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東京に帰ってから、早速おれは夏帆にLINEした。
『テニス大会お疲れ様でした! 夏帆と組めて楽しかった。もしよかったら、今度二人で飲みに行かない? 再来週の土曜とか』
何度も書いては消し、書いては消しを繰り返して、えいや! と送信したのがこれだった。テニス大会のお礼から始まり、さりげなく二人で会いたいと誘う。我ながら、なかなかにスマートなLINEではなかろうか。
すぐに既読がついた。そして、すぐに返信が来た。
『再来週ですか。随分早いですね。こちらになにか用事があるんですか?』
『夏帆に会いに』
『あーハイハイ。なんか変な虫がついちゃったなぁ』
『なに!? 夏帆に手を出すとはどこの不届き者だ』
『あなたですよ、変な虫の筆頭は』
それから、夏帆からもう一通連投された。
『齋藤さん、どういうつもりなんですか? そういうつもりだったら、二人で会うのはお断りします』
おれは、スマホを一旦テーブルに放って、座椅子の背もたれに大きく寄りかかった。
さて、どう返信したものか……。
夏帆の言う『そういうつもり』とは、あのテニスコートでのプロポーズを念頭に置いたものだろう。つまり、おれと付き合うつもりはないと言ってきたのだ。
だが、おれは夏帆ともっと仲良くなりたい。このままだと、来年のテニス大会まで会うことはないかもしれない。それは嫌だ。
おもむろにベッドの上で裏返しになっているスマホを拾った。
『わかった。それでもいいから飲み行こ。その週、日曜にサークルで芋煮あって顔出すんで、どうせそっち行くし』
芋煮とは、東北ではお馴染みの行事で、簡単に説明すると、河原に集まって芋を煮て食う会である。味付けについては、山形と宮城が喧嘩を始めるのでここでは言及しないこととする。
再来週の日曜日、サークルの芋煮の案内が回ってきていたのは事実なのだが、わざわざ芋を食うためだけに新幹線の距離を移動するつもりはなかった。
なにかしら理由をつけて、どうせそちらに行くのでついでに会おうよ、くらいにしておいた方が夏帆も応じやすいだろうというわけだ。
『ならいいですけど』
夏帆からの返事。
あなたとは付き合うつもりはありません。でも、ただの仲良しとして飲みに行くのは別に構いません。
夏帆はこう言っているのだ。
こっちとしては、付き合いたい気持ちは溢れんばかりなのだが、正直にその気持ちを伝えたら会うことすらできなくなってしまう。
『ありがとう! 店どっか希望ある?』
店はおれに合わせるとの返信。決まったらまた連絡する、と返して、再びスマホを放り投げた。
まずは、会い続けることが肝心だ。
次の日の昼休み。研究室の休憩室で、私はいつものように手作りの弁当を広げ、つっきーは購買で買ってきた弁当を開けた。他の研究室メンバーは学食に行っていて不在だ。休憩室には長机が二つ並び、冷蔵庫と電子レンジと電気ケトルが備え付けてある。電気ケトルでお湯を沸かしている間、私はつっきーにスマホを見せていた。
「どう思う? これ」
「……ガチじゃん」
いやーないわーやべーじゃんコイツー! みたいな軽い返事を想定していたが、つっきーの口調はむしろ神妙だった。
お湯が沸いた。ルピシアのAssamの茶葉をティーポットに入れ、お湯を注ぐ。
「どうすんの? 行くの?」
「続き読んで」
つっきーは画面を数回なぞった。私はその様子を眺めている。つっきーの目が険しくなった。
渋い表情と共に「ん」と差し出されたスマホを受け取り、弁当の横に置いておく。
「絶対『そういうつもり』だよ、齋藤さん」
「やっぱり?」
「どう見てもそうでしょ。行くの?」
「一回くらいいいかなぁって」
「断ったら? 夏帆、齋藤さんのこと好きじゃないでしょ」
「齋藤さんどころか男が好きじゃない。女の子大好き! つっきー結婚しない?」
「あんた、齋藤さんみたいなこと言ってるよ」
「うわーそれすごい自己嫌悪。え、じゃあなんて言って断ろうか。実家に帰らせていただきますので無理です! とか?」
「なんでそこでネタに走るかね」
まぁマジレスすると、と私は前置きをする。
「齋藤さんは背は低いし顔は悪いし変人だけど、別に危険な人じゃないから、二人で会っても大丈夫だと思うのね。一回会ってビシっと断ってくるよ。ズルズルしてる方がめんどくさいわ」
あ。思い出したようにAssamを二人のマグカップに注ぐ。Assamはちょっと淹れ過ぎただけで渋くて大変なことになる。
結果としては、大変なことになっていた。