【序章:Biginning Nightmare】
『ハンプティ・ダンプティ 塀の上♪』
『ハンプティ・ダンプティ 落っこちた♪・・・』
『それはなんの歌なの?』
『・・キミの、だよ。』
「――っ、」
意識が浮上するときのなんとも言えない不安感。
瞼に当たる光は眩しいのに、心はいまだ黒い靄がかかっているよう。
私は一息ついてからゆっくりと瞼を上げた。
目に映る世界はいつもと変わらないのに、なぜか違う気がする。
眉をわずかに寄せながら周囲を見回してみた。
(・・・?)
私がいるベッドの左斜め前。
ちょうど部屋の角にあたるところに、その人物はいた。
人物という表現は的確ではないのかもしれない。
なぜなら――
「お目覚めですか、アリス。」
その“人物”の頭には長くて真っ白な耳がふたつ生えているからだ。
ちなみに服装は礼服だが顔は優男っぽい男性・・・のように見える。
「目は覚めたけど、まだ夢を見ているようだわ。」
「ふふ、その表現は正しいかもしれませんね。」
私の言葉にそのうさぎ男(?)は笑う。
(・・あ、)
呆然としていて肝心なことを聞くのを忘れているのに気づいた。
「あなたは誰?その姿はコスプレ?どうやって私の部屋に入ってきたの?・・っていうかなんで私の名前を知ってるの?」
動揺しているからか一気に質問をしてしまった。
上手く言葉がまとまらない。
そんな私の様子を気にしていないかのように、そのうさぎ男は腕組みをしながらひとつひとつ質問に答えた。
「僕は時計ウサギ。この耳は自前です。服装は女王の趣味。あなたの部屋には自由自在に入れます。あなたのことは昔から知っていますよ。」
「・・・。」
答えてくれたといえば答えてくれた。
けれどまったく意味不明だ。
「これでいいですか?」
「いや、全然。」
私の即答に彼は首をかしげた。
「どこがわからなかったですかね。」
「そうね、しいて言えば全部。」
「・・・全部。」
するとその時計ウサギと名乗った男は「う〜ん」と頭を抱えて考え込んだ。
(いや、頭を抱えたいのは私なんですけど)
それにしてもこの人はいったい何者――
(・・あ、もしかしたら・・強盗?私殺されるのかしら)
なぜ最初にそのことを思いつかなかったのだろう。
冷静になって考えればその可能性は最初に出るはずなのに。
物騒な今のご時世、コスプレ強盗がいたって不思議じゃない。
名前も事前に下調べしたなら納得がいく。
それにあの人、顔はかっこいいけど言ってること意味不明だし精神病かなにかあるのかも。
(怖い・・・)
いまさらになって目の前の怪しい男が怖く思えてきた。
そしてそれと同時にガタガタと体が震えてきた。
「・・アリス?」
うさぎ男が私の様子に気づいて近づいてきた。
(コワイコワイコワイコワイ・・っ!!)
「来ないで!!」
私は目の前のうさぎ男を両手で押しのけると勢いよくドアを開けて飛び出した。
「アリス・・っ!」
後ろで男が私の名を呼んだが気になど留めなかった。
私はただ無我夢中で階段を下りる。
「あっ・・!」
慌てて階段を下りたせいか、足を踏み外してあと6段くらいのところで落下してしまった。
ガタタンッと大きな音と共に床に叩きつけられる。
体があちこち痛い。
生理的に出る涙を手の甲で拭いながら起き上がろうとしたとき、廊下の奥にある台所の方からよく知る人物の声が聞こえてきた。
「ありすったらまた階段から落ちたの?大丈夫?」
まぎれもない母の声だ。
私は安堵の息を吐く。
「お母さぁ〜ん。起きるの手伝って〜。」
なんとも情けない声で私は母親に助けを求めた。
「しょうがないわね。今行くわ。」
そう言ってパタパタとスリッパの音と共に台所から出てくる。
・・・が、
「――っ!!」
出てきたのは母であって母ではない“モノ”だった。