がそれを知ってるとでも?]
「お前はただの音声ナビじゃねえ。
俺の推測だが、お前はその世界の『哲学者』。
もし、そうでなくとも話して貰うぜ。
『約束』だからな。」
[仕方ないですね、お話致しまょう。]
▽▽▽
昔々、闇に包まれた灯されない岸から黒い亀が陸にあがりました。
陸には一匹の白い虎が『見えない何かに灯されている樹』の傍らで佇んでいました。
亀は陸を見て絶望しました。
陸には樹が一つしか存在しない。
闇に包まれていたのは海や岸だけではないようです。
亀は思います、何の為に陸へ? と。
外の世界は光に満ちている!
というその期待を裏切られたのです。
しかし、亀は絶望と同時にただひとつの希望を見つけました。
何故かはわかりませんが黒い亀はその樹に彩られた美しく気高き虎に憧れました。
それが全てのはじまりーー
△△△
「ほぅ、やっぱりお前は哲学者だな。
なぁ? もうひとつ聞いていいか?」
[なんです?]
「『樹』は嗤いますか?」
[岸を語れば嗤いますよ。]
「岸を語る? それってどういうーー」
[ーーおっと、残念な事に時間が来てしまったようです。
では、またの機会にお会いしましょう。]
「おい、勝手に逃げんじゃ……」
ーーパァッーー
くっ、眩しいッ!
ーーー。
光は数秒でおさまったので俺はゆっくりと目を開けた。
ってここはどこだ?
あ、そうか。
この見覚えのない部屋。
俺はアバター設定タイム制限を越えて強制転移されたのか。
この部屋、フルの木製だ!
木々の薫り、重厚感ッ!
ファンタジー心がくすぐられるぜ!
でも、不思議だ。
これ、完全に女の子の部屋だし……
俺、ゲームの世界に入ったと言うより
転生したって感じだな!
[正解です!]
「おっ、脳内に直接声が!
でも、コイツ。俺の知ってるナビと声が違う!」
[あぁ、すいません。
あのナビはとある事情で処分されました。
まぁ、その話は忘れましょう。
変わりに僕がこのゲームの仕様を教えます。
このゲームは自分の作ったアバターに
転生し、冒険家になるゲームです。
あなたの今の存在は貴方であって貴方ではない。
今の貴方はウッドマ連邦の村娘です。]
「じゃあ、どうやってplayerとncp見分けんの?」
[マップを参照して下さい。]
「マップよ開け!」
俺はお決まりの言葉を発して出るかも分からない表記を呼ぶように唱える。
ーープウンッーー
おぉすげぇ!
なんか村のマップが目の前に現れた。
液晶が召喚されたと思った俺は
気になって触れてみるが触れられない。
マップには青の丸マークと赤の丸マークがあるし、
……何だこれ?
マーク内に星マークが付いてる奴もある。
全くもって分からん。
[マップに映っている丸マークは生物です。青は男、赤は女。星マークはplayerです。
どう? 分かりやすいでしょう?]
「それな!
んで、俺これからどうすればいいの?」
[冒険者登録しに行ってください。
親が先導してくれるのでそこでじっとしていて下さい。]
「はいよ」
ーーバンッーー
返事をした途端に部屋のドアがおもいっきり開けられた。
親のお出ましか?
「ヤクちゃん、起きてる!
うん、起きてるわね?
ほら、身支度さっさとしなさい!
イムティール帝国ギルド行き十人馬車は
待ってくれないのよ!」
うわ、なんかめっちゃ世話焼きなオカン来た。
変に答えるとダルそうなのでここは大人しく頷いておこう。
「……うん」
「うんじゃないわよ!
女の子でしょ?
なんでそんなに寝巻き崩すの? はしたないわね。
可愛いいのにもったいないわ!
もういい、私が着替え手伝ってあげる。」
***
……そして、俺はギリギリで
十人馬車に間に合ったのであった。