02 五人の従者(AI一体含む)
「というわけだ。異世界に行くならお前達は存在ごと地球人全員から忘れ去られる。逆に地球に残るのなら、お前達の中から我の記憶がなくなるだけだ。この幼じょ――女神はチートとやらをくれるらしいが行くのは異世界。日本と同じ暮らしは出来ぬと思え。はっきり言って我はこの提案に乗り気じゃない。お前達も嫌ならきっぱりと断って良いぞ」
我は五人の顔を見回す。
下水が整備されてるかも怪しい異世界になど行きたくないだろう。そもそも彼女達は金で雇われているただの使用人なのだ。
我について異世界にまで行きたいと言うだろうか。
我はそんな風に考えていたのだが。
「ありがとうございます駆馬様」
反応は予想外のものだった。最初にメイド長である四柳 葉月(十七歳)が口を開く。
「駆馬様がここにお呼びして下さらなければ、我らは選択する権利すら与えられずに駆馬様を失ってしまうところでありました。そこの低能そうな女神にはそれがいかに残酷なことか想像もついてはいないでしょう。答えはもちろんイエスです。わたくしはどこまでも駆馬様のおそばに。そこが異世界であろうと恐れる理由には成り得ません」
葉月の覚悟は本物だった。我はきっぱり断って良いといっているのに。忠義を尽くされ過ぎるというのも困ったものだ。やれやれである。
次に口を開いたのはじいや、執事の村雲 玄庵(七十三歳)だった。
「このじいも同じ思いであります駆馬様。老い先短い身ではありますが、最期まで駆馬様のおそばにお仕えすることこそ、このじいの人生における唯一の望みでありますゆえに」
「そうか……礼を言うぞ玄庵よ」
玄庵は……我にとってただの使用人などではない。生まれる前からそばにいて、我がこの世に生れ落ちてからは教育係として全てを教えてくれた。
我は親父殿のことも母上のことも尊敬している。だが育ててもらった恩で言えば、我がそれを玄庵以上に感じる者はいないだろう。
その玄庵がついて来てくれるという言葉に我は思わず感涙する。
「じゃあ次はあたしだなー?」
次に口を開いたのは戸籍上は義妹の白鳥 二胡(十五歳)だ。ここから一気についてきてくれるか怪しくなる。
こいつは我が拾ったメイドだが、我はメイドだとは思っていないし本人にもその自覚が全くない。
だがこいつは天才だ。
世界一の天才である我が言うのもおかしな話だが、こいつには発明の才能がある。その才能を認めて我はこいつを家に招き入れた。扱いとしては親父殿の養子ということになっている。
なので戸籍上は我の妹とも言えるのだが、もちろん兄妹という意識も双方にない。我はこいつを部下の研究者と考えている。その意味でこいつは優秀なので連れてはいきたい人材なのだ。
ただし、こいつが我のことをどう思っているのかはさっぱり分からん。
「とりあえず王子は行くんだなー?」
「まだ決めてはいないがな。我が行く前提で考えてよいぞ」
こいつは我を王子と呼ぶ。我が勘違い王子などという不名誉なあだ名を冠していることをどこからか知って以来ずっとだ。
王子の前に勘違いを付ける様子はないので許容しているが、こいつが我に敬意を払ってないのは確実。だが。
「ならあたしも異世界行くぞー。あたしは王子に寄生して生きていくと決めてるからなー。異世界転移程度であたしから逃げられると思ったかこの王子めがー」
どうやらついて来る気のようだ。相変わらず何を考えているかは見当もつかんが。
「私ももちろんついていきます」
ニコがついてくるのを確認したところでコネクトーム(三歳)が口を開いた。
コネクトームは我が家の全てを管理する汎用人工知能である。
Iot(モノのインターネット)技術を利用した家電の自動制御からスマートファクトリー(自ら考える工場)の管理まで、我が家のシステム全てを司っている。
そしてコネクトームの最も大きな特徴は、屋敷に千体存在する汎用人型ロボット、クラフトロイドの制御である。
クラフトロイドは元々ニコが自分の助手にするため作成したロボットだが、今では我が家の雑務全般をこなしている。
そのクラフトロイドまでも制御するコネクトームは屋敷の頭脳と言っても良い。つまりこいつがいないと屋敷が動かなくなってしまうのでコネクトームも重要な人材だったのだ。
「人類進化計画はまだ完遂されておりません。私は計画の継続を強く希望します。駆馬王子がポストヒューマン(進化人類)となられるその日まで私もお供させてください」
うむ。我には地球でやり残した計画もあるからな。その完遂のためにもコネクトームは必要なのだ。コネクトーム自身も計画を完遂したいと知り、我は大いに満足する。
これで残るはあと一人。葉月の妹、四柳 日和(十六歳)のみだ。
だが……こいつは多分無理だろう。料理が得意なので連れて行きたいメイドではあるが、何分性格が大人しすぎる。
だから我もひよりを本気で連れて行きたいとは考えていない。ひよりには最後に別れを言っておきたかったのだ。
「ああひより。一応先に言っておくが、無理して来なくて良いからな。お前には今まで十分尽くしてもらった。今日は最後に礼を言いたかったのだ。ひより、今まで本当にありがとうな。お前の料理はまことに美味だった。我が異世界に不満な一番の理由はお前の料理が食えなくなることかも知れぬ。だが異世界は危険がいっぱいだ。そんな所にお前を連れて行く気は初めからない。だからまあ……すまなかったな。我の心の問題として、ちゃんと別れを言っておきたかったのだ」
ひよりにとってはただの迷惑にすぎないだろう。だが我に関する記憶はなくなるのだ。だからこれくらいは許してくれてもよいはずだ。
と思ったのだが……何が気に食わなかったのか我の言葉にひよりは泣き始めてしまった。
「やだ……嫌だよご主人様。なんでいつも、ひよりの言う事聞く前に決めちゃうの? ひよりだってずっとご主人様と一緒にいたいよ。お願いひよりも連れてって。ひより……怖くても負けないよ。ご飯だって、異世界でもいっぱいおいしいご飯作るから。だからひよりのこと捨てないで。ずっとひよりのご主人様でいてよぉぉ」
そう言ってひよりは我の体に抱き付いてくる。Eカップの豊かな胸がおしげもなく押しつけられて心地よい。
正直我は……ひよりがついて来るとは思ってなかった。
ひよりははっきり言って気が弱い。いつもビクビク怯えていて虫も殺せぬような少女だ。虫も刀で切り捨てる葉月や喜んで毒ガスを試そうとするニコとは違う。
我が家には珍しい普通の女の子であったのだ。
そんなひよりでさえ我について来てくれると言う。我は嬉しくなりひよりを優しく抱き返してやった。ひよりの柔らかな胸の感触が我の体に伝わってくる。
「これで契約は成立ですねっ! ですよね? みんなで異世界行ってくれますか?」
空気を読まない馬鹿女神が話しかけてくる。
我は全員がついて来るとは思ってなかった。だがみんな我について来ると言う。ここまで言われては我も異世界行に賛成しないわけでもない。
だが……ここは新たな不安が出るところだ。
「行ってもいい。皆がついて来てくれるというのは我にも誤算であった。この者達が共に行くのなら、我は異世界でも偉業をなせるだろう。だが一つだけ確認したい。お前の言うチート能力とやらは彼女達にもつく物なのか? もし一人なら我には不要。だがひよりには絶対につけてもらうぞ」
正直言って我にチート能力など不要である。我以外にも葉月や玄庵、ニコも各分野のエキスパートだ。それぞれ異世界でも生きていけるポテンシャルを初めから持っている。
だがひよりは違う、ひよりはか弱い小動物なのだ。
そんなひよりを加護もなしに異世界などへは連れて行けない。
そうして我が女神をにらむと、女神はニヤニヤしたいやらしい笑みで返事を返した。
「心配しなくても大丈夫ですよー。天下の駆馬様もひよりちゃんには甘々なんでしゅねー。そんな駆馬君は女神様も嫌いじゃないですよー。というわけで、心配しなくてもみんなに力は授けます。それぞれにぴったりな物をもう考えてるんですよー」
そう言うと女神は我らに付与させる能力を説明し始めた。