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童話 「死」は夜空でした

「死」は夜空でした。

 ある日、「死」は、生まれたばかりの赤ちゃんを見つけました。

 それは、これまでに「死」が見たことのある赤ちゃんよりもずっと小さくて、透明な箱のようなもののなかで寝ていました。

「死」は、近いうちにこの子を星にしなければならないだろうな、と思いました。それくらい、その赤ちゃんの命の灯は弱々しかったのです。

「死」は、毎晩赤ちゃんの様子を見守りました。

「死」は夜空なので、今までに連れてきた数多の命が「死」のなかで星になって輝いています。赤ちゃんの命の灯が消えたとしても、「死」がすぐに星にすれば、友達がたくさんできて寂しくないだろうと考えたのです。

 ある日、いつものように赤ちゃんのもとを訪れたところ、一人の女性が、「死」を見上げていました。女性の隣には、男性が寄り添っていました。

 女性は、随分とやつれて見えました。目から、涙がこぼれていました。


「どうか、夏帆を連れて行かないでください。夏帆を助けて」

 

 それから、赤ちゃんの命は何度か消えかけました。そのたびに、「死」は赤ちゃんを連れて行こうとしました。

 しかし、「死」は赤ちゃんに触れることができませんでした。

 赤ちゃんを包む、柔らかく暖かい光と、強く燦然とした光が、「死」を寄せつけなかったのです。

 やがて、赤ちゃんは少女になりました。赤いランドセルを背負って、はしゃいでいました。

 少女の命の灯は、見違えるほど強くなりました。柔らかく暖かい光と、強く燦然とした光も、ずっと変わらず少女を包んでいます。

「死」は、もう少女を連れて行かなくてもいいな、と安心しました。

「死」は、ほとんど少女を訪ねることはなくなりました。

 ほかの命を星にするとき、ちらりと少女を見かけることはありましたが、そのたび、元気な様子を見ることができて満足していました。



 そして、少女は大人の女性になりました。

 彼女を包む光のうち、強く燦然とした光は、消えていました。

「死」が、彼女をずっと守っていた人を星にしたからでした。

 その代わり、彼女自身がそれを受け継いだかのように、強く燦然とした光で周囲を照らすようになりました。

 彼女はしばしば、「死」を見上げました。彼女をずっと守っていた星は、夜空の中で、彼女に応えるかのように瞬いていました。



 彼女をもう一つ新しい光が包みました。蒼く優しい光でした。

「おれは夏帆より長生きする」

 彼女のそばにいる男性が言いました。彼も、彼女と同様に二つの光と、新しい一つの光で包まれていました。

「夏帆を一人で遺したくない。寂しい思いをさせたくない」

「でも、女性の方が男性より寿命は長いのよ」

 彼女は言いました。

「そもそも、准一さんのほうが年上だし」

「それでもおれは、夏帆より長生きする。死にそうになったら、気合でなんとかする」



 柔らかく暖かい光と、強く燦然とした光と、蒼く優しい光は、一つに融け合い、虹の光となりました。

 彼の三つの光も同様に一つに融け合い、純白の光となりました。

 彼女と彼は、その虹の光と純白の光を以て、彼女と彼の間にやってきた新しい命を守りました。

 新しい命の灯は、得てして不安定です。

「死」は、気が進みませんでしたが、どうしても彼女と彼の間の新しい命のもとを訪ねなければならない時もありました。

 しかし、かつて彼女を包んだ光がそうしたように、虹の光と純白の光が「死」を拒絶したのでした。

 ある日、彼女は新しい命をその腕に抱き、「死」を見上げていました。彼女の隣には、彼が寄り添っていました。

 そして彼女はふっと笑みを浮かべ、新しい命を見つめました。

「赤ちゃんってね、生まれる時にぎゅっと手を握っているの。手の中に幸せをいっぱい握りしめて、生まれてくるの」

 彼女は言いました。

「うん」

 彼は、彼女の肩を抱いて答えました。

「でも、手を開いたときに、その幸せを放してしまう。その手放してしまった幸せを一つ一つ探すために生きていくんだよ」

 そして彼女は、もう一度「死」を見上げました。

「どうかこの子が幸せに生きていけますように」



 それからどれだけ時が経ったでしょうか。

「遠距離恋愛だと思って。でも、まだしばらくはこっち来なくていいからね」

 ベッドに寝ている年老いた彼は、彼の手を握って離さない年老いた彼女が暗くならないように、努めて明るく言いました。

 それから数日後、「死」は年老いた彼を星にしました。

 年老いた彼女は、「死」を見上げて涙を流しました。

「私より長生きするって言ったのに。嘘つき……」

 星になった彼は、夜空の中で瞬いてみせました。

「死」は夜空なので、星になった彼の想いがわかりました。

 年老いた彼女も、こういうときに彼がなんと応えるか、わかっていました。しかし、わかっているのにその言葉が聞こえないことが苦しくて、あとからあとから涙が流れました。



 ある晩、「死」は、年老いた彼女のもとを訪れました。

「死」がそっと手を差し伸べると、年老いた彼女は全てを受け入れた様子で、そして少しうれしそうに、その手をとりました。

「死」は、年老いた彼女を古い友人のように思いながら、夜空に迎えました。

 星になった彼女を、星になった彼が、夜空で待っていました。


「もうちょっとゆっくりしてから来ても良かったのに」

「いいの。遠距離恋愛はもうじゅうぶん。あなたも私がいなくて寂しかったでしょう」


 そして、星になった彼と彼女は、久しぶりにこの言葉を交わしました。何度も、何度も交わしあってきた言葉でした。


「愛してるよ」

「私も」


Fin.


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