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「さっき終わったので家に帰りますね……冗談ですよ。ちゃんと行くから待ってて」

 夏帆からの電話。少し酔っているのか、いつもより声を張っているように聞こえた。

 飲み会の店からイルミネーションのある通りまで、アーケード街を歩いてくると夏帆は言っていた。おれは待ち合わせ場所にしたライオンの像の前を通過して、夏帆が歩いてくるはずのルートを逆走することにした。立ち止まってのんびり待ってなどいられなかった。少しでも早く夏帆の顔を見たい。

 眼球をぎょろぎょろと動かして、すれ違う人の顔をしっかり確かめていく。もし気付かず通り過ぎてしまったらどんな嫌味を言われることか。しかしこれではちょっとした不審者かもしれない。

 程なくして、丹念に顔を確かめる必要などなかったということを悟った。気付かないはずがないのだ。視線が自然と吸い寄せられた。

 襟にファーのついたグレーのコートの下からワインレッドのスカートがのぞく。白いニット帽。肩にかけたピンクのバックの紐を右手で押さえながら、颯爽と歩いてくる。

「久しぶり」

 手を振って声をかけた。夏帆の対応はもはやお約束、空々しく顔を逸らしながらスルー。さすがにおれも慣れたもので、普通に話を続ける。

「飲み会どうだった?」

 夏帆はハッとした表情を作った。

「変な虫だ。逃げよう」

「そういうあなたは芝刈り機じゃないですか」

「えへへ。照れる」

「実は気に入ってるだろ」

「的確なのでいい名前だと思ってる。ありがとうございます」

「そいつは良かった。じゃあ行こうか」

 左手を差し出した。夏帆は右手で繋ぐ。当たり前のようにカップル繋ぎが成立していた。


 二人そろって感嘆の息が漏れた。

 通りの両脇と中央分離帯の二列、計四列ものけやき並木が星降るように光り輝いていた。

 おれたちは中央分離帯に整備された歩道、光のトンネルの真ん中を歩いた。

「夏帆」

 スマホのカメラを起動してレンズを向ける。彼女は両腕を大きく横に開いて笑った。シャッターを切った。光の真っ只中で夏帆が輝いていた。

「せっかくだから一緒に撮りましょ」

 夏帆はスマホをインカメにして、くっつくくらい顔を近づけた。

「ページェント写んない。もうちょっと頭下げて」

 ぎこちない笑顔の変な虫と、目をまん丸にし唇を尖らせた変顔の芝刈り機。これがおれたちの初めてのツーショットとなった。


 おれたちはいつしか、腕を組んで歩いていた。

「一つだけピンクの光があって、それ見つけたら幸せになれるらしいよ」

「そうなんですか? 私が聞いたのは一緒にページェント見に行ったカップルは破局するってヤツだけど」

「両極端だな。んじゃ是が非でもピンクの光見つけないと」

「私たち別にカップルじゃないしなんも関係ないですけどね」

「ピンク見つけたら幸せなカップルになれるかも」

「誰かいい人が見つかってカップルになれるといいですね」

 誰かいい人。その人は隣にいる。腕を組んで一緒に歩いている。おれがそう思うことを夏帆は分かっている。分かっていてあえてそういう言い方で線を引いているのだ。夏帆が引く線に、おれは踏み込まないといけない。何度でも。何度距離を置かれようとも。足踏みをしてしまったら終わってしまうと感じていた。

「いい人かぁ。夏帆しか考えらんない」

「いつもありがとうございます。あ、あそこ」

 夏帆が指差す先。人だかりができていた。みんな頭上を見上げ、スマホやデジカメを向けていた。

「ピンクの光、あの辺なんじゃないですか?」

「行ってみよう」

 そこはちょうど結婚式場の正面だった。「どこ?」「あったあった!」と、ちょっとした騒ぎになっている。

「どこだろ」

「見つけないと齋藤さん不幸に終わりますよ」

「そらマズイ」

 目をこらすが電球が多すぎる。何しろ、光のトンネルだけあって一つ一つを見分けるのが難しいくらいの密度で装飾されている。

「あ」

 夏帆が声を上げた。

「あれかな」

「どこ?」

「多分あれ」

「どこどこ?」

「あったあった!」

「ど、こ、だー!」

「もう、仕方ないなぁ」

 夏帆はおれの頭をむんずと掴んで無理矢理角度を調節した。

「まっすぐ見て。あの二股の枝分かりますか? 根本がコブになってるっぽいやつ。すぐ上にぶっとい枝が伸びてます」

「どこ」

「齋藤さん目ついてますか?」

「視力〇・〇一。コンタクトで一・二。あーあれね」

「そこから上の枝分かれ見て。手前の枝と交差しているとこのすぐ右です」

 言われたとおりに見ていくと……。

「分かった、あれか!」

 黄金色の光の中に、淡く暖かい光が一つ。気を抜くとすぐに見失ってしまいそうな光だった。

 すぐにスマホを取り出す。カメラを向けたが、さすがに無数の電球のうちの一つを綺麗に撮ることはできなそうだった。一応シャッターを切る。

 夏帆もスマホを向けていた。首をかしげているので、状況はおれと同じらしい。そんな夏帆の横顔をこっそり写真に収めた。夏帆は「有料ですよ」と両手で顔を覆ってみせた。指の隙間からのぞく瞳が、ページェントを反射して金色に輝く。

「こんな時ちゃんとしたデジカメ欲しいですね」

「だよな。本物のカメラは違うだろうし。来年もまた一緒に来ようよ」

「あなたも本当に物好きですね。だいぶズタボロにしてるのに。こんだけしつこい虫は初めてです」

「でしょ。好きだから仕方ない。」

「あーはいはい。ありがとうございます」

「夏帆だってさ、今日は腕組んでくれたじゃん。びっくりしたよ」

「んー。ま、喜ぶかなあって思って」

 夏帆は再びインカメにして、体を寄せてきた。二枚目のツーショットは、背景のどこかにピンクの光。そして相変わらず笑顔の下手な変な虫と、満面の笑みの芝刈り機であった。


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