傷負いのジュリエットⅠ
「作戦会議を始める」
ツキヒの部屋でゲームも付けず、俺とツキヒとポーターはテーブルを挟んで向き合っていた。
「まず、状況確認からだ。俺達はピクシー討伐のため、現実世界にて朝間の心を動かし、パーソナルワールドでの要塞に入り口を作らせる必要がある。だが、この入り口が大きすぎては外に居た化け物も入ってくるかもしれない。それを防ぐためには適度なサイズの入り口でなければならない」
「というと?」
早速自分の役目を果たすツキヒ。やはり聞く人間が居ると説明が捗る。まぁ、同時に長引くが。
「俺達だけがなんとか入れる程度のスペース以上は作らせるわけにはいかない、ということだ。朝間が外の世界を恐れなくなってあの化け物が消えたなら万々歳だが、それには時間が掛かりすぎる。万が一俺かツキヒが朝間を落とし、恋仲じみた関係になったとしたら、それはそれで大きな入り口となり過ぎるだろう。恋愛感情ってのは、慣れてない人間には割りと冷たいからな」
「? 感情に温度なんてあったかしら」
「これがあるんだ。冬が寒いのは失恋する人間が多いから、と言われているくらいだからな」
「はぁあ!? なによそれ初耳なんだけど!」
「まぁ、俺が今勝手に作った設定だがな」
「嘘かよ!」
気付けよ。
「とにかく、恋愛感情には発展させない程度に近付く必要がある。つまり目差すは友達エンドだな。そこで、念の為お前達に、友達になるためにはどうしたらいいか、という質問をしたい」
「どうしてそんな事を聞く必要があるの? トウギが一番、そういうの得意そうだけれど」
「俺も友達は居ないからな」
「ああ、うん、まぁ、そうだね」
「その失望したような目はなんだツキヒ。俺は気に入ってるんだぞ、本当の意味で友達と呼べる人間が居ないこの環境」
「月島。あんた、人間関係を一度考え直したほうが良いんじゃないかしら」
「そうだねポーター。それは常々思っているのだけれど、如何せん僕は一人では生きていけないから、僕にはトウギが必要なんだ」
「あんた、もしかしてゲイ?」
「あはは、面白い事言うねポーター。ところで関係無いのだけれど、どうしてポーターはギャルゲーに使われる男の裸CGをテンプレなんて言ったの?」
「あはは、本当に関係ないわね。あら? 今なんの話してたのかしら。忘れちゃったわ。話を戻しましょう」
露骨に話を逸らしたな、こいつ。まぁ、議題に戻るんなら好都合だが。
「で、女子と友達になる方法といえばなんだ。ツキヒ」
「選択肢を間違えないようにする」
「ギャルゲーと現実を一緒にするな」
二次元に失礼だろうが。
「なら、まずは手を繋いでみれば良いと思うよ」
「手を繋いでる時点で俺達が目差しちゃいけない方向へ進んでるぞ」
こいつは駄目だな。おそらくろくな返答が無いだろうから、早々に切り捨てる事に。
「次、ポーター」
「金をちらつかせる」
「売春じゃねぇか。よしんば体を買えたとしても心は余計に閉ざすだろ」
「なら暴力ね。脅せば大抵一発よ」
「お前やっぱり人間舐めてるだろ」
駄目だな。こいつらは根本的に駄目人間だ。俺も人の事は言えないが。
「……仕方ない」
これみよがしに溜息を吐いてみたが、二人共気にしていないようだ。こいつら……。
「朝間の心はなんとしてでも俺が開ける。状況的に好都合だから、それが適役だろう」
「好都合って?」
そういえば、ツキヒにはあの学食での事を説明してなかったな。
「昼休み、あいつらと飯を食ったろ」
「うん。食べたね」
「あれは誰かしらの思惑が絡んでる。おそらく、また向こうから接近してくるだろう」
「はい?」「はぁあ? 自惚れ?」
とりあえず今、ポーターを殴りたいと思った。
その衝動をなんとか堪え、俺は続ける。
「宝生が席順を決めてただろう。あれが既におかしかったんだ。宝生は優し過ぎる程に優しい人間だ。それが、あんな席配置にするとは思えない」
俺達と同じ中学だった石動はともかく、対人恐怖症の朝間まで引っ張って俺の隣に座らせた。そこに思惑があるとすれば朝間の対人関係をなんとかしようとしたのだろうが、だとしたらいきなり男をあてがうというのは飛びすぎている。普通なら、人間関係は同性から築いていこうとするもののはずだ。
そして宝生の性格から考慮すると、石動の配置も実はおかしい。
石動は高校進学以来、俺やツキヒとは一度も話していない。それどころか中学時代でも関わりが無かった。間違えても、宝生が仲良しと思う事は無いはずだ。
対して、宝生は人を選ばない人間だ。俺やツキヒとも普通に話す。だから順当な席配置としては、俺かツキヒ移動させて横に並ばせて女子三人が反対に並ぶか、それが不可能ならば宝生が俺かツキヒの隣に座るべきだった。
だがそうならなかった。
人を気遣う宝生が居たのにも関わらず順当な配置にならなかったということは、意図的にそうしたという事だ。
ならば、あの食事会には裏があると見て良いだろう。
これが正解なら、利用しない手は無い。
突破口として利用すべきは宝生だと思い、俺の予想が外れた時に備えて保険をかけておく事にした。
休み時間、宝生のところへ行って昨日の話から入り、いつもは昼飯をどうしてるのかと聞いた。宝生はいつもなら買い弁だと答えたため、学食に飽きてきたという体でオススメの買い弁メニューを聞く。石動や朝間にも聞いてみたいという言い訳を用いて朝間と会話する事にも成功した。ただし、朝間は相変わらず噛みまくっていた。
他の休み時間も何度か宝生を通して朝間と会話した。途中で何度か芹沢に襲われたが、なんとか返り討ちにした。あいつ、無駄に強いんだわ。
そして、計画通り昼も一緒する約束を取り付けた。どうやら向こうもその気だったらしく、弁当持参者はゼロだった、というのは、内心でガッツポーズするに抑えた。
俺とツキヒは便所に行ってから学食に行く、と言って少し遅れて学食へ入ると、宝生達は昨日と似たような配置で座っていた。その様子は、どこか清楚妻を連想させた。ぶっちゃけ萌えた。
しかし、おかしな事がひとつあった。
「なんで体操着なんだ?」
朝間が体操着だったのだ。ブルマなんていう過去の遺物では無いにしろ、体操着で男を隣に座らせる気か? 誘ってんのか? 間違えて乗っちまったらどうすんだ。
「えっと、そ、その、科学の授業で、薬品被っちゃって……」
なにやってんのこいつ。
「ジャージは?」
「忘れたった」
噛んだな。
「借りればいいだろ」
「美月ちゃんも優莉ちゃんも、き、今日は持ってないって……」
確かに俺達のクラスは今日体育が無かったが……クラスメートから借りるっつう選択肢は、やっぱり無いわけか。
とりあえず昨日に倣い、俺は朝間の隣、ツキヒは石動の隣へ座る。
「えっと、そのあの……ききき今日も、うどんなん、だねっ」
そんな感じでしきりに話しかけてくる朝間。体操着の女子が隣に居る、と考えると中々に二次元的で萌えるシチュエーションだ。
しかし俺は知っている。この状況が矛盾している事を。
朝間は俺達に心を開いていない、なんてこと、昨日のコネクトで実証されている。心を開いていない相手と無理矢理会話しようとするなんて、裏が無ければ有り得ないだろう。
といっても、俺とてその裏を利用しようってんだから、あーだこーだ言う資格は無いわけだが。
「まぁ、好きだからな」
適当な感じにはならないように、自然を装ってそう答える。そして、
「好きといえば、朝間は何か好きなものあるのか?」
「す、好きな、もの……?」
質問が露骨過ぎたのか、少し警戒した様子の朝間。
「別に深い意味は無い。ただ、朝間と石動と宝生は三人共性格がばらばらだからな。繋がりうる可能性として趣味が合ったんじゃないかって思って聞いてみただけなんだが、どうなんだ?」
そんな事は微塵も考えてなかったが、言い訳としては上等だろう。
「わ、わたしは、一応じゃ、ジャズが好き、だけど……でも、趣味が合ったってわけじゃにゃ……な、い、と。思う」
噛んでからの切り替えし……悪くない。むしろ、良い……。なんて浸っている暇は無い。
「ジャズ、か。ジャズなら俺も最近、トラストっつうジャズバンドを聴いてもう少し知りたいと思ったんだが、なんかオススメとか無いか?」
隠れヲタクになるため、色んなジャンルの有名所は押さえてあるんだよ。それが実を結んだな。
「ほ、ほほほ本当!?」
「うおっ!?」
予想以上の食いつきだった。
朝間は両手で握った拳をガッツポーズよろしく構えながら、顔を近付けてきた。どうでもいいが、その服装でこれ以上近付くのは無防備すぎると思う。こいつ、本当に対人恐怖症なのか?
「同年代でジャズ好きな人、あまり、その、居ない、から……えっと……」
「そうだったのか? もしよかったら明日、CDかなんか貸して欲しいんだが」
「よ、喜んで!」
得体の知れない違和感を覚えながらも、その日の食事会は続いた。その間も朝間はしきりにジャズの話を持ち出してきて……。
得体の知れない? 本当にそうか? ふと、そんな疑問が湧き上がってくる。
俺は何か、大事な何かを、選択肢から意図的に排除していないか?
生じた疑問は結局解消されないまま、その昼は終わった。