04 魔法使い①
「屋敷周囲の探索完了。ひより様の結界を目視確認出来ました。半透明の白い膜のような物が全周に渡って展開されています。またメガソーラープラントおよび植物工場の確認も完了。ともに正常稼働しています」
「うむ。後は工房だけか。そっちはニコの管轄だな。後はニコと相談して問題なけれ通常業務に戻ってよい。ああそれと、一応川の報告も聞いておこうか」
「はい。屋敷内の川の接続は切れていました。引水には外部の河川と再接続する必要があります。ドローンの探査によってすでに川は発見していますので後ほど立体地図をご確認ください」
「うむ」
コネクトームは的確に仕事をこなしていた。敷地内の確認は概ねこれで完了である。
我が屋敷は自給自足型住宅だ。クラフトロイド端末も含め電気さえあれば全てが動くように出来ている。原油はプラスチックを作る材料などには必要だが、燃料としてすぐ必要と言うわけではないのだ。
そして水についてもすぐに枯渇するというわけではない。我が家は下水対策も完璧で百パーセント再利用を行うことが出来る。地球では敷地内の川を外部の河川と接続もしていたが、その川は鑑賞目的がメインなのだ。
敷地内にある森にとっては川も重要だが、生活用水としては始めから使っていなかった。植物工場も含めてである。
そのため浄水プラントの方さえ問題なければ水や食糧に困ることはないのだ。もちろん浄水プラントの方は最優先で正常稼働を確認済み。
ただし敷地内の植生を維持するために川が必要なのもまた事実。早めに水を引く必要はあるのだがな。
ニコの錬金術で水を作るという手もあるが効率があまりに悪すぎる。そもそも錬金術では純水しか作れない。
機械の洗浄には純水の方が適しているからニコとコネクトームは大喜びだが飲料水には適さぬのだ。
とここまで考えて、我は自らのスキルを思い出す。そう、我のスキルには水魔法が存在する。
「ふむ、この辺で我の能力も確認するか」
「お、いよいよ魔法かぁ」(ニコ)
「ご主人様の魔法、ひより楽しみですっ」(ひより)
「私も魔法には興味があります」(コネクトーム)
「駆馬様へとあの女神が与えた能力。もし半端なものならあの場へ戻って女神を縛り上げてしまいましょう」(葉月)
「ふぉっふぉっふぉっ」(玄庵)
期待と不安の混ざった眼差しで皆が我を注目してくる。
「まあ女神が与えた能力など我らにとってはただのおまけだ。役に立てばラッキーくらいのもので元から頼りにする物ではない。便利に越したことはないがな。ではやるぞ。まずは水を作ってみる。飲料水が魔法で確保出来ればこれはかなり使えるだろう」
そうして我は意識を集中させた。脳内に直接魔法のリストが浮かび上がってくる。
記憶を辿るような感じだな。昔からこれらの魔法を覚えていたかと錯覚するほどの自然さである。
そんな不思議な感覚にとらわれつつ我は目的の魔法を検索した。水属性の初級魔法プチウォーター。手を洗う程度の少量の水を発生させる魔法だ。
使う魔法を確定させると次は魔法式が頭に流れ込んでくる。ファンタジー小説などで詠唱と呼ばれる類の物だな。
この世界における詠唱は魔法式を構築するための補助のようなものだ。複雑な魔法式を脳内だけで展開するのは難しく、口を動かして唱えることにより脳内での魔法式構築を補助するわけだ。
当然この口頭による詠唱は省略出来る。脳内で魔法式を構築しなくてはならいないのは変わらぬため省略というより短縮に近いものではあるが、人間が口を動かすスピードには限界がある。
速さの面では脳内だけで詠唱してしまった方が速いのだ。
「発動。プチウォーター」
我は魔法名だけを口にした。前に掲げた我の手の平から大量の水があふれ出す。
実際には魔法名を口で唱える必要もない。今回唱えたのは皆が見ている状況だったためだ。無言で魔法を放つのもあれであるしな。
だが魔法名を唱えるだけでもある程度詠唱の補助にはなる。魔法使用までの時間に余裕があれば詠唱そのものもやるべきだろう。威力、安定性共に詠唱ありの方が性能がいい。
だが戦闘時には瞬時に使えることも大事だからな。相手の動きに対応して即座に反応出来ねばならない。
そのために基本は無詠唱で使うよう体を慣れさせておくべきだろう。
「ふむ。きれいな水ですな」(玄庵)
「いっぱい出てすごいです」(ひより)
「質量保存の法則をこうも簡単に捻じ曲げるとは」(コネクトーム)
「さすがは駆馬様でございます」(葉月)
「てかいくらなんでも出し過ぎだろー。庭が腐るぞー」(ニコ)
我が発動したプチウォーターは一向に止まる気配がなかった。頭にある情報ではプチウォーターはここまで水が出る魔法ではないのだが。
「キャンセル」
我は解除式を展開して魔法を止めた。
「ふむ。魔法と言うのは術者の魔力によって効果に差が出るものらしいな。それ自体は至極当然のことであるが、魔法式側にそれへの対処がないのは驚いた。常人より多くの魔力を持っている場合は詠唱に工夫を加える必要があるな」
「それだけ駆馬様が規格外であると言うことでございますね。分かります」(葉月)
「ご主人様すごいです」(ひより)
「異世界の法則というのも興味深いものですね」(コネクトーム)
「魔力馬鹿って感じだなー」(ニコ)
「ふぉっふぉっ」(玄庵)
まあそういうことだろう。調節については魔法式をいじれば簡単に出来る。そして今は他に調べたいこともあるからな。まずはそちらが優先だ。
我は魔法の水で濡れた自分の指を舐めてみる。
「うむ、やはりな。成功だ。味は富士の雪解け水に近い感じか。軟水で飲料水として申し分のない水質だ」
「マジでか? 錬金術と同じで純水じゃないのかー?」
「うむ。うまいぞ。舐めてみるか?」
「舐めさせろー」
ニコが真剣な表情で我の人差し指と中指を舐め始める。
「マジだ。……王子の指結構うまいな」
指を味わってどうするニコ。
「わ、わたくしにもどうか確かめさせてください駆馬様! 是非!」
「うむ。もちろんよいぞ」
葉月が反対側の指を舐め始めた。
当然のことだがニコも葉月も絶世の美少女である。そんな二人に両側から指を舐められると少しだけ変な気持ちになってしまうな。
「ニコちゃんとお姉ちゃんだけずるい」
ひよりが物欲しそうな顔をしていた。
ひよりにも後で舐めさせてやる必要があるだろう。当然ひよりも絶世の美少女であるしな。
「ぷはっ……駆馬様の指、大変美味でございま――ではなく、確かにミネラルウォーターの味ですね。飲みなれている味がいたしました」
うむ。葉月の感想が正確だろう。我が魔法で出した水。水質含め普段飲みなれている水が出た。
おそらく術者の頭にあるもっとも水としてイメージしやすいものが出るのだろう。我以外の術者が水を出せば、味も違ったものになるはずである。
まあようするに、飲料水としてもっとも適した水が出せるということ。これで飲み水の問題も解決であるな。
もっとも飲料水には元から困ってないのだが、旅をする際にこの水魔法はきっと重宝することだろう。