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暴走系のエンジェルⅡ


 結局、芹沢曰く断罪が俺に下される事は無く、しかし何度も絡まれその都度つど見せられる宝生のスク水写真を千切っては捨て千切っては捨てを繰り返していた。本当に何枚も持ってたぞあいつ。まじで病気か?


 どうでもいいが写真だけではなく携帯のほうにもデータがあるらしい。メールでも宝生のスク水写真が送られてきた。それを削除している最中、身に覚えの無い謎のムービーデータがあったためそれも削除しておいた。芹沢から送られたウイルスという可能性もあるからな。


 それと、悪い夢でも見たのだろう、魘され続けていたツキヒは結局昼休みまで起きなかった。


 そういうわけで俺はようやく起きたツキヒを引っ張って、片手には記憶の齟齬に関して書き綴ったノートを持ち、食堂へ向かっていたのだが、


「うす、藤枝に月島」


 そう言ってニヒルに笑い、片手を上げたのはピンクのロングヘアーを引っさげた美少女だ。


「あれ、ポーター。どうしたの? ポーターも学食?」


「まーね。んで、あんた達の姿を見かけたから一緒に食べてあげようと思ったわけよ」


 強気な性格というかなんというか。ようはぼっち飯を免れるために俺達と一緒しようって魂胆だろ?


 昨日一緒に遊んで、気付かないうちに帰っちまった薄情なやつだが、数少ない俺とツキヒの友人だ。そいつがぼっち飯を食いたくないってんなら力も貸すし、なにより、


「俺もお前に聞きたい事が出来たから調度良いな。美味くも無い学食で昼飯を済ませるとしようか」


 そう言い捨てるようにして、俺は先に学食へ。販売機でチケットを購入し、カウンターへ向かい、中に居るおばちゃんにチケットを渡す。それだけの工程で飯が食えるのだから、学食のシステムはなかなかどうして便利だと思う。


 一分するかしないかで注文したうどんが出てきて、まだ待っているツキヒとポーターを置いて一人席に着く。なるだけカウンターから離れた、奥の席をチョイスした。


 中に居る生徒の数はそう多くないし、俺がツキヒを起こしてから学食に来る、という無駄足を踏んでいたからか、殆どの生徒が食べ終わっていた。俺達が食べ終わる頃にはほぼ貸切になっていることだろう。


 周りを観察しながら、うどんに七味をかける。ついでに持ってきていたノートの中身も確認しておいた。


 そうこうしているうちにツキヒとポーターが席に着く。


「なにそれ、信じらんないんだけど!」


 俺のうどんを見たポーターが声を荒げた。


「その七味の量、尋常じゃないんだけど! それはもううどんじゃないわ! ただの七味よ!」


「そういうお前の飯はただの白米じゃねぇか」


 白一色だぞ。それを飯と言えるのか?


「ちゃんと黒ゴマもかかってるじゃない! ここのおばちゃん、味付けに塩も振ってくれたわ!」


「手ぶらで学食に来たやつが白米しか注文しなかったら、可哀想にもなるわな」


「殆どオニギリだよね、それ」


「うっさいわよ! お金持ってないんだから仕方ないじゃない! それに私は、ご飯なんて食べなくても平気なのよ!」


 あーはいはいそうですか。なら食べなければいいのにな。


 食べ始めると三人が無言になった。食べる時はあまり喋らない。これ、マナーな。


 そして自称絶食少女のポーターは白米を頬張るのに必死になっていた。相当飢えてたんだな。昨日のイチゴオレで全財産を失ったのだとしたら可哀想なものだ。俺のコーヒーと一緒にツキヒに倒されたわけだし。


 さて。


 飯も食い終わった。周りに人も居ない。そろそろ話題に触れるか。


「なぁポーター」


「なによ」


 意地汚く茶碗を眺めていたポーターが、その視線に刃を宿して俺を睨んできた。だが今はそんな事どうでもいい。


 とにかく、本題だ。


「昨日から俺の記憶がおかしいんだが、お前、何か知ってるか?」


 その言葉が地雷だったかのように、一瞬だけ空気が固まった気がした。


 しかし当然そんな事は無い。固まったのはツキヒとポーターの動きだ。


「孝一郎」最初に動いたのは、不安げな表情を浮かべるツキヒだった。「やっぱり孝一郎は、アルツハイマーだったの?」


「やっぱりってなんだ。お前はなんの話をしてんだ」


 しかも真剣な顔で言うな。


 そしてポーターはと言うと、どうして、というような、驚愕を浮かべていた。


 当たり、か。


「確認させて貰うが、俺とお前は昨日、久志の家に行ってゲームをして遊んでいたな」


「なにを今更言ってるのさ孝一郎」


「そうよ、なんでそんなこと確認する必要があるの」


 二人して早漏なのか? もう少し人の話を聞けよ。


「その時に、久志がジュースを床に溢して、それを拭く、というアクシデントがあっただろう。俺はそれをムービーに撮影していたはずだ」


「うん、撮影してたね。僕は撮影してるふりだって信じたかったけど」


「まぁ、あたしがやれって言ったことだものね」


「そのムービーは後でポーターに見せるはずだったんだが、何故か消しちまったんだ。なんで消したのかよく解らんがな」


「それは孝一郎の頭が初老を迎えてるからじゃないかな」


「久志、少し黙っててくれ」


 今はツッコミが欲しい場面じゃないんだ。


「勿体ないことしてくれたわね。見たかったのに」


 不貞腐れるポーター。そりゃそうだろう。お前が撮らせたもんなんだからな。


「それとこのノートなんだがな、どうやら俺は、昨日ジュースを溢すというアクシデントがあったって事を忘れていたらしい。今もこうして覚えてるのにも拘わらず、昨日買ったコーヒーがどこに行ったのか、という事の考察が記されているんだ」


「「…………」」


 二人は黙っていた。ツキヒは俺が黙れと言ったからだが、ポーターはそうじゃないだろう。


「明らかに、昨日今日で記憶に齟齬が生じてる。俺はそれをお前の仕業だと踏んだ」


 指先でノートを叩きながら、俺はポーターを真っ直ぐ睨む。


「待ちなさいよ。なんであんたの記憶力の欠陥があたしのせいにされるわけ? 意味が解んないんだけど」


 それがポーターの言い逃れらしい。だがそもそも、この現状は前提からして間違えてるんだ。


 普通の人間なら気付かないだろう。それでも、隠れヲタクをやってる俺達からすればかなり重要な問題があることに。


「俺と久志は、学校とプライベートで名前の呼び方を意図的に変えてる。俺達がヲタクだと周りにバレないため、そのオンオフを付けるためだ。俺と久志がヲタクモードになってる時は、俺は久志をツキヒと、ツキヒは俺をトウギと呼ぶようにしているはずだ。にも拘わらずお前は、ヲタクモードの俺達を普通の名前で呼んだな?」


「結局、何が言いたいのよ」


 不機嫌そうな、しかしどこか愉しげな表情を浮かべてポーターが問う。


 だから、俺は答えと同時に新たな問いを重ねた。


「お前は本当に、俺達の友人か?」


「ちょっと、孝一郎!? お前何言ってんだ!」


 耐えかねたらしいツキヒが立ち上がりながら声を荒げる。まぁそうしたくなる気持ちはよく解る。俺だって、自分の友人になんて事言ってんだ、とは思ってるからな。


 だが、その気持ち自体がおかしい事に気付け。


「そもそもな」


 ああ、本当に何を言ってるんだ、俺は。


 だが、一度生じた疑問は突き詰めなければならない。


 相手が、眼の前に居る人間が信用に足る人物なのかは、追求せねばならない。


「俺達がお前に心を許してる。その時点でおかしいんだよ」


「…………は?」


 あんぐりと口を開き、呆然とするツキヒ。対するポーターは、何それ、と言いたげな顔をしていた。


「ツキヒ。お前がヲタクになった時、思った事は思い出せるか」


「えっと、まぁ、思い出せるけど……あ」


 反応を見るに、どうやらツキヒも現状の矛盾に気付いたらしい。なら、もうツキヒは放っておこう。


「さて、ポーター。改めて聞くぞ」


 俺は身を乗り出し、逃がさないぞ、と視線で伝えながら、真っ直ぐとポーターを見つめる。


 いくつもの疑問を解決して導いた結論。そこから新たに生じた疑問。


「お前は誰だ。俺達に何をした」


 沈黙。休み時間がもうすぐで終わるぞ、という予鈴が響いたが、構わん。時間が無いなら授業をサボるまでだ。


 もうポーターには、俺達がヲタクである事はバレている。むしろ一緒に遊んじまったぐらいだ。


 ならもう、ある程度の事は言っちまって平気だろう。


「――他人を信じる事を辞めた俺達の、その心の中に踏み込んできた。その方法と理由を言えって言ってんだ。答えろ」


 場合によっては、こいつは敵だ。敵だとしたら、容赦をするつもりはない。俺の全身全霊をもって排除する。そういうのは得意だからな。


 だが、そんな俺の敵意などなんでもない事かのように、ポーターはまさしく不敵な笑みを浮かべた。


「仕方ないわね」


 さらに釣りあがるポーターの唇。悪魔のような笑みに、寒気さえ感じた。


 そして、


「あたしの名称はサポーター。天使見習いとして地上に降り立った、ある意味での天使」


 彼女はそんな、意味の解らない自己紹介を始めた。


「天使、だと……?」


 こいつ、本気で言ってるのか?


「ええ、そうよ」


 堂々と頷くポーターことサポーター。


 しかし、


「天使キャラは普通銀髪じゃない?」


 俺の心の解説をありがとうツキヒ。


 俺も続くか。


「お前のコスプレ、完成度低いぞ」


「本物に向かって相当失礼な事言ってるわよあんたら!」


 いやだって、天使キャラでピンク髪って……ナンセンスだろ。


「あたしは本物の天使見習い! ピクシーってやつらを倒すのが見習いじゃなくなるための修行なの! 解る!?」


「あー痛い痛い痛い痛い。何がってその設定に逐一可愛らしい名前を使って萌えを狙ってるあざとさが痛い。それなんてアニメの設定だ? ちょっと掲示板荒らしてくるわ」


「駄目だよ孝一郎。本人の前でそんな事言ったら、コスプレイヤーとしての尊厳が保てなくなっちゃうじゃないか」


「信じなさいよ! 本物だって言ってるじゃない! その証拠に――」


「そういや久志。天使キャラっていやぁエンジェルハンズのウリエル辺りがベターだと思わねぇか?」


「あー確かに。でもあのスタイルはモデル級の人がやらないと難しいんじゃないかな」


「――聞きなさいよ! 証拠にあたしが使った魔法であんたらは記憶がおかしな事になってたじゃないの!」


「関係無いんだが久志、最近俺、物覚えが悪くなっててよ。もしかしたら若年性アルツハイマーなんじゃねぇかと思うんだが、病院とか行ったほうが良いか?」


「どうだろうね。それは確かに怖いけれど、実際にアルツハイマーになる人は自分がアルツハイマーになってる事にも気付かないっていうし、大丈夫なんじゃない?」


「聞きなさいってば! 魔法使うわよ! 大事な話があるから仕方なく、本当に仕方なくだけど魔法を使って攻撃するわよ! 覚悟は出来てるんでしょうね!」


「あー、魔法で物覚えとかなんとかできねぇかなぁ」


「あはは、そんなご都合主義みたいな事が三次元にあるわけないじゃないか」


「…………」


「あと関係ねぇんだが、乱暴な天使キャラについて、久志はどう思う?」


「ないね」


「――アクセス」


 瞬間、俺とツキヒの間に割ってはいるように、鋭利なデスサイズが現れた。


「そうね、乱暴な天使キャラはないわよね」


 ごごごごご、と、どす黒いオーラを背中に背負いながら、ポーターはそのデスサイズを手に取る。


「だからここは、清楚に拳で語り合いましょうか」


 何かが額に触れた気がした。それが自分の冷や汗だと気付くのに、いくらかの時間を要してしまった。


 それほどまでの威圧感が、そのデスサイズから放たれている。


「こ、拳で語り合うって言うなら、その手の凶器は要らないんじゃないかなーって思うのだけれど……」


「語り合いましょうか? 刃で」


「「ごめんなさい」」


 存命の危機を感じた俺は、ツキヒと二人で揃って土下座していた。

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