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 新幹線を降りたのは約束の土曜日、一七時半頃であった。東京から新幹線で一時間半ほど。前の彼女との遠距離恋愛で何度も通ってすっかり慣れてしまって、新幹線で二時間以内であればもはや気軽に行ける場所という感覚である。

 待ち合わせは改札を出て真正面にある大きなステンドグラスの前。待ち合わせスポットとしてよく使われているため、老若男女ざっと二十人くらいが、一様にステンドグラス前でスマホをいじっていた。

 その中に、凛とした表情の夏帆がいた。茶色い上着に水色のスカート。小さな白いリュックを背負っていた。女の子がよく背負う、やたら肩紐が長くて、腰のあたりで支えているように見えるあれだ。そして長い髪をハーフアップにまとめていた。かわいらしく、でも特別に気合が入っているようには見せない、「どうでもいい男と一応会ってあげる」にはなかなかに絶妙な装いだった。

「お待たせ」

 頭をぽんと叩いて声をかける。彼女はゆっくりと顔を上げた。眉が見事な八の字になっていた。

「待ちくたびれて根っこ生えそう。あと三十秒遅かったら帰るところでしたよ」

「まじか、ごめん。そんなに待った?」

 八の字がふっと緩んだ。

「冗談ですよ。今来たところです。バスが遅れて逆に私が遅刻しそうでした」

「そうか。それなら良かった」

 左手を差し出す。

「では行きましょうか、お嬢様」

 夏帆はおれの手の存在をなかったことにして、いずこかへスタスタと歩いていく。

「おいこらどこへ行く。店そっちじゃねーぞ」

 踵を軸にクルっと一八〇度振り返った夏帆は、「さ、かーえろ」と言いながらおれの前を競歩みたいに通り過ぎていった。

 そっちがその気なら――。

 駆け足で追いかける。足音に気付いた夏帆は、競歩の速度を上げた。おれはほとんどダッシュで夏帆に追いつき、右手を掴む。そのまま半ば強引に指を絡めた。

「わーこの人痴漢です」

 夏帆はつないだ手を掲げた。おれは慌てて手を下げる。

「アホなことやってないで、飲む約束してるんだからほら、行くぞ」

 不自然に説明口調なのは、周囲の人たちに痴漢ではなくこいつの悪ふざけですよとアピールするためだ。

「仕方ないなぁ。じゃあお姫様抱っこで……やっぱいいや」

 彼女はおれの細腕を見て身の危険を悟ったらしい。

 そしておれたちはなんとなく、そのままカップルつなぎのまま店に向かって歩いていった。


 ここは地ビールが色々揃っている店だよと最初に紹介したのに、夏帆はカシオレを注文した。おれは一つ南の県のフルーティーな地ビールを頼んだ。

 出汁巻き、刺身の盛り合わせ、シーザーサラダ。とりあえずド定番なものを頼む。きゅうりの漬物も頼みたかったのだが、彼女は漬物が苦手らしい。

「結構好き嫌い激しいですよ私。小学校の給食とか何かしら残してましたもん。最近はだいぶマシになりましたけど」

 夏帆は大根おろしに醤油をかけて出汁巻きに載せた。

「今でもネバネバ系とドロドロ系はだめです。例えばオクラとか山芋とかあんかけとか」

「へー。納豆は?」

「大好きです。毎日食べてます。私納豆で大きくなりました」

「なんでだよ。ネバネバの代表格じゃねぇか」

 夏帆はおれのツッコミを無視して「あ、おいしい」と出汁巻きを食べた。おれも箸を伸ばす。確かにイケる。居酒屋の出汁巻きはどうしてこんなに綺麗でおいしいのだろう。おれが作ったら妙にしょっぱくなるし焦げる。

「あとマヨネーズ! 控えめに言って吐きます。マヨネーズがちょっとでも入ってそうなのは絶対頼まないでくださいね」

「あ、そう。じゃあこのイカのマヨネーズ焼きってやつを……」

「うわーきらーい。絶対結婚してあげないし。ちなみに私、イカもだめです」

「マジか。そりゃ小さいころ苦労しただろ」

 というのも、夏帆の出身はイカで有名な町だからだ。イカは新鮮で透明なものだけ。白くなったものは食べない、とこだわる人がいるほどのイカの町だ。

「別に? 親は嫌いなの知ってるからわざわざ出さないし。給食は残すし。齋藤さんは好き嫌いないんですか?」

「おれはシイタケがだめ。てかキノコ全般が無理。エノキとキクラゲだけ大丈夫。味しないから」

「私エノキだめです。味しなさ過ぎて」

 合いませんねぇ、と夏帆は大笑いした。


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