ですぺら〜と☆くわく 聖杯探索のその横で(3)
「なるほど、単なる悪さにしては度が過ぎていますね。垣根まで壊すとなると」
集まってきた村人たちの話を聞きながら、ボガートはもっともらしく相槌を打ち、うんうんとうなずいてみせた。
「小鬼どもに追われて、村に流れてきたのかもしれませんな……」
村長が少し考え込むように言う。その言葉に、集まった者たちは顔を見合わせ、小さくうなずき合った。
小鬼と妖魔の違いなど、村人にはそう厳密に分かるものではない。
せいぜい「村里まで来るようなのがホブゴブリン」「森の近くで畑を荒らすのがゴブリン」――その程度の曖昧な認識だ。
だが、この村長は少し違った。
「追われてきたかもしれない」と口にしたその見立てに、三人はわずかに目を留める。田舎の村長と侮るには、少しばかり勘がいい。
ニーアが柔らかな声で言葉を継いだ。
「確かに……普通の小鬼たちの悪ふざけにしては、少し度が過ぎていますね」
村長はうなずき、深いため息をつく。
「どうやら……『ハグレ』らしいのです。ご存じの通り、群れを外れた小鬼はかなり性質が悪い」
ホッブが腕を組み直し、低い声で言った。
「放っとけば、被害は広がる。まずは下見だな」
その一言には妙な重みがあったらしく、村長の表情がわずかに和らいだ。
村長は最初、目の前の三人を疑いの目で見ていた。
こんな辺鄙な村に、突然冒険者が現れること自体がまず珍しい。しかも、押し売りの冒険者や詐欺師がまったくいないわけでもない。
だからこそ、最初から簡単に信じるつもりはなかった。
だが、この三人はどこかが違った。
垣根を壊した小鬼が、ただの悪ふざけでは済まない類のものだとすぐに見抜いたこと。
そのうえで、放ってはおけないと口にしたこと。
少なくとも、困っている村に付け込むだけの、ろくでなしの押し売り連中には見えなかった。
村長は静かに三人を見つめながら、昔のことを思い返していた。
若いころ、たった一度だけ見た本物の英雄。
その者たちは、威張り散らすでもなく、むしろ淡々としていた。だが、いざとなれば迷わず前に出る――そんな不思議な落ち着きがあった。
目の前の三人には、どこかそれに似たものがある気がした。
信じてもよい。
少なくとも、今はそう思える。
そこまで考えて、村長は胸の内で首を振った。
――だが、それでも。
それと村に代々伝わるものを預けるかどうかは、まったく別の話だった。
村長は小鬼たちの被害について語り終えると、ひとまず話を切った。
「まずは、ゆっくり腹ごしらえでもしてください。村を挙げて用意した料理ですので……お口に合えばよいのですが」
三人は笑顔でそれを受け取り、並べられた料理を口にしながら歓談を始めた。
やがてニーアが、何気ない調子を装って尋ねる。
「ところで……この村には、何か特別なものがあったりしますか? たとえば、古い伝承の品ですとか、祠のようなものですとか」
その問いに、村長の顔がほんの一瞬だけ曇った。
「いやぁ、そのような……この村はご覧の通りの田舎でしてな。大それたものなど、あるわけがありませんよ」
「そうですか。まあ、何かあればまた教えてくださいね」
ニーアはそれ以上は追わず、ただ軽く微笑んだだけだった。
その様子に、村長はかすかな安堵を覚える。
強引に探りを入れてくるようなら、それだけで話は別だった。だが、少なくとも今のところは違う。
そのことが、かえって彼の迷いを深くした。
実のところ、この村には代々伝わる「特別な品」があった。
たいそうな財宝ではない。だが、村にとっては金銀より重いものだ。
もしそれを、見ず知らずの者に軽々しく明かしてしまえば――たとえ相手が善人であっても、取り返しのつかぬことになるかもしれない。
(もし、こやつらが詐欺師だったなら……)
そこまで考えて、村長は小さく息を吐いた。
三人が本当に本物に近い者たちかもしれない、という気持ちはある。
ゴブリンをその場で討ったという話も、どうやら嘘ではなさそうだ。
物腰にも、話しぶりにも、妙な落ち着きがある。
だが、だからこそ、なおさら軽々しくは渡せない。
(信じるのはいい。だが、託すかどうかは別だ。もう少し見極めねばならん)
そう結論づけた村長は、三人の動向を見守ることを心に決めた。
三人は用意された食事を終えると、下見に向かう支度を整えて村長と別れた。
見送る村長は、その背中を見ながら再び胸の内で呟く。
(この三人が本物なら、村は救われるだろう。だが……託すかどうかは、もう少し見極めてからだ)
いくらか薬草を受け取ったあと、三人は村人たちの話を頼りに魔物の棲み処へ向かった。
そこは、奥に祠があるという洞窟で、入口の周囲にはすでに獣道がいくつも走っている。
三人は細心の注意を払いながら、その周囲をゆっくり見て回った。
「いきなり突っ込んで、全員お出迎えってのはごめんだな」
ボガートが冗談めかして呟き、周囲を見渡す。
「その通りだ。遭遇戦なんて悪夢だからな」
ホッブが低い声で応じる。
ニーアは足元の獣道に目をやりながら、静かに言葉を継いだ。
「奇襲が基本よ。いくらゴブリン相手でも、慎重さは絶対に必要だから」
ざっと見ただけでも、妖魔たちがここに住み着いていることは明らかだった。
踏み固められた道筋、洞窟の周囲に残る足跡、鼻をつく獣臭。
群れがこの辺りを活動拠点にしているのは間違いない。
「元はもっと人里に近いところにいたんでしょうね。追い立てられて、こんな辺鄙な場所まで逃げてきたのかも」
ニーアが呟くと、ボガートが肩をすくめた。
「冒険者を雇ってまで追い払われた結果がこれってわけですか。災難な話っすね」
三人は洞窟の入口近くまで慎重に寄り、距離を取った位置から内部の様子をうかがった。
奥から響く物音や気配、出入りの跡を見ても、かなりの数が潜んでいるのは間違いない。
「五十匹ってとこですかねぇ。思ったより多いけど、ホブゴブリンがいないのは幸いだ」
ボガートが顎に手をやり、楽観的な声を漏らす。
「だが、三人で相手するには少し多いな」
ホッブが険しい顔で言った。
「確かに、数だけ見れば多いわね。でも……ゴブリンの戦い方はだいたい単調よ」
ニーアはそう言って洞窟の入口を見据えた。
「まともに考えて動くような相手じゃない。うまく奇襲できれば、混乱させて数を削れるわ」
「思ったよりきつそうだけど、何とかなりそうだね」
ボガートが軽い調子で言う。
「五十人ってところか。人間に換算すれば十五人から二十人程度……村人が太刀打ちできないのも無理はない」
ホッブが数を整理するように淡々と言うと、ニーアが小さく笑った。
「気が緩んでるよ。村人の前ではちゃんと『五十匹』と言いなさい。それに、数は少し割り増しして、全体で百匹くらいって言っておく方がいいわね」
村人は魔物を「匹」で数えるが、冒険者は手合いとして「人」で見積もることがある。もっとも、今のホッブの場合は半分ほど気の緩みだろうが。
「了解っす、姐さん」
ボガートは軽く頭を下げつつ、口元に笑みを浮かべる。
「とはいえ、奇襲さえ成功すれば、実際には二、三十匹も倒せば済みそうですけどね」
「いや、強そうなのを先に仕留めれば、もっと少なくて、十人くらいで済むかもしれないわね」
ニーアがさらりと言うと、ボガートは少しむっとした顔で言い返した。
「姐さんだって、ちょっと気が緩んでません?」
「……かもね」
数え方のことに気づいたニーアは、わずかに照れたように笑ったが、すぐに表情を引き締めた。
三人は小さく笑い合いながら、来た獣道を慎重に引き返した。
村長が望んでいるのは、おそらく妖魔どもの根絶やしだ。
だが、討伐の依頼として受ける以上、冒険者がそこまで付き合う義理はない。
三人の狙いは、あくまで「ほとんど片づいた」と思わせるだけの結果を作ることだった。
本当に一匹残らず始末してしまえば、それで終わりだ。次の稼ぎの種まで潰すことになる。
「やりすぎないってのも、案外難しいのよね」
ニーアが何気なく呟くと、ホッブが短く応じた。
「あの村長も、そのくらいは分かってるだろうさ。でなきゃ、こんな頼み方はしない」
ボガートは受け取った薬草を指先でもてあそびながら、にやりと笑う。
「まあまあ、面倒な依頼には慣れっこじゃないっすか。やるだけやって、うまいこと片づけましょうよ」
三人はそれなりに場数を踏んできていた。
だが、その慣れは慎重さを手放すほどのものではない。
今回の相手も、所詮は飯の種のひとつにすぎない。
それでも油断だけはしない――その点だけは、三人とも同じだった。
そうして彼らは、洞窟へ踏み込む刻限を見計らいながら、静かに村への帰路についた。




