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傷だらけのパラノイア  作者: 藤一左
mind fortress
10/30

一休みするはずだった話

 どうも大変な事に巻き込まれてしまった、という自覚は勿論あるのだけれど、それにしたって危機感に欠けるな、とも思う。


 僕とトウギは明らかに超常的な何かに巻き込まれたのだけれど、あの後確認したら芹沢君は無事で、ただちょっとお腹が痛そうにしていたのと、とてつもない喪失感を僕にも解る程に放っていただけだ。特に問題は無いと思う。


 友達だと思い込んでいたポーターが本当は友達じゃなかった、というのも驚いたし、今日はとにかく疲れた。三次元らしからぬ三次元だったとはいえ、実際に体を動かしたのだから疲れて当然だ。


 だから、癒しは必要だよね。


「違うんだよトウギ。そこは右じゃなくて左に行ったほうが」


「黙れツキヒ。左は罠だ。それくらい解れ」


 迫り来るゾンビを千切っては投げ千切っては投げするゲームを二人でやっていた。勿論イン僕の部屋だ。


 昨日の超展開的ギャルゲーは、まだクリアーしていないけれど一旦保留にしている。あの手の超展開は今は要らない。理由は察して欲しい。とにかくだ。非日常を味わったのならその分日常を味わえばプラスマイナスゼロになるのである。


 ゲームの中で僕らに示された選択肢は二つ。本当は三つのルートがあるのだけれど、ゾンビ物で地下に進むというのが死亡ルートだというのはほぼ確定だ。それに、さっきから出てくる敵は皆地下から出てきている。地下が敵の巣窟になっているのはまず間違いないだろう。だから、地下へ向かう正面ルートは後回しになる。


 左右に別れた道。血文字で『助けて』と書かれているのが左。確かに怖いけれど敵の数が圧倒的に少ないルート。右は敵の数が多いから、あまり行きたくない。


 そこで。


「いいから黙って正面突破しなさいよ」


 この非現実ポーター、ちょっと黙っててくれないかな。


 芹沢君の一件からポーターは僕らに付きまとってきた。曰く人間の姿をしているのに住処が無いから、とのこと。野宿でもしてろ、とトウギが言っていたけれど、か弱い女の子にそんな事をさせるなんて非道ね、と言いながら、勝手に僕の家に来たのだ。


 そういうわけで僕らの貴重な非現実逃避タイムを台無しにしやがった、か弱くもなければ女の子なのかも定かではない、存在そのものが非人道的なポーターは僕の部屋に居座っている。


「女の子を家に停めるなんて事を僕の親が認めてくれるとは思えないから、そろそろ帰ってくれないかな」


 今はゲームに専念したいからそう言うと、ポーターは当たり前のようにそっぽを向く。


「大丈夫よ。月島の両親が殆ど帰ってこないのは知ってるし、隣の部屋、多分姉かなんかの部屋よね。今は使われてないみたいだから、そこを使うわ」


 なんでそんなに知っているのだろうか。確かに両親はあまり帰ってこないし、元姉の部屋は都合の良い事に、ベッド等が放置されたまま今は使われていない。なんなのこのご都合主義。


「昔ならともかく今はどの世界でも余所者は入りにくいのよ。だから事前に、入り込む余地がありそうな人間を探して、候補にして、そいつと契約するの」


 天使見習いのくせにやってる事が地道過ぎる。僕が天使見習いの立場だったら途中でめんどくさくなって、天使になる事を諦めて地上で暮らすよ。


「じゃあ、そっちの部屋にもゲーム置いておくから、そっちの部屋に行ってくれないかな」


「なんでよ」


 つんつんとした目で睨まれてはその質問には答えられないのが人間です。


「ほら、お互い、プライベートとかあるでしょ?」


 大事だと思うんだ、プライベート。


「無いわよ」


「断言するような事では無いと思うのだけれど」


「無いわよ」


「その無い、は何に対する無い、なの?」


 プライベートが、なのか、断言する必要が、なのか。


「月島の人権」


「今はそんな話してなかったよね!?」


 プライベートの有無について話してたはずだよね! 今!


「お前らもう少し静かに話せ」


 うるさくし過ぎたのか、コントローラーを握っているトウギはゲームの画面とにらめっこしたまま、不機嫌そうに吐き捨てた。


「ゾンビの足音が聞こえねぇ」


 確かに、こういうサバイバル系のゲームで敵の足音は大事な情報だ。ゲームクリアを目差す人間からしたら、騒音は耳障りだろうと思って自省する。


「さっさとゲームオーバーになりなさいよ。次のピクシーについての作戦会議が出来ないじゃない」


 成る程。それでさっきから明らかに危険な選択肢ばかり提案していたんだね。


「トウギ。絶対に死んだら駄目だよ。命は大切だからね」


「自分の命をどうでもいいっつってたお前の口からそれを聞くとおぞましいな」


「無駄口叩いてないで集中してよ」


「てめぇが話しかけたんだろうがっ」


 トウギは解っているのだろうか。僕らヲタクが持つ、現実で疲れた心身は寝ても回復されないという特性を。


 二次元で癒しを得ない限り、僕らは疲労を抱えたまま次の日を迎える羽目になるのだ。そんな事になったら、僕はもう生きていけない。簡単に言うと生態系ピラミッドの底辺である。


 可能な限り長く二次元に浸らなければならないのだ。あんな過激な出来事があったのならなおさら。


「にしてもあんたら、そんなにゲームばっかりしててよく飽きないわね」


 唇を尖らせながら言うポーター。そこで僕は、食堂で彼女が言っていた事を思い出す。確か、天使見習いは人の心を理解出来ていないなんちゃらかんちゃら、だったか。


 確かに、と、僕は思った。


「飽きる飽きないならよ、ポーター。お前なら俺達の気持ち、解んじゃねぇの?」


 ふと、コントローラーを床に置きながらトウギが口を挟んでくる。


「お前、二次元ネタ、詳しいじゃねぇか」


 瞬間、ポーターの動きが止まる。


「天使見習いだから人間の心を知るべし、みてぇな決まりがあんのは解ったが、お前を見てると人間について事前学習してきたっつうより、二次元ネタに関して事前学習してきた、みてぇな感じがすんだが」


 トウギのツッコミの意味はよく解らなかったのだけれど、それでもポーターがやけに動揺している事は理解できた。


「ぐ、偶然よ」


「人間の事を勉強してたら人間についてよりも二次元ネタに詳しくなったってのか? いったいどんな偶然が起きればそんな奇跡が起こるのか聞きてぇんだが」


 真っ直ぐポーターを見つめるトウギ。ポーターは露骨に視線を泳がせながら、おもむろにゲーム機へ手を伸ばした。


「あ、あたし用事思い出しちゃったから、ちょっとそのゲーム機、壊すわね?」


「ちょっと出掛ける、みたいなノリでとんでも無い事やろうとするのはやめようよ。話の流れ的に僕のゲーム機が壊されるような用事は無いはずだよね」


 そもそもゲーム機を壊す用事ってなんなのさ。


 とにかくゲーム機を庇うためポーターの手を掴むと、ポーターはさらに動揺して後ろに飛び退いた。


「あたしに触れると火傷するわよ!」


 火傷したみたいに真っ赤な顔をしているのは君のほうだと思う。


「そういえば、ギャルゲーに出てくる男の裸体CGはどれもテンプレ、みたいな事、昨日も言ってたよね」


 ギクッと浮き足立つポーター。


「ち、ちちち違うわ。あたしが言ったのは、ギャルゲーに出てくる男の裸はどれも天ぷらみたいに美味しい、って言ったのよ!」


「君はその言い訳で何を守ったの?」


 ギャルゲーをよくプレイしている、と思われるより深刻な状態になったよ?


 動揺が頂点に達したのか、ポーターはついに頭から湯気を出しながら「うがー!」と叫んで、何故かトウギを殴った。


「いいからピクシーの話をするわよ! さっさとゲームオーバーになりなさい!」


 しかし、トウギからの返事は無い。どうやら屍のようだ。あれじゃ話なんて出来そうにないね。残念。


 もうひとつ残念なのは、実はトウギってば、数分前くらいからずっとコントローラーを置いてたんだよね。


 既にゲームオーバーになってたのだけれど黙ってました、と教えたら僕も殴られる気がしたため、それは言わないでおいた。

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