06 聖女
「さて、じゃあ次はひよりの番だな」
「は、はいっ! ひより頑張ります!」
ただの確認なので頑張る必要はないのだが、まあやる気がある分にはよいだろう。
「せっかくなので応用から先にやってしまうか。ひよりの能力は我と同じく魔法に属する。魔法式をいじれば色々応用が可能だろう。まずはそうだな、今張っている神聖結界に穴を開けてみろ」
魔法の形状変化だ。神聖結界は地下も含め球状に周囲を防御する魔法。もちろんこれも魔法式で制御されているのでそこをいじれば細かい変更が可能なのだ。だが……。
「む、無理ですー。ていうか何をどうしたらいいのか分かんないです。頭にあるから式は唱えられるけど、どこをいじればいいのかからひよりには全然分かんないですよぉー」
「途中に形状指定の式があるはずなのだが。……ふむ、言葉で説明するのは難しいな」
「未熟で申し訳ないですぅ……」
ひよりがしょんぼりしてしまった。
結界の任意の場所に穴を開けられるならそこから外部への攻撃が出来るのだがな。まあそれはおいおい出来るようになればよい。
「ていうか王子と同じことみんなが出来ると思うなよー」
ニコの言うことももっともだ。そもそも我自身、ひよりへのアドバイスを言葉にするのが難しかった。
魔法式とは元来複雑なものなのだ。
我が使う分には問題ないが、人に教える際には魔法式を紙などに書く必要があるだろう。表記法なども研究せねばならぬか。もっともその程度はこの世界にもあるはずだから、まずはそれを見てからの話になるだろうがな。
「うむ。とりあえず魔法の応用は置いておこう。聖女の魔法は属性魔法と比べればいじる必要もないはずだ。回復魔法などはへたにいじると逆に危険であろうしな」
聖女の魔法は回復など人体に直接作用する物が多い。しかも味方に使うのだ。へたに魔法式をいじって失敗しましたでは取り返しがつかない。
神聖結界は人体に作用しないからいじっても良かったのだが、ひよりには魔法式の変更自体覚えさせない方が安全という考え方も出来る。
「そもそも聖女などという職能を使うためにひよりはここにいるわけではないからな。お前には料理を作るというもっと大事な役目がある。我らは全員がひよりの料理に慣れてしまっているからな。異世界の不味い料理には恐らく耐えられぬであろう。職能などは女神が与えたおまけであって、我らの価値は全員別に存在するのだ」
「ありがとうございます駆馬様。でも……せっかくひよりも能力もらえたから、能力でもお役に立ちたかったです」
「うむ。それももっともな意見だな。だがそれも問題ない。聖女の職能自体が元から使える物のはずだ。聖女の魔法には回復魔法以外に強化魔法もあるだろう。試しにニコにかけてみろ。これだけでも十分強力なはずだ」
「は、はいっ。やってみます! 行くよニコちゃん!」
「かかってこいやー」
「全能力強化魔法! フルステータスバーストアップ!」
「うぉぉおおー」
フルステータスバーストアップ。聖女の魔法の中でも最上位の強化魔法だそうだ。対象一体の全ての能力値を大幅に上げる効果がある。
そしてその結果だが。なんと……ニコが腕立て伏せをやっている。
「……99、……100。ふはは。まだまだいけるぞ。こんな爽快な気分は初めてだー」
「お願いニコちゃん、もうやめてー!」
ひよりが泣いて止めるほどだった。
今まで一回も腕立て伏せの出来なかったニコが腕立て伏せ百回を超そうとしていたのだ。恐怖以外の何物でもない。
異世界に来てニコの基礎能力が上がっている影響もあるだろうが、聖女の能力、恐ろしいほどに危険である。このフルステータスバーストアップ。葉月などに使った日には一体どうなってしまうことだか。
さらに言うと聖女の職能は回復魔法も半端じゃない。魔力は相当消費するそうだが部位欠損すら治せるらしい。もちろん内臓も含めてである。
ニコの錬金術も王侯貴族に狙われる危険の高いスキルだが、その観点で言えばひよりの回復魔法の方がより危険とさえ言える。
もちろん我らが全力で守るので何も問題はないのだがな。
「あ、今のは最上級魔法のせいで、もっと効果の薄い魔法もありますよ」
別に効果が凄くても構わぬのだが、確認なので他の魔法も試させてみる。
「セル・アクティベイション! これは効果範囲内にいる味方の細胞を活性化して自然治癒力などを高める魔法みたいです! 新陳代謝も良くなってお肌のつやとかも良くなると思います!」
次は一気に地味……というか効果を感じにくい魔法だった。いや、これは我らが無傷だから効果がないというだけだな。
セル・アクティベイションは持続型の広範囲回復魔法だ。開戦の前に唱えておけば自軍の兵達のダメージを自動で回復するのだろう。
女神は聖女の職能を治癒系の最上級職と言っていたが、やはりとんでもないチート能力であるようだ。だが……。
「使う相手がわたくし達となりますと、あまり出番がなさそうな能力ですね」
「それ言っちゃうのお姉ちゃん」
ひよりがしょんぼりしてしまった。
聖女の能力は強力だが、我らにはそれほど必要なかったりする。我も葉月も強化魔法なしですでに最強だからな。そのため強化魔法の出番はなく、回復魔法などはもっとである。
我らがそれを必要とするような状況は、それ自体が回避すべき危機的状況と言えるだろう。そういう場面はまずそれ自体を起こしてはならない。
まあ特に回復魔法がそうであるが、必ずしも我らに使う必要はない。この異世界で病に苦しむ者達に使うことも出来るのだ。
もっとも世界中の人間を救うなどとなればひよりの体が持ちはしない。相手は厳選させてもらうがな。
「ひよりの能力の対象を我らに限定する必要はない。今後この世界の人間と交わる際、ひよりの能力は非常に役に立つだろう」
「あ、ありがとうございますご主人様」
ひよりの顔に元気が戻った。だがまだ少し寂しげだ。
まだ異世界人とは会ってないからな。貴族が病にふけっていたりすればひよりの能力はヘタな攻撃魔法より遥かに価値のあるものなのだが、今それを実感するのはひよりには少し難しいかも知れぬ。
普段から使える能力であればいざという時の修練にもなってよいのだが。
そこまで考えて、天才である我はひらめいた。
ひよりの能力は対象を人に限定する必要もないのではないか?
我が家では家畜も飼っている。当然彼らも病気や怪我になることはある。それらを治すのに聖女の魔法は使えるだろう。
そして病気になるのは何も動物だけではない。さらに踏み込んで植物に魔法をかけてみるのはどうか? うむ、試してみる価値はありそうだ。
「よし、ひより。植物に魔法をかけられるかやってみろ」
「植物に……ですか?」
「そうだ。植物も病気になることはあるからな。後は家畜もだが。これらに魔法が有効なら我が家の生活環境もさらに良いものになるだろう。植物工場の野菜や家畜達にも異世界に来た影響が出るやも知れぬし、今後異世界の作物を育てる際にも使えれば役に立つだろう」
「なるほど。ご主人様すごいです! さっそく試してみますね」
いきなり野菜に試すのは心配だったためまずは樹木に試してみる。初めは損傷の治癒からだ。ウインドカッターで小さな木を半分ほどカットする。
「動物なら即死レベルの致命傷だが。部位欠損と同じ要領で治せるものか……」
「やってみます! 欠損復元」
ひよりは五分近くにもおよぶ複雑な詠唱を開始した。
改めて詠唱を聞いてみると回復魔法は非常に複雑だ。医療術や手術の要領そのものが魔法式として組み上げられているとも言える。というかこれ、相手の症状に合わせて魔法式が毎回変わるな。
やはり回復魔法を改造するのはやめておいた方が無難のようだ。下手すると手術に失敗する。
「出来ました! 本当に植物でも大丈夫みたいです」
上半分をバッサリ切られた木が元の形に戻っている。やはり聖女の回復魔法、凄まじいものがあるようだ。そして植物に有効なことも確認出来た。
我が家の植物が今のような外傷に見舞われることはまずないが、病気にも聖女の魔法は有効だしな。
我が家で異世界作物を育てる。もしくは我が家にある地球産作物を異世界で育てる際に回復魔法は大きな助けとなるだろう。
「植物に回復魔法を使うなんてひよりには思いもつきませんでした。やっぱりご主人様はすごいです! 植物工場で野菜育てるのにも使えそうですし。セル・アクティベイションなんかは新陳代謝を活性化する魔法なので生産量も増やせるかも知れません」
「うむ。ここから先は試行錯誤だな。食料関連は元々ひよりの管轄だが、これからは魔法も使いながら色々試してみるといい」
「はいっ、ひより頑張ります!」
ひよりの元気も戻ったようで何よりである。




