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第二章 芝刈り機 1

「齋藤君は、今は東京にいるんだっけ? 仕事は順調か? もう慣れた?」

 家守先生が赤ら顔で話しかけてくる。そして、おれはまだなにも答えていないのに、はっはっはーと笑いながら、ビールを注いできた。

「遅刻してない? 部屋は片付けてる? ちゃんとゴミ箱買った?」

「不思議なもので、一回ちゃんと朝起きる習慣がついたら結構大丈夫みたいです」

 これは本当に不思議で、入社前はどうなることかと我ながらひやひやしていたのだが、人間の適応力の高さを実感した。

「齋藤君が遅れずに会社行ってるところ、想像つかないよ」

 家守先生は、空っぽになったビール瓶を店員さんに渡しながら言った。

「ゴミ箱買った? ってどういうことですか?」

 藤村さんが、鍋料理を取り分けながら言った。

「彼、部屋にゴミ箱なくて、部屋の一角が『ゴミゾーン』になってて、そこにぽいぽい投げてたらしいんだよ。ね?」

 ね? じゃないよ、まったく。まぁ、事実なのだが。



 打ち上げの会場は、安いチェーン店の居酒屋だった。

 できるだけ夏帆の近くに座りたくて、入店の時は彼女の近くを歩いていたのだが、靴を脱ぐときに時間差が発生。その隙に、家守先生や先輩諸氏がおれと夏帆の間に入ってきてしまう事態となって、不幸にも、おれはおっさんの相手をしなければならなくなったのであった。

「家守先生、スピーチ考えてくれました?」

 おれの二つ上の先輩である根岸さんが、店員さんから新しいビール瓶を受け取り、家守先生に向かって振って見せた。家守先生はグラスに残ったビールをぐいっと飲み干した。

 おれは、話を聞きながらも、ちらちらと夏帆の方を見ていた。彼女の席は、周りを現役生が囲んでいて、楽しそうに笑っていた。

「まだ」

 根岸さんはそのグラスにビールを注ぐ。

「来週なんですけど、大丈夫ですか?」

「それがねー、いっぱい良いところを話したいと思ってるんだけど、いざ考えてみると、面白い失敗談ばっかり浮かんできちゃってね。新婦さん、ほんとにこいつでいいの? みたいな話になってしまう」

「え、もしかして根岸さん、結婚するんですか?」

 おれも根岸さんからビールを注いでもらった。グラスを口に付け、飲む瞬間に、またちらりと視線を夏帆に向けた。竹内と一緒に、身を寄せ合って小さいスマホの画面を覗いていた。おれはぐいっとビールをのどに流し込んだ。

「そうなの。実は来週に式」

「わー! おめでとうございます!」

 藤村さんがぱっと明るい声で手を叩いた。

「お相手は?」

「職場の同期」

 根岸さんは、少し照れくさそうに言った。

 写真見せてください! という藤村さんに、根岸さんは、やだ、とぺろりと舌を出した。

「齋藤君も、結婚秒読みの彼女がいるんじゃなかった?」

 根岸さんは話題を変えようとして、おれに話を振ってきた。

「三か月前までいたんですけどね」

「え、うそ! 別れたの!?」

 家守先生が食いついてきた。このおっさん、いい年してこういう話が大好きなのだ。誰と誰が付き合っている、卒業生の誰々が結婚した、あるいは別れた、など、どこから情報を得ているのか、大体なんでも知っている。

「なんで? 彼女さんも今年就職したんでしょ? お互い社会人になったことだし、僕は齋藤君すぐ結婚すると思ってたよ。やっぱあれか、部屋が汚すぎたとか」

「いやーまあざっくり言うとですね、向こうの同期に盗られました」

「うわぁ、ありがちなやつじゃん。ドンマイ」

 根岸さんが肩を叩きながらグラスを近づけてきたので、おれも自分のグラスを当てることで応じた。

 



 おれには、三年半付き合ってきた彼女がいた。しかしそれもこの七月までの話だ。

 就職を機に、遠距離恋愛になってしまったのだが、一年働いたくらいをめどに結婚しようという話をしていた。そのため、彼女は一年後には東京への異動の希望を出すと言ってくれていて、もし認められなかったとしても籍は入れてしまおうというところまで二人の意思は一致していた。

 遠距離になってからも、おれは月に一、二度は彼女の家に通っていたのだが、七月のある日、いつものように彼女と一緒に週末を過ごしてから自宅に帰った深夜、Lineの通知が届いた。


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