「開幕!第一回メイド監査」
「どんだけ朝早くから来るんだよ。めっちゃ早起きしたせいで眠いぞ……」
あれから三日後の日曜日。
今日から『第一回メイド監査』が始まる。
現在、時間は午前七時。場所は成田空港。
そこに俺とメイド服に身を包んだ香菜とで来ていた。
「自堕落な生活をしてると捉えられかねないので、そういう発言は気を付けてください」
「……ていうか、さすがに空港まで出迎えに来る必要はなかったんじゃ?」
「何を言っているんですか! 第一印象は大事。基本事項ですよ」
「そんな基本、俺なんかが知るわけないって」
さて、どうして朝四時に起床して片道二時間、はるばる成田空港まで来たのかというと、もちろん作戦の一環である。
瀬川さん曰く「監督私。主演、香菜ちゃん。助演、さすがのくんとたんぽぽちゃん!」
そんな盛大な作戦……というよりも演技が正しいか?
とにかく、その開幕なのである。
そしてこれはその序章『空港でお、も、て、な、し第一印象ばっちり作戦』らしい。
――まあ、これから行われる様々な作戦の前ではジャブにも該当しない簡単な作戦なのだが……。
「ついに始まるのか。緊張する……」
「ご主人様落ち着いてください。ぼくまで緊張してしまいます」
明らかにそわそわしている。香菜も緊張しているみたいだ。
さすがにメイド失格かどうかの瀬戸際だし、無理もない。
少し励ましてやるか。
「でも、これからの作戦に比べればまだまだマシなほうだからがんばろう」
「そうですね……。うまくいくでしょうか?」
「おいおいらしくないぞ。いつもの根拠のない自信が香菜のいいところなんだから、自信もっていこうぜ」
「あんまり褒められている気がしませんが、そうですね、がんばりましょう!」
香菜とお互い気を引き締め合っていたら到着ロビーから人が溢れてきた。
ついに第一回メイド監査の監査員であるらしいプリンスド大学講師の到着時間だ。
「あ、来たみたいです!」
多くの人が到着ロビーから出てくるので、どの人か迷うと思ったが一目で分かった。
白いシャツ、そして黒いベストと黒いスラックスに身を包んだ二十代程度の男性。
高身長で細身だが、どこか一本芯が入っている。
そして何よりその立ち振る舞いから『気品』というものが伝わってくる。
あれが、『執事』なのかと、一目で理解した。
「おーい、ヒューゲルさん。出迎えにきましたよー」
香菜のその声に気が付いたのか、ヒューゲルという名であるらしいその人がこちらへ歩いてきた。
背筋をピンとはり、優雅に歩いてくる様はただ歩いているだけなのに、つい魅了されてしまう。
「久しぶりだなスカーレッド。わざわざ出迎えご苦労」
「いえいえ、ヒューゲルさんも長旅ご苦労様です。飛行機はさぞ疲れたでしょう」
「その思いやりはうれしいが、ヒューゲルさんではなく、ヒューゲル先生と呼べと再三言ってあるだろう」
「これはすみません。昔からの癖でお久しぶりですと、どうしても先生ということを忘れてしまいます」
どうやらヒューゲルさんと香菜は昔からの顔なじみらしい。
……そんなことより、成田空港でメイド服と執事服を着た二人が会話している姿はまるで日本とは思えない。
めっちゃ目立し、めっちゃ見られている。
「で、そちらがスカーレッドの主人である、佐須駕野一正君か」
「あ、はい! どうも初めまして、いつも香菜さんにはお世話になっております!」
突然俺に話かけてきたから明らかに変な挨拶になってしまった!
何だ香菜さんって。
……ていうか、この人、目つき怖え!
「こちらこそ初めまして。私、サテライト・ヒューゲルと申す。
聞いてはいると思うが香菜のメイド実習の進捗状況を監査しに来た。
だが、君はいつも通り過ごしてもらって構わない」
いつも通りねえ。
それだと、きっと落第間違いなしですよ。
「ヒューゲルさん、こんな場所で立ち話もなんですし、滞在するホテルまで移動しましょう」
「いや、ホテルはとっていない。できる限り監査しようと思ってな」
「え、じゃあどこに滞在する気ですか……?」
「もちろん佐須駕野君の家だが? スカーレッドも当然そうしているんだろう?」
「…………」
その場に沈黙が流れる。
ヒューゲルさんよ、そいつは間違いだ。
初日にやらかして以来、香菜は山籠もりを経て今はお隣に住んでいる。
ていうか、六畳一間で二人も生活できるわけないだろ!
三人なんてもっての外だぜ!
「あの、ヒューゲルさん実は……」
香菜はヒューゲルさんに一通りの説明をした。
初日、押し倒して胸を触ったりキスをしたりの件をうまく隠すあたりさすがである。
「つまり、現在スカーレッドは隣に住んで主人を世話し導いていると」
「そうなんですよ。どうしても二人で生活するには厳しい環境でして」
「基本的には同じ住居に住まうはずだが、そんなに狭い家に住んでいるとはな」
すみませんでしたね!
でも学生の一人暮らしなんてこんなもんだよ。
お宅らボンボン共の世界とは違うんだ!
「それでは、私は佐須駕野君達の近くでサバイバルでもするとしよう」
「え、サバイバル!?」
つい、突っ込んでしまった。
何故、プリンド大学の関係者達はサバイバルをしたがるんだ。
そういうことばかり教えているのか?
「何、三日間なんて余裕だよ。
スカーレッド、三日間しっかり監査させてもらう。しっかり成果を見せてくれ。
……ずっと見ているからな」
「やばいよあの人! 最後の一言、もはや監査員なのか、ストーカーなのか分からないって!」
「ヒューゲルさん、昔から私のピンチの時、すぐ駆けつけて来ましたからね……。ずっと見ているって嘘じゃないと思います……」
ヒューゲルさんと別れ、現在俺の家。
さっそく、緊急会議である。
「まてよ。じゃあ今、この瞬間も見られているっていうのか!?」
「さすがに、家の中を覗くほど非常識じゃないと思います。……たぶん」
「あと、目つき怖すぎだって! 威圧感のせいでおもてなしするために持って行った和菓子、渡すの忘れちゃったよ!」
「まあ、サバイバルに荷物は少ないほうがいいので結果オーライですよ。後、根はいい人なので。……たぶん」
たぶん、たぶんって。
香菜も必死にフォローしているが、いまいち信頼しきれていないぞ……。
「まあそんなことより、今は午後の件に集中だな」
「そうですね。あの、こんなこと言うのは変ですが、ぼくのことなんて忘れて、楽しんでもらっていいですから!」
「いや、さすがにそれは無理」
何の話だろう? と思うかもしれない、しかし突然だが報告させてもらおう。
ついに俺彼女ができました!
しかも、学校で一、二を争う超美人の彼女だ! どうだ羨ましいだろう!
そしてその子との初デートが今日の午後からなのだ。
ああ、楽しみだなあ、……そう思い込もう。
「……瀬川さんとデートか。学校の人に見つからないといいけど」
そう、察しの通りその"彼女"というのは我らが足跡部、部長瀬川夏芽である。
そしてこれまた当然、"彼女"ではなく"彼女役"である。
◆◆◆
時は三日前、部室。
「私は自分でも言うのもなんだけど、結構学校中で人気あるみたいだからね! そんな私が彼女っていうのはポイント高いんじゃないかな?」
「そんな部長! 演技とはいえサッスガーノの彼女という不名誉を自らに課すなんて!」
「ふふ、香菜ちゃんを守るためなら全然構わないよ」
「部長……! 一生ついていきます……!」
そんな瀬川さんとぽぽちゃんとのやりとりから俺の"彼女役"が決まった。
つか俺の彼女ってそんなに不名誉かよ。泣いちゃうぞ。
◆◆◆
「夏芽さんには感謝です。そしてそんな夏芽さんとのせっかくのデートなんですから、やっぱり楽しむべきですよご主人様」
香菜はそう言って微笑みかけてくる。
すっかり瀬川さんのことが大好きになっているらしい。
人付き合いは意外と適当なのに、クラスでもいつもみんなの中心にいるのはやはり瀬川さんの人望が故なんだろうな……。
「でもなあ……。ヒューゲルさんのあの怖い目でどこからか見られていると思うと楽しめる気がしないんだよなあ」
「もう、だめだめですねー。しっかりしてください!」
と、午後の瀬川さんとのデートについて話していると、俺のスマートフォンが鳴り出した。
見てみると、瀬川さんからの着信だ。
「もしもし、ど、どうしたの……?」
何だろう、ただの彼女役であるはずなのに、つい意識してしまって緊張するぞ。
『あはは、さすがのくん、もしかして緊張してるー?』
鋭い、一発で見抜いてきた。
「し、してないし! どうしたんだよ!」
『ごめんごめん。もうさすがのくん暇?』
「暇っていうか、今は香菜と家にいるけど……」
『お、ちょうどよかった。私もうさすがのくん家まで来ちゃった! さっさと出かけようよ。ていうことで早くでてきてね』
そして瀬川さんは言いたいことだけ言って、電話を切った。
おいおい、午後一時に待ち合わせじゃなかったのかよ。
「案外、ご主人様とのデートを夏芽さんも楽しみにしていたんじゃないんすか?」
そう言って香菜はニヤニヤしながらこちらを見てくる。
「ほら、さっさと行ってきてくださいご主人様! ぼくも予定通りこっそりついていくんで大丈夫ですって!」
「なんか、どいつもこいつも、楽しみだしてないか……?」
香菜のピンチのはずなのに、どこか真剣になりきれていない感じが拭えない。
だが、やるしかない。
ここからが本番だ。演技がばれたら香菜は強制帰国まである。
瀬川さん曰く、二つ目の作戦『人気者とのデートでリア充演出作戦』。
ふざけた作戦なのは重々承知だが、失敗するわけにはいかないぜ!
……そう決意を固め勢いよく玄関の扉を開くのだった。




