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冒険家 〜語り部がつむぐ英雄ならざる英雄達の物語〜  作者: 製本業者


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ですぺら〜と☆くわく 聖杯探索のその横で(1)

「どうです、マムさん」

痩せぎすの男が、にやにやと笑みを浮かべながら妙齢の美女に顔を近づけた。その笑みには、軽薄さとどこか憎めない愛嬌が同居している。


「……その呼び方、やめたら?」

冷たい声が返る。

姐さんと呼ばれた女――ベン・ニーアは、一瞬眉をひそめ、不快げに顔を背けた。男が妙に距離を詰めてきたせいか、それとも年上の男から「姐さん」と呼ばれること自体が気に入らないのかは分からない。


だが、ボガートと名乗るその男は気にした様子もない。むしろ、その反応を楽しんでいるようですらあった。

「いやいや、姐さんみたいな器量よしには、ぴったりの呼び方だと思ってますって!」


その言葉に、ニーアの眉がぴくりと動く。だが彼女は深追いせず、軽くため息をついただけだった。


「絶対確実、請け負いますぜ」

ボガートはそう言って、にやにや笑いをさらに強めた。普通なら不快感を覚えさせかねない笑みだが、どこか滑稽で憎めない。顔の真ん中にそびえる異様に高い鼻が、整った顔立ちを絶妙にぶち壊しているせいかもしれなかった。


この町は、いわゆる辺境フィールドが近いせいもあって、安酒場には冒険者がたむろしている。パーティーを組み損ねた者同士が声を掛け合い、話をまとめようとする光景も珍しくない。こうした相談事が持ち込まれる場所としては、飯屋を兼ねた安酒場が定番だった。中には往来で声をかける豪胆な手合いもいるが。


「要するに、『絶対確実』っていうのは、その鼻みたいに高い自信があるってことね?」

ニーアが冷たく言い放つ。


「その通り! あっしの鼻が高いのは、姐さんへの敬意の証拠なんですから!」

ボガートは胸に手を当て、芝居がかった仕草で応じた。


その背後で、筋骨隆々の大男が鼻で笑う。

「ふん、どうだか」


だがボガートは動じるどころか、調子に乗って続けた。

「何、上手くいく必要なんてないんですって。三人で行けば、それだけでOKなんですから。ただ、あっしの他に姐さんと、そっちの野郎の三人がってのが唯一の条件ですけど」

「姐さんとそっちの野郎がいれば、あっし一人じゃ作れない完璧なチームができるってことっすよ!」


「三人でって、どういう理屈よ」

ニーアが鋭く突っ込む。


それに応じるように、ホッブが腕を組んだまま、不機嫌そうに言った。

「俺たちを巻き込むな」


「巻き込むだなんて、ひどいなぁ! あっしの目には、この三人が運命的なチームに見えてるんですから!」

ボガートは大げさな身振りで叫び、ホッブは頭を掻きながら肩をすくめた。

その様子に、上手く引っかかったとボガートは密かにほくそ笑む。


 ▼ △ ▼


ニーアはゴブレットを傾け、冷ややかな視線を二人に向けた。

「……で、本題は何?」


マムさん、実はですね――俺たちで『勇者様ご一行』になっちゃおうって話なんですよ!」


ボガートが得意満面に声を張り上げると、ニーアは眉をひそめた。

「アンタ、正気?」


「もちろん正気ですとも! 見てくださいよ、この俺たち三人。噂されてる勇者たちの特徴にピッタリじゃないですか!」


実際、彼の考えは作戦と呼ぶほど大それたものではなかった。

何も知らない田舎の村へ行って、今話題の勇者様のふりをする。ただそれだけのことだ。


しかも都合のいいことに、ボガート自身は勇者一行の一人と風体が似ていた。

筋骨隆々の戦士、ひょろりとしていて呪文も剣もそつなくこなす魔法戦士、それに長い髪をまとめた女魔法使い。

このうち、彼は魔法戦士と雰囲気だけなら近い。もっとも、顔までは似ても似つかないが。


そして目の前の女とその護衛もまた、勇者一行の特徴によく当てはまっていた。

長い金髪の美女に、筋骨隆々のたくましい男。

顔立ちなど違っていても構わない。そもそも本物を見たことのある人間などいなさそうな村を狙えばいいのだから。


ボガートは指を一本立て、得意げに説明を始めた。

「まず姐さん、金髪で美人――女魔法使い役にこれ以上ない適役です!」


「……ま、そこまでは否定しないわ」


ニーアが皮肉まじりに返すと、ボガートは意に介さず話を進める。

「で、ホッブさん! 筋肉ムキムキで無骨な雰囲気、戦士役として完璧です!」


「勝手に決めるな」


ホッブは腕を組んだまま低い声で一瞥したが、ボガートはお構いなしだった。

「……で、アンタは?」


「俺っすか? 俺はひょろりとしてるけど、剣も魔法もこなせそうな雰囲気――魔法戦士役にうってつけっすよね。ちょっと頭脳派っぽいところが特に!」


その瞬間、ニーアとホッブの目が合った。

二人はそろってため息をつき、ほぼ同時に言った。


「どこがだよ」


「えっ、そこは納得してくれるとこじゃないんですか?」


ボガートが驚いたように眉を上げる。

ニーアは呆れた様子で肩をすくめた。

「そのどこに頭脳派要素があるのか、説明してもらえる?」

「ほら、姐さん。見た目だけじゃなくて、この俺の機転とか――」

「はい、却下」


ニーアがぴしゃりと言い放つと、ボガートは口を半開きにしたまま黙り込んだ。


だが、すぐに身振り手振りを交え、慌てて計画の穴を埋めようとする。

その様子を見ながら、ニーアは冷ややかに言った。

「ふりをするだけっていうのが、アンタの言う『完璧』なのね」

「だって、バレるわけがないじゃないっすか!」


ボガートは胸を張り、さらに続けた。

「ほら、勇者様たちが今どこにいるか、俺、知ってるんですよ?」


ニーアは眉をひそめ、半ば呆れたように問い返した。

「……本当なの?」

「ええ、ええ。風の便りみたいな当てにならない話じゃなくて、直接本人たちから聞いたんですから、間違いないっすよ!」


ボガートは得意げに語り出す。

「勇者様たちは、今ごろ岩礁を探して船旅の真っ最中ですよ。つまり、ここには来られない!」


もっとも、直接聞いたわけではない。

ただ、『聖杯探索に必要な鍵を探すため、船で岩礁へ向かう』と話しているのを、近くで耳にしただけだ。


だが、方法などどうでもいい。重要なのは、その情報だった。


「それに、田舎の村にいる連中なんて、本人たちを見たことすらないんですって。まさに、おあつらえ向きってやつですよ!」

「なるほどね……」


ニーアはゴブレットを指先で回しながら、静かに応じた。


「でも、お前が魔法戦士ってのは……無理じゃないか?」


ホッブが、肩の筋肉に埋もれたような首をかしげながら、ボガートを見下ろす。


「無理なんてないですって! ほら、この細身の体型。剣も魔法もできそうに見えるでしょ?」


ホッブはしばらくボガートを見つめていたが、やがて真顔で言った。

「いや、その顔で全部台無しだ」


その一撃に、ボガートは胸を押さえ、後ずさった。

「ホッブさん、それ、結構グサッときますよ……」


ニーアはそのやり取りを見ながら、呆れたように肩をすくめる。

「まあ、見た目はともかく、計画そのものはリスクが低そうね。どうせ田舎の村じゃ、見破られることもないでしょうし」

「そうなんです!」


ボガートが息を吹き返したように叫ぶ。

「やっぱり姐さんは見る目がありますよ! この計画、勝ったも同然です!」


 ▼ △ ▼


「どう思う、ホッブ」

傍らに控える筋骨隆々の男に、ニーアは声をかけた。

ホッブはギロリとボガートを一瞥し、フンと鼻を鳴らす。


「どう考えてもバカげてる。だが……詐欺師が、わざわざ自分から窮地に向かうことはない」

「まあ、アタイも詐欺師の言うことなんて信じちゃいないけど、あんたの言う通りかもしれないね。話を持ちかけてきた詐欺師本人も一緒に行くんだから、何とかなるか」


詐欺師とは酷いなぁ、と思いながらも、ボガートはその言葉を受け流した。


ニーアは自分の前に置かれた蒸溜果実酒ブランデーの満たされた脚付杯ゴブレットを持ち上げる。

「いいだろう。その話に乗る」

「やった!」


ボガートが拳を突き上げる。

だが、ニーアは冷ややかな目のまま言葉を継いだ。


「ただし、私がリーダーだ。勝手な行動は一切なし。それと、失敗したら責任はアンタに取らせる。いいね?」

「もちろんっすよ、マムさん! あっしは姐さんのために命だって――」

「そこまでは頼んでない」


ボガートの言葉を、ニーアはぴしゃりと切って捨てた。

それでもボガートは懲りずに手を振りながら胸を張る。


「もちろんですよ! 全部俺に任せてください! 『勇者様ご一行』の名を村中に轟かせてやりますから!」


ホッブは肩をすくめた。

「まあいいだろう。これで俺たちが勇者ってわけだな」

「そういうことね」


その言葉に合わせてニーアがゴブレットを持ち上げると、二人の男も麦酒ビールの入った大型酒杯マグを掲げ、口をつけた。


「これで決まりだ。俺たち、『勇者様ご一行』の出陣ってわけだ!」

「……まったく。誰がこんなくだらない話に付き合うものかと思ったけどね」


そう言いながら、ニーアはゴブレットの脇に自分の分の硬貨コインを置いた。


「まあいい。行くよ、ボガート、ホッブ」

「「合点承知ヤボール」」


精霊使いニーアの案外よく通る声に、男たちは声をそろえて応じた。


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