10 ペガサス
「玄庵、我はどれくらい意識を失っていた?」
「いえ? 駆馬様は意識を失ってなどいませんぞ。誰かと話す必要があると申されましたが、その後何かありましたかの」
女神との話にだいぶ時間を使ったと思ったが、実時間ではほぼ一瞬の出来事だったようだ。玄庵には愚かな質問をしてしまったな。
「いや時間がたってないのなら問題ない。話はもう終わったからな。我の鑑定能力だが、あの女神と通信出来る能力だった。ちょうど聞きたいこともあったのでな。少し話をしていたのだよ」
「さようでございましたか」
玄庵は余計な質問を挟まない。これは玄庵の長所である。
もっとも我がこの世界に飛ばされた真の理由については後で皆にも話さねばならぬがな。
「それでですが駆馬様。結局鑑定によってこの森のことは分かったのですかな?」
それは失念していた。もはや鑑定とは全く違う能力だがこの能力を女神は鑑定と名付けたのだ。それにたえる自信はあるのだろう。
我はあらためてこの森に対して鑑定を発動させる。
『はーい。鑑定ちゃんですよ駆馬さんー。全力でサポートするって言いましたしね。なんでも聞いていいですよー』
ゆるいな駄女神。一時的に真面目っぽい口調になってた気もしたのだがやはり長くは持たなかったか。
まあよい。こっちの方が駄女神らしいと言えるしな。
『うむ。とりあえずこの森の植生だな。魔物についても知っているなら聞きたいがまずは生えてる植物の方だ。我にはヨーロッパの植生と同じに見えるがその認識で間違いないか?』
『ザッツライトですよ駆馬さん! 素晴らしいくらい正解です。そもそもこの異世界と地球って近いんですよ。むしろお隣さんと言ってもいいです。だからちょっかいかけられたんですけどね。でもそんなこともありまして動植物についても地球とこの世界はほぼ同じなんですよー』
異世界同士が近いというのがどういう意味なのかつっこみたいが、まあなんとなくイメージは掴めるからよしとしよう。この駄女神に正確な説明を期待するのも酷だろうしな。
だが動植物がほぼ同じと説明されると魔物の方に齟齬が出る。
『そうですよね。そっちはちょっとおかしいんですよ。魔力の存在とか地球と違うところはありますけどそれだけで魔物は生まれません。植物が地球と一緒な点から見てもそれは分かると思います。動物だって地球と同じのもいるはずですし。だから魔物の方がおかしいんですよ。はっきり言って人為的なものを感じます。一番あやしいのはこの世界の神ですけど』
なるほどな。つまりこの世界の神は人攫い以外にも積極的に暗躍しているわけだ。
だが魔物以外が地球と同じと言うのは分かった。これは嬉しさ半分、寂しさ半分といったところか。
地球と植生が同じなら作物の品種改良、農業革命などは非常にやりやすくなるだろう。だが異世界作物を育てる楽しみはなくなってしまう。
聖女の能力の応用で異世界作物も育てられそうであったのだが。ひよりがまたしょんぼりしてしまうだろうか。
だがひよりの力はこの世界の作物を品種改良する際にも使える。異世界作物を育てさせてやれないのは残念だが十分活躍は出来るだろう。
「玄庵よ。どうやらこの異世界、基本は地球と同じのようだ。この森にはいないようだが普通の馬や犬猫もどこかにはおるだろう。虫なども地球と同じ種類がいるようだしな」
植物だけでなく小さな虫も地球と同じ種類がいた。こちらも何匹かサンプルを取っている。
そしてそれからしばらく進むと地球と同じ哺乳類も発見出来た。魔物に食われた形でだが。
「シカだな」
「シカでありますな。じいは木の上に登っておりましたので状況を観察できましたが、駆馬様から離れようとしたところを魔物に襲われたようでありました」
今まで地球と同じ動物を見なかった理由も判明した。どうやら我から逃げていたようだ。一体我の魔力がどれだけ漏れているというのか。
「動物は環境の変化に敏感でありますからな」
まあそんな感じで我らは森をすすみ、ほどなくして目的地へと辿り着いた。
墜落して壊れたドローンの残骸を例のペガサスが見下ろしている。
「これは葉月嬢の予想が当たりでしたかな?」
残念だ。この馬はもう少し知性を持っていると思っていたのだが。初めて見る異物を観察もせずに落としてしまう駄馬であったか。
残念だがこれは馬刺しコース直行だな。
「待ってくれ強き人間達よ。これをやったのは私ではない。私に君達に対する敵意はないのだ。頼む殺さないでくれ」
いきなり命乞いをしてきた。というか人語が解せるのだな。
ふむ、少し鑑定して聞いてみるか。
『見えてるか駄女神。馬がしゃべっているのだが。日本語ではないがしっかり意味も通じている。これもお前が我らに与えた能力か?』
『言語理解のスキルですね。でもこれは私が与えた能力じゃなくてこの世界に来た影響でついた能力ですよー。あのペガサスも同じスキルを持ってるみたいです。でも言語理解がつくのは知的動物だけのはずなので馬さんが賢いんだと思いますよー』
つまり人語を解せるレベルには知能のある馬ということだ。少しは話を聞いてやってもよいだろう。
「貴様のせいではないと言ったな空飛ぶ馬よ。ではこのドローンを落としたのが何者か聞かせてもらおうか」
「ああ。この空飛ぶ機械を落としたのはこの一帯を治める空竜だ。向こうに山がそびえているのが見えるか?」
我が目をやると木々の隙間から険しい山脈が顔を出しているのが見える。同時にその上空を飛翔する真っ赤な竜の姿も見えた。
「あの飛んでいるのが空竜か」
「その通り。あの空飛ぶ竜には銃も大砲も効果はない。人間はまた新しい機械を作ったようだが一機倒されたことで分かっただろう。あのようなおもちゃで竜は倒せぬ。産業革命だかなんだか知らぬがこの森を開拓するのは不可能だ。人の領域に帰るが良い」
銃だの大砲だの産業革命だのいくつか聞き逃せないフレーズがあるな。だが今はあの竜だ。家の近くをあんなのに飛ばれてはたまらん。
「この森が竜のなわばりなら邪魔して悪いとは思うがな。だがそのなわばりに我らの屋敷は含まれているか? そうでないならよいのだが、屋敷をすぐに移動は出来んぞ」
「残念だがかかっている。というか森の真ん中に突然見知らぬ空間が現れて私達の方こそ困惑している。空竜はひどくお怒りだ」
「なるほどな。自分の庭先にいきなり他人が入り込めば怒るのも確かにうなずける。だが急に引っ越せぬのもまた事実、あの竜と話が出来れば良いのだが」
「それは難しいだろう。空竜はか弱き人間と話をするつもりがない。元々力でこの一帯を支配している種族なのだ。強い者が全てを自由にしていいという思考をしている」
空竜とやらは脳みそまで筋肉であるらしい。だがそれならむしろ話は簡単だ。
「では力を示せば奴も話を聞くということだな?」
「なっ……」
我の言葉にペガサスは驚愕の表情を見せた。




