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隠れヲタクの日常に潜む変なのの話ノ弐


 ふと、さっきからどうやらツッコミを言い過ぎたらしい僕は息切れしてしまった。疲れてテーブルに手を着くと、ふいに右膝に痛みが走り、体勢を崩してしまう。


 ガタ、と、テーブルがバランスを崩し、上に置いてあった飲み物が倒れた。


 ポーターのイチゴオレとトウギのコーヒー。そして僕の紅茶が一緒くたになって、テーブルの上を満たし、フローリングへと零れていく。


「ああ!?」「何やってんだてめぇ!」「死になさいよ」


 自分の失態に自責する間も無く、二人から糾弾を喰らう。ポーターに至ってはただの中傷だ。


「ごめんごめん。下の冷蔵庫から変わりを用意するから、許して」


 といっても、お茶くらいしか出せないからイチゴオレとコーヒーの代償になるかは微妙だ。


「とりあえず拭くものを取って来ないと」


「いや、ちょっと待てツキヒ」


 部屋から出ようとした僕をトウギが止める。


「なにさ」


 フローリングだからジュースが染みてしまう、という事は無いだろうけれど、早く拭かなければどんどん広がってしまうし、下手したらベタベタが残ってしまう。今はまだ大丈夫だけれど、このままでは部屋の随所にある神聖なるヲタクグッズ達にまで被害が及びかねない。だから一刻も早くこれの処理をしたいのだ。


「ここは役割分担で効率化しよう。ポーター。お前は下の階へ行って変わりのお茶を持ってきてくれ。その間に俺はこのゲームを進めて、一枚でも多くのCGを集める。そしてツキヒが床を拭く」


 その提案は確かに効率的だ。でも、


「はぁ? なんであたしがそんなことしないといけないわけ」


 この通り。ポーターのことだから、素直に言う事を聞いてくれないとは思ってたんだ。


「考えてみろ、ポーター」さて、トウギはどうやって彼女を説得するのやら。「ツキヒが床掃除をしている光景ほど、似合う様は無いと思うんだ」


「ちょっと待ってよトウギ。それどういう意味?」


 割りと意味が解らない。


「成る程、確かにそうね」


「ポーターはいったい何に納得したの? 二人の間にはどんな共通認識があるの?」


 二人はいったい、僕をどういうふうに見ているのだろうか。雑巾が似合う男だとでも言いたいのかな。


「藤枝の指示通りに動く、っていうのが癪だけど、仕方ないわね。あたしが下からお茶を持ってきてる間に月島が床を拭く。そしてそれを藤枝が撮影する。この陣形で行きましょう」


「ああ、そうだな」


「ねぇ、さりげなくトウギの役割が変わってない?」


 僕の言葉は完全に流され、ポーターはさっさと部屋から出て行ってしまった。時間が時間なだけに家族は皆寝ているのだけれど、流石に自分の家を女の子が勝手に出歩く、というのは、そこはかとなくむず痒い。


 それでもやる事はやらなければならない。僕はポーターの後に続いて、部屋から出た。でも雑巾なら二階のトイレ横にもあるから、僕は途中で階段を降りていくポーターの姿を確認してから、部屋に戻って床拭きを始めた。


 トウギはその様子をスマホで撮影しながら、片手間でゲームを進めている。


「なぁ、ツキヒ。ポーターの件でずっと疑問に思ってた事があるんだが」


 ふと、神妙な様子でトウギが口を開く。


「ん? 何?」


 床拭きの様子が撮影されている、と思うと無駄に緊張してしまう。僕はなるだけ取繕った声で受け答えをした。


 でも、


「――あいつ、誰だ?」


 その言葉に、僕の作業の手が止まる。


「誰、って、友達のポーターじゃないか」


 どうして、そんな当たり前の事を聞くのだろうか。トウギは忘れちゃったの? だとしたら精神科に行く事をオススメしたい。


「なら質問を変えるが片手間のゲーム画面から目を離さないトウギは、誰かに何かを尋問するように、問いを重ねる。「俺らとあいつは、いつ、どこでどうやって出会ったんだ?」


「コンビニの帰り道に、偶然出会ったんでしょ?」


 たった数時間前の話だよ? トウギってばまさかアルツハイマー?


「そこじゃない。俺らとポーターがどうやって友達になったかだ」


 質問の意図がよく解らない。


 どうやって友達になったかって? そんなの……。


「自然と、気付いたら友達になってたって感じじゃない? 多分」


 これといったエピソードが思い出せないから断念した。でも、友達、というのは割りとそういうものではないかと僕は思うのだ。


 ロマンチックな出会いがあるのなんて二次元の話であって、三次元はそういうものの用意が無い。だから、なんとなく出会って、なし崩し的に友達になって、気付いたらそれが大切になっていた、なんて事はよくある事だろう。劇的だけが劇では無いように、そういうメローも現実には転がっている。


「……それもそうか……」


 納得したように、ではなく、不承不承といった様子で頷くトウギ。結局こいつは何が言いたかったの?


「意味が解らない事を言ってないで、早くゲームを進めてよ。とりあえず最初は僕が我慢するから、ポーターを黙らせるために美男子のCG獲得出来るようなルートで」


「ああ、それなんだがな。美男子の裸体CGは獲得したぞ」


「え? 本当に? 流石トウギ。仕事が速い」


 まさかものの数分で獲得してしまうとは思わなかった。これでポーターも納得するだろうと思い画面を確認したら――ノーマルエンドという文字の背景に、顔はそのままで体が機械になった主人公のCGが描かれていた。


「なにがあったの!? ものの数分で何があったの!?」


 しかも画調もやけにハードボイルドになってるし! 高校生だったはずの主人公が煙草らしきものも咥えてるし!


「これが、侵略者と戦うために自らの体を機械にした男の勇士だ」


「ギャルゲーにそんなの誰も期待してないよ!? ただの学園ラブコメだったはずのギャルゲーにどうしてそんな展開が待ってるの!?」


「文句を言うなツキヒ。公式のレビューでも書かれてただろ。『主人公かっこよすぎワロタ』って」


「それ書いた人は確実にネタで書いてるよね! そのイラストを見る限りでは笑いどころがあるとは思えないのだけれど!」


「確かに笑っちまうくらいかっこよかったぜ……。侵略者に領土を奪われるばかりだった人類が、最後の手段として作り上げたアンドロイド。その第一次被験者として選ばれた主人公は、自分が人外となって尚、人類のために戦うと決意したんだ。その主人公を中心にして始まる人類の反撃。最後に主人公が言った『俺達の戦いはこれからだ』にも痺れた」


「どうしてギャルゲーのエンドカードに逐一その台詞が入ってくるの!? 確かにその台詞の使い方はかっこ良いかもしれないけれど、ギャルゲーをプレイしてる人間からすれば最低の終わり方だよ!?」


「そうでも無いぞ。公式のレビューでは『あの戦いに主人公が勝てたのか気になり過ぎてワロタ』と、いくつも書かれてたしな」


「相変わらずプレイヤーが寛容!?」


 僕とこのゲームのプレイヤー達とでは、徹底的に価値観が違うようだ。もしかしたら僕は、このゲームに向いていなかったのかもしれない。自称とはいえヲタクを名乗る身としては恥ずかしい限りだけれど、肌に合わないゲームというのもたまにはある。


 そうこうしていたらようやくポーターが戻ってきた。


「お帰りポーター。やけに時間が掛かってたね」


 下の階に行って冷蔵庫からお茶を持ってくるだけだったはずなのに、わざわざコップに移してトレイに乗せてきたポーター。


「あんたの家の勝手を知らなかったからよ。あたし、ここに来るの初めてなんだからね」


 不機嫌そうなコメントとは裏腹、表情はやけにすっきりしている。下の階で何か良い事でもあったのだろうか。


 トレイに乗せられたコップ。慎ましい仕草でそれをテーブルの上に置いたポーター。お茶の色が普段僕の家にあるやつと比べてかなり濃く見えたのだけれど、さっき散々叫んでしまったこともあり、僕はすぐにそれを手に取った。


 ごく、っと、一気に一口喉を通す。


 舌に触れるしょっぱさが、喉の血管から体中へ広がっていくような感覚。途端に胃が痙攣し、異物を発見した兵隊のようにそれを押し戻そうとしてきた。


「ぶほっ!?」


 耐え切れずに吐き出すと、濃厚で芳醇な、親しみのある香りが部屋中に広がる。


「……ポーター」


「なにかしら、月島」


「……これ、醤油じゃん」


「あら、間違えちゃったわ」


「持ってくる前に気付こうよ! 明らかに色も匂いも違うんだからすぐに気付こうよ!」


「かくいうお前も飲む前に気付けよ」


 トウギによるどうでもいいツッコミが聞えた気がしたけれど、無視してポーターに説教してやった。すぐにポーターが確信犯だったと発覚して、殺人未遂で訴えてやろうかと思った。

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