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始まりのパーソナルワールドⅡ


 教室からぞろぞろと出てくるクラスメート達。その内の何人かが俺達に気付き、授業サボったな、なんで俺も誘わなかった、などという悪ノリじみた冗談をかましてくるやつらも居た。どうでもいいが、ポーターの姿を見ても誰一人として驚かないということは、彼女は全ての人間の記憶を操作しているのか、普通の人間には見えなくなっているのかもしれない。


 実際に一度記憶の操作を受けている俺は、どうやら感覚が麻痺しているらしい。そんな摩訶不思議な仮定を建てる事に抵抗は無かった。


 そして授業をサボった俺達に文句を言ううちの一人に、芹沢が居た。


「いやー、俺が持ってる写真が羨ましくなって、俺に合わせる顔が無くなっちまったのかと思った」


 と芹沢は言うが、あながち間違いではない。お前と顔を合わせたくなかったのは事実だからな。


「そんなんじゃねぇよ。ただ……」


 俺が適当な事を言って誤魔化そうとしていた時、ポーターが芹沢の背後に回りこみ、そして彼の影を踏んだ。


 おそらくあれが、心の世界へ入るための条件のひとつなのだろう。


 そして彼女は呟く。


「――コネクト」


 途端に体が沈んでいく感覚に陥った。まるで影の中に吸い込まれていくかのような感覚だが、視界から確保出来る情報の限りではそんな事は無いようだ。眩暈に似た感覚かもしれない。 


 そして次に、スローモーションで瞬きをしたかのように、視界が外側から徐々に暗くなっていく。半分ほど黒に塗りつぶされてからは一瞬で真っ黒になった。


 その黒が振り払われたのもまた一瞬。視界にはすぐ光が差し込んだ。


 だが、景色は変わっていた。


 俺達は廊下に居たはずだ。しかしそこは、廊下であって廊下ではなくなっていた。


 形こそは学校の廊下で間違いないのだが、色やデザインが変わっているのだ。白かったはずの校舎の壁が、何故かほの暗いピンクになっていた。


 そして何より変わっているのは、配置されている人間の服装だ。


 スク水だった。


 スク水で校舎を歩いていた。


 ちなみに全員女子である。男は居なくなっていた。


 女子だけがこの世界に残され、そして余す事なく全員がスク水を纏っている。


 言ってしまえば確かに、目の保養にはなる。この学校はなかなかどうして女子のレベルは高いほうだと思うから、目に毒ということは無い。


 しかしそれにしたって、スク水で校舎を歩いているのはどうかと思う。


「これが、芹沢君の心の世界……?」


 戦慄したようにツキヒが呟くと、ポーターがそれに頷いた。


「パーソナルワールド、ってあたし達は呼んでいるわ」


 個人の世界。成る程、確かに心の中というのは最大のプライベート空間だ。なかなかに的を射た命名だろう。


 つまり。


「芹沢は救いようの無い変態だってことで間違いねぇらしいな」


「うん。これは引く」


 ツキヒの同意も貰ったが、これはどこまでピクシーの影響を受けている状態なんだ?


「で、俺達はどうすればいいんだ?」


 そういえば、芹沢本人の姿が見当たらないが。


「宿主が居そうな場所はどこ?」


 質問したのは俺のはずだが、ポーターからは返答変わりの質問が返された。


「パーソナルワールドの住人達はどれもただの概念でしかないから感情とか持ってないけど、宿主本人は心の寄り処にしている場所に固定されている場合が多いわ。もしくは、思い入れのある場所ね」


 成る程。つまり……教室だな。


 がら、と教室の扉を開けると、芹沢はなんと自分の席に座って、幸せそうに水着女子達を眺めていた。


 さて、殴るか。


「待ちなさい。まだ勝手な行動はしないで」


 芹沢へ歩き始めたところでポーターに止められた。なんだ、あれを殴ったら駄目なのか。


「あれはつまり宿主の心の核だから、攻撃を受けたら心にダメージを負うわ」


「なら殴ってもいいじゃねぇか」


 俺は今、まさにそれがしたかったところなんだ。


「つ-かよ」


 俺を制止しているところ悪いが、俺以外にも既に動いてるやつが居るんだが。


「ツキヒが芹沢を殴ってんのは止めなくていいのか?」


「待ちなさいって言ってるじゃないのおおおおおお!」


 無言で芹沢を殴っていたツキヒを羽交い絞めにして、ポーターはなんとか芹沢の安全を確保した。


「なんなのこれホントなんなの! なんで天使見習いのあたしが人間を庇って、人間のあんたらが人間を傷付けてんの! おかしいでしょ!」


「どうでもいいのだけれど、叫ぶの辛そうだね」


「ほんっとどうでもいい! なんで無言で、無感情に人を殴ってんのよ! サイコ!? あんたら他人に無関心なうえサイコなの!?」


「俺達は善良なるただのヲタクだ。つか、どうでもいいなんてことはないだろう。俺にはお前が楽しそうに見えるぞ」


「あたしが楽しいんじゃなくてあたしを困らせるのを楽しんでるだけでしょうが!」


「はぁ? 何言ってやがる。そんなこと」しか「ねぇよ」


「今不自然なところに間があったのはいったい何かしらねぇえ!?」


「そんなに怒らないでよポーター。謝るから」


「あんたらが怒らせてるんじゃないの!」


「ごめんごめん。ところで、僕は芹沢君を殴るのに忙しいから、説明とかは後でいいかな」


「そもそも話を聞いてないじゃない!」


 元気だな、こいつら。


「とにかくよ」


 暴走しかけていたツキヒをなんとか止めたポーターはごほんと咳払いをした。


「ここがパーソナルワールド。そして、あの男の周りでピカピカ光ってるのが今回のピクシーよ」


「驚いた。あれは芹沢の心境を表した光じゃなかったのか」


「ピクシーよ」


 幸せそうな表情にあまりにもマッチしてたもんだから、てっきりあれも心を具現化したものなのかと。


 ……待て、あの光ってんの、よく見たら宝生のスク水写真じゃねぇか。写真に羽が生えてパタパタ飛んでんぞ。


「ピクシーの姿形は色々あるわ。で、今回はああやって光の粒みたいになってるの。あれを全部処理すれば討伐完了」


 俺はあの写真よりも芹沢に攻撃したいんだが……。


「で、倒し方はどうすればいい?」


 ドサクサに紛れて芹沢も攻撃しよう。やる事はしっかりやるさ。やる気のある内に。


「物理攻撃も効くわ。でも、それだと効率が悪いから、こっちも心を具現化した武器で戦うの」


 成る程、ピクシーに出来る事がある程度なら俺達にも出来ると。


「具体的には?」


「簡単よ」


 そう言ってポーターは、「アクセス」と呟く。


 すると、俺とツキヒの眼の前に光の筋が奔った。


 それは徐々に形を成していき、最終的には武器のような形に。


 光が消えると、そこには光が象っていた通りに武器が現れた。


 俺の目前にはシンプルな日本刀。ツキヒの目前には骨を削って作ったみたいな弓。なかなかどうして中二心を揺さぶる組み合わせだな、とは思ったが、成る程、俺達の心を具現化した、というのは確からしい。


「これ、矢が無いよ?」


 弓を眺めながらツキヒが問うと、ポーターはそれこそ簡単そうに答えた。


「構えれば出てくるわ。心を具現化した武器だから、初めてでもある程度使いこなせるはずよ」


 ご都合的な設定だなおい。つーことは、弾切れとかが無いって考えて良いのか? だとしたら俺の日本刀も刃毀れが無いって考えて良さそうだが。


「というわけで、ちゃっちゃとピクシー退治よろしくー」


 まるでピクニックで子供を野放しにする親のように適当な説明しかされてねぇ気がするんだが、まぁいい。これであの光を切ればいいわけだ。


 刀を構え、一気に踏み込む。


 そして一番近くにあった写真へ一閃。スパッと切れたそれは二つに分かれ、ばらばらになった後、霧散して消えた。


 ツキヒのほうも弓矢を使いこなしたようで、俺が切った光の隣にあった写真に骨の矢が突き刺さった。


 矢が貫通した光は骨と共に消える。


「うわ、本当に当たった」


「やるじゃねぇか」


「当然よ、そういう力なんだもの」


 初っ端から調子が良いな、と余裕を見せた、その瞬間の事である。


「あああああああああああああああぁぁぁっぁぁぁぁぁぁぁぁああああああ!」


 突如、芹沢が悲鳴を上げた。


「ひうっ!」と喉を鳴らすように驚くツキヒ。


「うぎゃ」と男勝りな悲鳴を上げるポーター。


「あぁ?」俺だって驚いたが、それよりも間近で大声を出された事への不快感のほうが上だった。


「俺の妖精たんに、なぁあにをするんだぁぁぁぁああああああ!」


 鬼のような形相で立ち上がる芹沢。成る程、これがこいつの心の声か。


「その妖精たん達は、プールの授業が無くて悶々としていた俺にせめてもの情けをかけてくれた優しい妖精たんなんだ! オアシスなんだ! それを……それを……。きぃさぁまああああああ!」


 …………うぜぇ……。


「ちょっと藤枝! そいつはそいつの心なんだから切っちゃ駄目だって言ったじゃない!」


「安心しろ。峰打ちだ」


「ダメージ与えちゃ駄目なのよ!」


 いいんだよ、これくらい懲らしめたほうが。こいつのためにもなる。


 芹沢も攻撃してすっきりしたところで改めて残りのピクシーを確認。あと一匹だから、もう片付くだろう。


 そして最後の一匹を俺が切り捨てるのと、ツキヒが放ったのであろう骨の矢が芹沢の腹を打ち抜くのは同時だった。


「……あ」


 思わず漏れた声。これ、芹沢死んだんじゃね?


「ちょっと月島! あんた、何やってんのよ!」


「いや、でも、大丈夫だよ。ゾンビは頭をやらなきゃ死なないらしいし」


「あれはゾンビじゃないわよ!」


 まぁ、急所でも無ければ死なないだろ。失血にさえならなければ問題は無いはずだ。


「ポーター。これで終わりなら、さっさと元の世界に戻せ」


 言うと、ポーターは「まったく最悪の連中と契約しちゃったわ」とか言いながら頭を掻いた。


 そして。


「シャットアウト」


 そう唱えると同時に、俺達が居た世界は、元の世界へと戻った。


 手に持っていた武器も消え、休み時間の平和な雑多を取り戻した廊下は、至っていつも通りだ。

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