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暴走系のエンジェルⅠ

 記憶に齟齬そごが生じている。


 俺がそう気付いたのは、登校中にツキヒが醤油云々の話を持ち出してきた時だ。


 俺は昨日、ツキヒの家へ遊びに行った際、もしくは飲み物を買いに行った際、徹夜するつもりでいた。俺はカフェインに弱く、缶コーヒーを一缶も飲めば十時間は眠れなくなる体質なのだが、昨日確かに、俺はツキヒの部屋で寝てしまっていた。


 では、そのコーヒーは?


 二人で飲み物を買いに行った事は覚えている。そのまま二人でツキヒの家に行き、ゲームを始めたのも覚えている。しかし始めたギャルゲーが超展開を用意していたため、悪乗りしてしまいゲーム攻略よりもそれを利用してツキヒをいじった事も覚えている。


 そして気付いたら眠っていた。


 朝、ツキヒの部屋にコーヒーは無かった。だが、俺はコーヒーを飲んだら眠れなくなるはずだ。飲んだからコーヒーが無くなっていた、というのなら俺は眠れなかったはず。


 コーヒーを飲んでいなかったとしたら、そのコーヒーはいったいどこに行った?


 数時間だけ半端に寝たせいか、頭が上手く働かない。


 もしかしたら寝ぼけてコーヒーが入ったままの缶を捨ててしまったのか、もしくは買った時、金だけ払って物を受け取り忘れたかのどちらかである可能性は高い。だとしたら相当恥ずかしい事をしたものだ。


 一向に纏まらない思考を、とりあえずノートに記してから一旦終了させ、教室の前方を見た。


 つもりだった。


 しかしどうやらもうホームルームは終わっていたらしく、担任の姿は無くなっていた。そして、その変わりにとでも言い出しそうな程張り詰めた顔の男子が眼の前に居た。


「藤枝容疑者よ。お前を裁く時が来たようだ」


 などと突然言い出したのは、クラスメートの芹沢だ。


「誰が容疑者だっての。突然なんだ」


 こいつが突拍子も無いのは前々から知っていたが、朝からいきなり、というのは珍しい事だ。


「お前、今朝、宝生様と一緒に登校してきたそうじゃないか」


 …………様?


「宝生様がこの学園のアイドルだということを忘れたとは言わせんぞ藤枝容疑者。まさか、我々が血を交えて結んだ不可侵条約に背くとは……。愚かだな藤枝容疑者」


 何回容疑者って言うつもりだよ。そもそも不可侵条約ってなんだ。字面と文脈からして、アイドルたる宝生優莉には誰も手を出すな、みたいな感じの事か? そんな約束をした覚えも、それを破った覚えも無いぞ。


「あれは偶然会ったから適当に話をしただけだっての。つうか、お前らなんなの、宝生のファンクラブ会員だからって、宝生のストーカーまでやってんのか?」


「ファンではない。信者だ!」


 つまりファンクラブ、と。学園のアイドルも大変だなおい。


「その信者から言わせて貰えば、偶然会ったという奇跡はまだ許せるとしよう。我々は寛容だからな」


「少し話しをしただけの俺を容疑者扱いしてる時点で既に寛容じゃねぇよ」


「話は最後まで聞け! 我々が定めた条約上では、宝生様との貴重な談笑を適当に済ませたという行いは万死に値する!」


「最後まで聞いても寛容とは思えなかったんだが」


 罪と罰が明らかに不当だ。


「いいか藤枝容疑者」一気に顔を近づけてくる芹沢。「宝生様はこの学校で誰よりも美しく、誰よりも笑顔で、誰よりも優しい方なのだ! そんな方と同じ時を共有しているというだけで、命を対価に支払える程の価値がある!」


「ならお前死ねよ」


「我々には宝生様を見守る義務があるのだ!」


 どっちだよ。


「つーかよ、宝生と一緒に居た事が罪だってんなら、俺だけじゃなくて久志も同罪だろ」


 話を逸らすためにそう言うと、芹沢は腕を組んで胸を張った。


「彼は既に罰を受けている」


「あ?」


 ツキヒの席があるほう、つまり教室の後ろへ視線を向けると、成る程、何人かのクラスメートが居眠りしてるツキヒの顔に油性ペンで落書きをしていた。罰が地味だ……。


「お前はまだ、宝生様の魅力に気付いていないようだな。彼女が持つ、癒しのパワーを」


 と言われても一応、宝生が魅力的な異性である事は承知している。外見もさることながら、芹沢が言う癒し、とは、彼女が言う冗談の事だろう。今朝もそうだったが、あいつはテンションの低い俺とツキヒのテンションを上げるため、ああやって接して来た。そこにはあいつの優しさも含まれている。


 だから、あいつが魅力的だなんて事は解ってる。


 しかし、


「んなこと言われてもなぁ」


 残念ながら俺はヲタクだ。二次元に浸りすぎて、三次元への関心が薄れてしまっている俺から言わせてもらえば、所詮それは俺にとって関係の無い魅力だ。


「ならば解らせてやろう藤枝容疑者。これを見ろ!」


「なっ……! こ、これは!」


 芹沢が突き出してきた一枚の写真。それは――宝生のスクール水着姿だった。


 素で驚いた。


 スクール水着は確かに二次元的雰囲気があるため、三次元に興味の無い俺でさえときめいてしまう。


 そして次に、その被写体である宝生がカメラ目線ではない事に驚いた。


「盗撮じゃねぇか!」


 撮られてる事に気付いてないぞこいつ! それなのにばっちり全身が写ってるし! 盗撮の技術が尋常じゃない!


「つーか……お前……」


 そしてもうひとつ驚いた事。


 それは。


「これ、どうやって入手したんだ……?」


 この学校に水泳の授業は無いという点だ。


「これはな、聞いて驚け藤枝容疑者」「まだ容疑者呼ばわりかよ」「なんとこの写真は、天から舞い降りたのだ」


 なにを言ってんだこいつ。逝ってんのか?


「芹沢。久志に紹介するために調べてた精神病院があるんだが、俺が同行してやるから、一緒に行こう」


「本当の話だ。突然現れた妖精さんがな、俺の願いを叶えてこの写真を作ってくれたのさ……。信じがたいとは思うが真実だからな。精神病院に行く必要など無い」


「よしんばそれが事実だとしても、その写真を願ってる時点で既に病気だ。お前は精神病院に行くべきだ」


 とりあえず宝生のためと俺の精神衛生のため、その写真はすぐさま破った。


「ああ! なんて事をするんだ藤枝容疑者!」


 これでもまだ容疑者なのか。てっきり被告にでもランクアップするとばかり思ってたわ。


「僅か百枚しかない貴重な写真になんて事を!」


「全て寄越せ。全て破る」


 でなければ俺はクラスメートを警察に突き出さなければならなくなる。


「それにな芹沢。知ってるか? 宝生には恋人が居るんだぞ?」


「なん……だと……?」


「おい。絶望に暮れるのはいいがカッターを手首に当てるのはやめろ」


 教室に残ってるやつらが全員こっち見てるだろうが、よかったな、ここに宝生が居なくて。って、もうすぐ授業始まるってのに、あいつはどこに行ったんだ?


「それは本当なのか藤枝容疑者!」


「ああ、本人から聞いた話だ。なんでも、百億人の恋人が居るらしいぞ」


 まぁ、当然冗談だろうがな。


「ひゃ、百億、だと……?」


 しかし芹沢は本気にしたらしい。……本気にしたのか?


「百億とは、地球上の人口の、何パーセントだ?」


「百三十パーセントだ」


 女も含めた数だがな。


「地球上の、百三十パーセントの人間が、宝生様の恋人……?」


 流石に病気の芹沢でも冗談だと気付いただろう。物理上有り得ない数字だからな。


「宝生様なら、有り得る……」


「いや、有り得ねぇよ」


 真剣に唾を飲んでんじゃねぇよ。それこそ男に限定すれば死者や誕生前の人間とも恋人になってるってことだぞ。女含めてもそうなるが。


「それでも! 俺は彼女を見守り続けるんだ!」


「地球上の百三十パーセントの人間と恋人である宝生でさえお前を恋人だと思ってないってのにか?」


「それでもだ!」


「男らしく豪語しながらカッターを手首に当てるのはやめろ?」


 とりあえず何発か殴って落ち着かせたが、完全に正気に戻る前に一時間目の担当教諭が教室に来てしまった。それに続くようにして宝生も教室へ戻ってきたのだが、宝生は居眠りして魘されているツキヒのほうを見て驚愕の表情を浮かべていた。


 なぁ、宝生。お前はツキヒの額に書かれた『(有)』の意味が解るか? 芹沢の言い分を元にすれば『有罪』という意味なのだろうが、俺には有限会社のマークにしか見えない。

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