01 輸入特許権
馬車の旅は一週間程度かかった。
この期間にフィリシェとはだいぶ仲良くなっている。魔法で水を出してやったのが良かったようだ。
「こんなおいしい水生まれて初めて飲みましたわ。わたくしは田舎の雪解け水を取り寄せて飲んだこともありますけどもっとこう、薬膳的な味でしたもの。まあいくらおいしいと言ってもワインには敵いませんけどね」
恐らく水質が硬水なのだろう。ミネラルは多いが日本人には飲みづらい味だ。それはフリパラの人間にとっても変わらぬようで、彼女達は水自体あまり飲まないらしい。
まあこれは綺麗な水が貴重なのが一番の理由だが。
そして代わりに飲むのがワインである。モケモケも十六歳のくせに飲んでいる。まあワインと言ってもアルコール度数は相当低いようだが。
これが日本なら止めるとこだがこの国では水の方が危険だからな。アルコールより生水の方が体に悪いのだ。
ちなみにフィリシェはもっと高い度数のワインも飲んでおり我にもそれを薦めて来たので飲んでいる。
なかなか風情のある味だった。この国のワインのレベルはかなり高いと言えるだろう。
ちなみに食事も食べられる物で助かった。もちろんひよりの料理には及ばぬがさすがに王族の食べ物というわけだ。
食事の際にはフィリシェは我のテーブルマナーに驚いていたな。貴族でないかと再度疑いをかけられたが、新興の資産家でもマナーのある奴はいるだろうと言ったら納得していた。
ちなみに我はアギルスから来た資産家という設定になっている。諸外国と戦争中の今外国人は不利なのだが、我がフリパラ人を演じるのはさすがに厳しいからな。外国人なら多少のズレは外国人だからで通せるわけだ。
さらに言うと国がアギルスなのにも意味がある。
アギルスは現在この世界でもっとも技術が進んでいる国だ。フリパラとの間には五十年の技術差があるとさえ言われている。ここまで差があるのは主に女王エリザリアのせいだろうがな。
ともかくそのアギルス出身となれば、地球製の技術を出すのもやりやすいということなのだ。
フリパラ人はアギルスを蛇蝎のごとく嫌っているが、そのアギルスの技術をフリパラに横流しするというなら逆に喜ばれるというわけだ。
「フリパラの特許法には輸入特許権も明記されてる。他国の技術を導入するには多大な労力が必要だから。それに対する報酬として特許を付与するのはむしろ必然。駆馬が提供してくれる技術にも当然この特許権は付与される」
「フリパラで新規の発明であればアギルスで既知であっても特許権を付与する……か。アギルスから見ればひどい話だ」
「そう、でもそれはお互い様。この輸入特許権自体アギルスでは百年も前にあったもの。当時は大陸の方があの島国より進んでいた。そのため大陸の技術者をアギルスに移住させるために特許法が整備されたと言っても過言じゃない。
当然アギルスでは今も輸入特許権が残っているし、フリパラの特許法だって基本はアギルスと同じ物。つまり向こうに文句を言われる筋合いは全くない。大陸の技術を掠め取って産業革命を成し遂げた島国が、逆に技術者をわたし達に掠め取られることになってもそれは自業自得。まさに身から出たサビというもの」
モケモケが熱く語ってくれた。
輸入特許の是非はともかく我にとっては都合がいい。我はアギルス産の技術と称して地球の技術を導入するつもりであるからな。それがきちんと保護されるのは良いことだ。
あとフリパラ特許法の特色として無審査主義ということがあげられる。無審査主義には特許権を得るのに妥当でない技術にまで特許権が与えられやすいという問題があるが、代わりに早く特許権を付与できるという特徴がある。
これも我にとっては良いことだ。
特許庁へは長い期間通い詰めることになるだろう。他に学術論文も書かねばならぬしやることは実にあふれている。
ただしこれらはまだ出来ない。コネクトームが字を覚えれば口述筆記で事足りるがそれまで文書は書けないからな。モケモケから字を習うだけでなく、データを増やしてコネクトームの学習は早めねばならぬかも知れぬ。
データ量さえきちんと揃えば一週間かからず文字は覚えられるだろうからな。まずは本を買ってコネクトームに解読させる必要があるだろう。
そして文書をかけるようになった暁には、とにかく衛生環境の大切さについて多くの論文を発表したい。
少なくともまず廊下でうんちをしないこと。道に汚物を投げ捨てないこと。せめて週に一回は風呂に入ることなどを周知したい。
あとは川の水を綺麗にする重要性なども書かねばな。
特許を取るのと並行して市民の意識も変えねばならぬのだ。とくに公衆衛生を達成するには一朝一夕ではいかないからな。
この世界では病気は瘴気から発生するなど迷信がまかり通っている。女王が転生者のはずのアギルスでさえその因習は払拭出来ていない。それだけ人の意識というのは変えがたいのだ。
科学に基づいた論文を多数発表する必要があるだろう。本当にやるべきことは山積みである。
だが我は、ここに来てこの世界が近代で良かったと感じていた。
まず特許権。これが保護されているのが大きい。これなら特許を出願することで矢継ぎ早に技術を出せる。
また紙の存在も大きい。フリパラでは値段こそ高いが本がある。それにより学術論文を発表出来るのだ。フリパラ市民の識字率は決して高いとは言えないが、論文が発表出来るだけでもありがたい。
そして国家の体制である。これはこの世界というよりフリパラ独自の利点だな。
フリパラは今も革命が進行中、変化の真っただ中に置かれているのだ。これは新しい技術や概念に対して許容しやすい環境を生んでいる。これは政体の安定した王国には望めぬものだ。
この国には我が世に出るための条件が数多く揃っているのである。
乗り心地の悪い馬車の背に揺られながら、我は今後の方針について多くの思案を巡らせていた。




